↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/1520

75 善後策

 マーサ姫を先頭に、先遣隊(せんけんたい)の懸命(けんめい)の捜索(そうさく)にも拘(かか)わらず、スカンポ河を下(くだ)ったはずの千艘(そう)の小舟の行方(ゆくえ)は、杳(よう)として知れなかった。

 最初の北長城に接する河湊(かわみなと)を通過した時以外は目撃者すらなく、河原から上陸した形跡(けいせき)もない。

 一夜が明け、先遣隊と合流したアーロンの本隊が、虱潰(しらみつぶ)しに近隣(きんりん)の村落を調べたが、蛮族の潜(ひそ)んでいる気配はなかった。


 更(さら)に次の日の朝。

 消耗の甚(はなは)だしい龍馬(りゅうば)を休ませるため、アーロンから借りた白馬に跨(またが)りながら、マーサ姫は兜(かぶと)を脱ぎ、長い金髪をかき上げて額(ひたい)の汗を拭(ぬぐ)った。

 アーロンの姿を見つけ、白馬をそちらに寄せた。

「これはやはり、中原(ちゅうげん)側に上陸したとしか、考えられませぬな」

 並走しながらマーサ姫に同意を求められたアーロンは、悩(なや)ましげに眉根(まゆね)を寄せた。

「だとしたら、あの千艘の小舟はどうしたのでしょう? 河底(かわぞこ)に沈(しず)めた、とでも?」

 今度はマーサ姫が悩む番だった。

「うーん、あり得(え)ないでしょうね。あり得ないついでに申し上げれば、そのまま河を下って南の大海まで行ったのかもしれませぬ」

 生真面目(きまじめ)なアーロンも苦笑するしかなかった。

 そこへ、自前(じまえ)の黒毛の馬に乗ったクジュケが駆け寄って来た。

 切り揃(そろ)えた銀色の前髪には、少しの乱れもない。

「わたくしの方に連絡がございました。ここより上流の中原側対岸にある、リードと申す小さな河湊(かわみなと)の住民が周辺に逃亡して参ったそうです。恐怖に慄(おのの)くかれらの話を総合すると、突如(とつじょ)やって来た蛮族は、上陸と共に小舟を全(すべ)て陸(おか)に引き揚(あ)げた、とのこと。すでに、町全体を制圧し、その小舟で周囲に防壁を作りつつあるとか」

 アーロンは力なく天を仰(あお)ぎ、「何たることか」と嘆(なげ)いた。

「辺境伯として力及(ちからおよ)ばず、蛮族を中原に侵攻(しんこう)させるとは。直(ただ)ちに軍を編成し直して渡河(とか)させ、殲滅(せんめつ)致します」

 だが、クジュケは笑って頭(かぶり)を振った。

「それには及びませぬ。バロードに連絡を取ったところ、新しく創設された機動軍(きどうぐん)の初陣(ういじん)として、リード奪還(だっかん)に向かわせるとのことです」

「機動軍?」

「はい。お聞き及びかと存じますが、かのシャルム渓谷(けいこく)の戦いを勝利に導(みちび)いたニノフという騎士団長が、新たに将軍に抜擢(ばってき)されて機動軍を任(まか)されました」

 これにはマーサ姫が「おお!」と声を上げた。

「それは頼もしい。では、そちらはお任せし、わらわは一旦(いったん)北長城に戻り、後続を断つ準備を始めまする」

 アーロンは「そうしてくだされ」と促(うなが)しつつも、苦渋の表情を浮かべた。

「亡き父に合わせる顔がございません」

 クジュケは慰(なぐさ)めるように「閣下(かっか)のせいではありませぬよ」と声を掛けた。

「たとえ、かの聖王アルゴドラスがご存命(ぞんめい)だったとて、蛮族がスカンポ河を舟で下(くだ)って一糸(いっし)乱れず上陸するなど、想定外でありましょう。そのようなことが起こらなかったからこそ、千五百年の長きに亘(わた)って北長城が防壁として存在し得(え)たのです」

 マーサ姫も頷(うなず)いた。

「わらわも戻り次第(しだい)、今後の北長城の在(あ)り方について父と話し合う所存(しょぞん)です。これからは、今までの考え方は捨(す)てるべきです。きっと、わらわたちの想像もつかないことが、北方で起きているのです」


 その北方と向き合う北長城では、豪傑(ごうけつ)めいた顔を顰(しか)めて、マリシ将軍が頭を抱(かか)えていた。

 蛮族がスカンポ河を下ったことが知れ渡り、北方警備軍の中に自分たちの役割が終わったとの喪失感(そうしつかん)が蔓延(まんえん)しているのである。

 一人執務室で溜(た)め息を吐(つ)いているところへ、扉(とびら)の外から声がした。

「お呼びでしょうか?」

 マリシの表情が少し明るくなり、「おお、入ってくれ」と応(こた)えた。

「失礼いたします」

 入って来たのはゾイアであった。

 付き添(そ)うように、後ろにロックが控(ひか)えている。

 マリシは応接用の椅子を指(さ)し、「そちらに掛けてくれ、連れの若者もな」と告げると、自分も向かい合わせの席に座った。

「ペテオからあらましは聞いておる。不可思議(ふかしぎ)な変身のこともな。それで、ペテオが新たに小隊長に推薦(すいせん)したいというのを断(ことわ)る際、その理由(わけ)はわしに直接言いたいとのことだった。構(かま)わぬから、申してみよ」

 ゾイアは小さく頭を下げた。

「有難(ありがた)い。実は、言いたいというより、尋(たず)ねたきことがありまする」

「ほう。何かな?」

 ゾイアは、マリシの目を確(しっか)り見つめた。

「この北長城に、バロード王家のウルス王子をお匿(かくま)いではあるまいか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。