↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/1520

72 撃退

 クビラ族の振るう戦大鎌(ウォーサイス)は、鎌の部分が重過ぎるため、一度振り抜くと腕の力では反転できない。

 再度攻撃するには、乗っている馬ごと戻って来るしかなかった。

 そのため、最初の一撃を躱(かわ)されることを見越(みこ)して、複数で別々の方向から攻めて来る。しかも、攻めている間は、ほぼ無言であった。

 かれらが、北方の死神と怖(おそ)れられる所以(ゆえん)である。

 今しもゾイアの挑発(ちょうはつ)にのって、三騎が三方向から同時に襲って来た。

 左から来る大鎌は上体を反らしてやり過(す)ごし、右の大鎌は大剣で弾(はじ)いたものの、背後からの一撃は避(よ)け切れず、背中の鎖鎧(チェーンメイル)が切り裂(さ)かれた。

「あっ!」

 元々、剣の打撃に対する防御(ぼうぎょ)を想定して造(つく)られている鎖鎧は、鎌の切っ先に横から引っ掛けられてしまい、大きく裂けた。

 露出(ろしゅつ)したゾイアの肌(はだ)には、一本の赤い線のような傷(きず)が出来ていた。

 そこからじわじわと血が滲(にじ)んでくる。

「ううっ!」

 鎖鎧のおかげでさほどの深手(ふかで)ではなかったが、クビラ族の方は強敵に傷を負(お)わせたことに競(きお)い立ったのか、次々に新手(あらて)が大鎌を振るって来た。

「くそっ!」

 ゾイアはそれを一々大剣で撥(は)ね退(の)けていたが、激しい動きで背中の傷が開き、さらに血が流れてきた。

 と、背中の傷の両側がボコッと盛り上がり、両方から押すように傷を塞(ふさ)いだ。

 同時に、露出している肌に、ポツポツと黒い点が無数に現れてきた。

「うおおおーっ!」

 黒点は見る間に剛毛(ごうもう)となった。

 髪の毛は焦(こ)げ茶色に変わり、鬣(たてがみ)のように首筋(くびすじ)に流れた。それと並行(へいこう)するように顔がボコボコと膨(ふく)らみ、顎(あご)がヌーッと伸びてくる。

 両目は爛々(らんらん)と緑色に光り始めた。

 更(さら)に唇(くちびる)の隙間(すきま)から大きな牙(きば)が生(は)え出て来た。

 手足の筋肉は岩のように盛り上がり、その圧力に負けて残っていた鎖鎧がブチブチと切れて弾(はじ)け飛ぶ。

 遂(つい)に、ゾイアの天地を揺(ゆ)るがすような野獣の咆哮(ほうこう)が、辺りに響(ひび)き渡(わた)った。

 多少文明化しているとはいえ、迷信深(めいしんぶか)い北方蛮族であるクビラ族に、恐慌(パニック)が巻き起こった。戦いの最中には決して上げなかった声を出し、われ先に西へ向かって逃げ始めた。

 完全に獣人化したゾイアは馬から飛び降り、かれらの後を追(お)う。

 恐慌の波はどんどん西へ拡(ひろ)がり、クビラ族の大半は大鎌すら投げ捨てて逃げ去った。

 何故(なぜ)急に敵が逃げ始めたのかもわからずに戦っていた北方警備軍の騎兵たちも、ゾイアの姿を見ると、凍(こお)りついたように竦(すく)んでしまった。

 早々に眼前の敵を追い払ってスカンポ河からの上陸を阻止(そし)しに行こうと、声を掛けて回っていたペテオも、その姿を目にした。

 驚きながらも、獣人と化したゾイアの体に纏(まと)わり着(つ)く鎖に気づいた。

「あの鎖鎧の欠片(かけら)は、もしや」

 ペテオは、勇気を奮(ふる)ってクビラ族を追って咆哮しているゾイアに近づき、声を掛けた。

「おまえ、もしかしてガイアックなのか!」

 ゾイアは振り向いたが、目は緑色に光り、剥(む)き出された牙(きば)の間から、ダラダラと涎(よだれ)が垂れている。

 ペテオは怖ろしさに怯(ひる)みながらも、話しかけた。

「どうしておまえがそんな姿になったのかは知らん。しかし、お蔭(かげ)で敵は去った。礼(れい)を言う。だが、今は一刻も早くスカンポ河に向かわなきゃならん。元の姿に戻ってくれないか、ガイアック!」

 ゾイアの目の光が、スーッと暗くなってきた。

「ガイ、アック……?」

「そうだ。おまえ、ガイアックだろう?」

 その間にもゾイアの顔は徐々(じょじょ)に平らに戻り、剛毛(ごうもう)も薄(うす)くなって来た。

「い、いや、われは、……ゾイア」

「ゾイア? それが本当の名か?」

「あ、ああ。いや、本当か、どうかは、わからんが」

 ゾイアは、ほぼ元の姿に戻り、多少目と髪の色が濃(こ)い程度になった。

 ペテオも少しは安心したようだが、まだ完全には警戒を解(と)かず、用心しながら質問を続けた。

「わからん、とは、どういう意味だ?」

 ゾイアは少し困ったように、「われにもわからんのだ」と笑った。

「ゆっくり説明してやりたいが、ペテオの言うとおり時間がない。スカンポ河に向かいながら話そう」

「あ、ああ。そうだな。ところで、おまえのことは、ゾイア、と呼んでいいのか?」

「もちろんだ。そう呼んでもらえると、われも嬉(うれ)しい」

「そうか。では、ゾイア。急ごう!」

「おお!」


 一方、河湊(かわみなと)からの早馬は、その頃漸(ようや)くマリシ将軍の許(もと)に到着していた。

「あり得(え)ん!」

 将軍もペテオと同じ反応であった。

 さすがに警備兵は言い返すこともできず、押し黙(だま)った。

「父上。早馬で駆けて来て、わざわざ嘘(うそ)は申しますまい」

 そう執成(とりな)したのは、娘のマーサ姫である。

 兜(かぶと)こそしていないが、やはり、真っ赤な鎧(よろい)を身に着けたままだ。

「うむ」

「北方蛮族に、何かそうせざるを得ない事情があったのでしょう」

「そうだな」

「その理由が何であれ、事(こと)は急(きゅう)を要(よう)します。当然われらも迎(むか)え撃(う)つ準備を始めねばなりませんが、先触(さきぶ)れをすべきでしょう」

「おお、そうか。アーロンさま、いや、アーロン辺境伯閣下(へんきょうはくかっか)にお知らせせねば」

「はい。わらわが参ります故(ゆえ)、父上の龍馬(りゅうば)をお貸しください」

 一瞬、マリシ将軍は迷った。娘の身(み)の安全が心配になったらしい。

 が、強(し)いて頷(うなず)いた。

「よかろう。龍馬は扱(あつか)いが難(むずか)しいぞ。心して行けよ!」

「はっ!」

 マーサ姫は、長い金髪をサッとかき上げると、兜を被(かぶ)り、颯爽(さっそう)と厩舎(きゅうしゃ)に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。