41 敵の城
真っ赤な目をした相手に魔道で首を掴まれながら、ロックは辛うじて「知らねえよ」と答えた。
「とぼけるな!」
「ほ、本当さ。ケロニウスのじいさんの言うとおりクルム城に届けたのに、とっくにガルマニア帝国に占領されててよ」
「ガルマニア帝国?」
「はあ? まさか、知らねえのか?」
首を絞めあげていた力がフッと弛み、ロックの体は砂山に降ろされた。
真っ赤な目をした相手も砂山に下りて来た。抜けるように肌が白く、髪の毛だけでなく、眉毛も睫毛もない。
「名前からして、ガルム大森林に住む野人に関わる者たちか?」
「関わるも何も、そのものだよ! なんで知らねえんだよ!」
相手は初めて困ったように目を伏せた。
「そうか。群雄割拠が目まぐるしく、百年ほど地上を観察しなかったが、大きく動いたようだな。して、干渉機はその帝国の手に渡ったのか?」
「って言うか、あんたら何者だ?」
相手は少し苛立ったような顔になったが、多少は説明すべきと思ったらしく、「聞いたところで、わかるまいが」と前置きして、話し始めた。
われらは魔道神に仕える神官だ。
古代バロード聖王国の王都がこのヤナンであった頃から、代々地下神殿を護っておる。
われらは元々長命な種族ではあるが、それでも、この千年に数代は世代を重ねた。
その間に、体毛と色素を失ってしまったのだ。
今のわれらの目は日中の日差しには耐えられぬ。時折地上に出るのは、夜のみだ。
それでも、地上の様子はほぼ変わりがなかった。
戦乱の世は、あと数千年は続くと見ておったのだが。迂闊であったよ。
そのガルマニア帝国とやらに干渉機が渡ったのなら、最早手遅れだ。
早晩に、中原は彼らによって統一されるであろう。
「……エイサの者たちに任せておいたのが間違いであった。このような者に干渉機を委ねてしまうとは」
ロックは口を尖らせた。
「何だよその言い方。エイサは焼き討ちされて、大変だったんだぜ。それに、クルム城は、ガルマニア帝国の後、すぐに野盗の『荒野の兄弟』に奪われてしまったし、それをおっさん、いや、ゾイアが追い出してしまって、てんやわんやだったんだ。あの短剣がどうなったかなんて、うっ、ぐぐっ!」
再び、ロックはバルルの神官に魔道で首を掴まれていた。
「今、何と言った!」
「もう、やめろ! あのドサクサだ、詳しく覚えてねえよ!」
「そうではない! 誰か人の名前を言ったであろう!」
「はあ? あ、そうか、ゾイアのおっさんのことか?」
神官と名乗った男は明らかに動揺しており、首を絞める力も弱まった。
「少し、待っておれ」
そう告げると、一旦、下の仲間のところに降りて行った。
ロックは絞められていた首を擦りながら、文句を言った。
「なんなんだよ、もう。ガルマニア帝国は聞いたことないのに、ゾイアのおっさんは知ってんのかよ!」
そのゾイアは、荷車の上で意識を取り戻した。
だが、身体はまだ痺れている。暫くは、気絶したままを装い、回復を待つことにした。
謎の親子が何か喋ることを期待したが、思った以上に無口で、殆ど情報を得られなかった。
と、荷車が止まり、一人が動く気配がした。
一瞬だけ薄く目を開くと、城壁が見えた。
すぐに、ガラガラと鎖を回す音がした。濠に跳ね橋を下ろしているようだ。
再び荷車が動き出し、城内へ運び込まれた。謎の親子の雇い主の城であろう。
跳ね橋が上がる音がし始めた。逃げるつもりなら、機会は今しかない。
が、ゾイアは動かなかった。相手が何者か確かめることにしたのだ。
黒尽くめの母親が、最後にカルボンの名を言った時には意識を失っていたが、地理的にバロード領内であろうとは察していた。
ついに荷車が止まった。
かなり上の方から、感嘆する声が聞こえてきた。
「おお、それが獣に変わる男か。危なくはないのか?」
この声が雇い主であろう。母親の方が、独特の抑揚のある声で答えた。
「大丈夫。痺れ薬、効いてる。約束、ヤナンの土地、くれ」
「もちろんだ。そもそも、おまえたちガイ族が水路を掘削して人が住めるようにしたのだからな。このバロード共和国総裁のカルボンが、正式に認めよう。今後、旧都ヤナンは、おまえたちガイ族のものだ」
その時、荷車の上のゾイアがゆっくりと上体を起こし、建物の露台から中庭を見下ろしている痩せた男を睨んだ。
「ほう。おまえが新バロード王国を裏切ったという、カルボン卿か?」
だが、カルボンは相手の無礼な言い方よりも、その顔を見て驚いていた。
「おまえは、もしや、タロスではあるまいな?」




