71 別働
古来より、集団同士の戦いに於いては、主要な戦法は三つあるとされている。
一つは、包囲である。
一般的に、人数の多い方がやる戦法と思われがちであるが、同じくらいの人数や、場合によっては少ない人数であっても、相手を狭隘な場所に追い込むことによって、包囲し殲滅することができる。
次に、分断である。
密集した戦闘隊形を取り、特に横に拡がった敵を突破し、横の繋がりを絶つことによって、個々に撃破していく。
今、将にゾイアたちが行おうとしている戦法である。
そして、三つ目は別働である。
集団を幾つかに分け、同時に別の場所を攻める戦法だ。
或いは、正面から攻めると見せて、意表を衝いたところから本隊を迂回させる、所謂、陽動作戦を含む。
実は、北方蛮族の本隊は、この三番目の戦法を採っていた。
総攻撃の喇叭が鳴らされ、十二の出撃門から精鋭の騎兵部隊が飛び出して、クビラ族の軍列を分断し始めた頃、長城の最東端が接する河湊の住民は、異様な光景を目にした。
「あ、ありゃ、何だ?」
この辺りは、長大なスカンポ河でもかなり上流の部分だが、それでも河幅は、向こう岸が翳む程広い。
その広い水面を埋め尽くすように、夥しい数の小舟が流れて来ているのだ。
と、その小舟から、一斉に矢が放たれた。
「うわーっ、敵襲だーっ!」
河湊の住民が逃げ惑う中、それ以上矢を射ることもなく、そのまま小舟は進んで行く。
この辺りで上陸するつもりはないようであった。
一方、クビラ族の騎兵団に突撃したゾイアは、最初の内こそ猛攻を受けたものの、次第に相手の戦意のなさに疑問を感じ始めた。
ペテオの傍に馬を寄せると「おかしいぞ!」と叫んだ。
敵の戦大鎌を避けながら、ペテオが「何がだ?」と聞き返す。
「こいつら、本気とは思えん!」
「おまえが強すぎるんだよ!」
「違う! まんまと誘き出されたのかもしれん!」
「どういう意味だ?」
また横から襲って来た大鎌を、ゾイアは大剣の一振りで弾き返しながらも、「何かある! これは罠だ!」と叫び続けた。
十二の門の中で、ゾイアたちが出撃した門が一番東側であったため、河湊の警備兵の乗った早馬が、最初にこの場所に到着した。
「伝令にございます! 伝令にございます! 北方蛮族の乗った小舟、凡そ千艇がスカンポ河を下っておりまする!」
驚きのあまり、ペテオは警備兵を叱りつけた。
「馬鹿なことを申すな! 北方蛮族が舟に乗るなど、聞いたこともないわ! しかも、禁忌を冒してスカンポ河に入ったと言うのか!」
「事実にございます! 先を急ぎます故、御免!」
早馬が走り去るのを呆然と見送るペテオに向かって横から振るわれたクビラ族の大鎌を、ゾイアの大剣が受け止めた。
「気をつけよ! 戦意は高くないが、油断できる相手ではないぞ!」
「すまん! だが……」
中原に比べて乾燥している辺境伯領よりも、北方は更に乾燥しており、しかも寒冷である。
半分凍ったような沼が若干あるくらいで、殆ど川も湖もない。
従って、北方蛮族には、舟に乗る習慣も、作る技術もなかった。
しかも、ザリガニだらけのスカンポ河は、死の河として忌み嫌われていた。
で、あればこそ、スカンポ河は自然の要害と見做され、そこを突破されることは絶対にないという前提で、北長城は設立されたのである。
その前提が崩れれば、文明世界を護る防波堤としての北長城の、存在意義自体が無くなってしまう。
ペテオが動揺し、われを失うのも当然であった。
「しっかりしろ! たとえ今まで無かったことだとしても、事実は事実、受け入れるしかないのだ!」
ゾイアにそう言われ、ペテオは、その場で小さな円を描くように馬を走らせながら、何度も深く息を吐いた。
「そうだな。事実は事実、だな」
「今は、一刻も早くこやつらを蹴散らし、敵の上陸を阻止せねばならん!」
「ああ、正にそうだ! よし、伝令を聞いて浮足立っている仲間に、今のおまえの言葉を伝えよう!」
「おお!」
別働隊の存在を知られたと気づいたからか、クビラ族の騎馬兵たちは、露骨な足留め策を始めた。
こちらが下がろうとすると突っ掛けて来て、こちらが攻めて行くとスッと退くのだ。
珍しく苛立ちを見せ、ゾイアが叫ぶ。
「ペテオ! ここはわれに任せ、早く皆に知らせよ!」
「頼む!」
ペテオを援護するため、ゾイアは大剣を振り回しながら、反転して敵に向かった。
「これ以上、おまえたちの好きにはさせん! われを斃しに来てみよ!」




