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40 地下の世界

 その少し前。

 ゾイアに身を隠(かく)すように言われ、ロックは咄嗟(とっさ)に壊(こわ)れた石塀(いしべい)の裏に回り込んだ。

 そこは草も然程(さほど)生(は)えてはおらず、屈(かが)めば正体不明の敵の死角になる。

 闘(たたか)いが済(す)むまでここに潜(ひそ)んでいればいい。

 ロックは、ゾイアのことは心配していなかった。

 どんな相手にしろ、ゾイアが負けることなど想像もできない。

 ゾイアの声が聞こえてきた。

「有無(うむ)を言わせず刀子(とうす)を投げるのは、どういうつもりだ? 水や食料を渡せぬというなら、仕方ない。われらは出て行くだけだ」

 相手とやり合う音が聞こえ、相手を捕(つか)まえたゾイアが何事か説教した後(あと)、「おい、行くぞ!」と声が掛かった。

 立ち上がろうとしたロックは、不意(ふい)に足元の地面が無(な)くなったように、仰向(あおむ)けに下に落ちた。

 見上げると、四角く切り取られたような青空が、どんどん小さくなって行く。

 ゾイアに助けを求めようとした時には、バタンと音がして四角い空が消え、真っ暗になった。

 同時に、ドスンと背中から下に着いた。

「ぐえっ!」

 幸(さいわ)い、隙間(すきま)から降(ふ)り積(つ)もった砂が堆積(たいせき)していたらしく、衝撃(しょうげき)が和(やわ)らげられた。

 そうでなければ、大怪我(おおけが)をしていただろう。

 それでも、痛みで暫(しばら)くは声も出なかった。

 何とか耐(た)えながら呼吸を整(ととの)えるうち、漸(ようや)く少し声が出た。

「く、くそうっ。ここは、いったい」

 落ちた穴から僅(わず)かに光が漏(も)れており、暗さに目が慣(な)れてくると、かなり大きな空洞(くうどう)のようだった。

 深さもさることながら、横にも広がっている。

 明らかに人工的なもので、円形の大広間のように見える。

 ロックがいるのは、その中心部にある円錐形に盛り上がった砂山の上で、これがなければ今頃は絶命していたかもしれない。

 ロックは最初、刀子を投げてきた敵の作った落とし穴かと思っていたが、とてもそのような規模のものではない。

 しかも、あの僅かな隙間から落ちる砂がこれほどの山になるのだから、気の遠くなるような年月が経(た)っているのかもしれない。

「ってことは、このヤナンがまだ王都だった頃の建物なのか。けど、地下にこんなもんがあるなんて話、聞いたこともねえぜ」

 心細(こころぼそ)さを紛(まぎ)らすように、ロックは大きめの声で独(ひと)り言(ご)ち、大きく息を吐(つ)いて上を見た。

「まあ、少しぐらい飛び上がったって、とても上には届かねえし、おっさんに助けてもらうしかねえな」

 上にいるはずのゾイアに向け、ロックは大声で呼び掛けてみた。

「おーい、おっさーん! 聞こえてるかーっ! 下に落ちちまったよー! 助けてくれーっ!」

 返事はない。

「ちっ、聞こえねえのか。だが、他に方法はねえな」

 そうやって、何度も何度も呼び掛けてみたが、全く反応がなかった。

「ちくしょう、どうなってやがるんだ。おっさんに聞こえねえのか。それとも、まさかとは思うけど、おいらを捨てて行ったのか」

 ロックには、ゾイアが敵に斃(たお)されたかもしれない、という考えは浮かばなかった。

「嘘だろー! 見損(みそこ)なったぜ、おっさーん! おいらが助けてやった恩を忘れたのかーっ!」

 その時。

 ロックは人の気配を感じた。

 上ではない、下だ。

 しかも、一人二人ではないようだ。

 ロックの全身の肌(はだ)が粟立(あわだ)った。

 だが、勇気を振(ふ)り絞(しぼ)って、視線を下に向けてみた。

「な、何だ、こいつら」

 砂山を取り囲むように立っている、大勢の人間の頭部が見えた。

 皆一様(いちよう)に髪の毛がなく、異様に肌が白い。

 その内の何人かが顔を上げた。目全体が真っ赤に光っている。

「ば、化け物!」

 ロックはその場で腰を抜かした。

 しかし、本当に驚くべきことは、その後に起こった。

 中の一人がフワリと浮かぶと、ロックのいるところまで飛んで来たのだ。

 神官(しんかん)が着るような白い長衣(トガ)を身に纏(まと)っている。

 年齢はわからないが、男のようだ。

 真っ白な顔のため余計(よけい)に目立つ真っ赤な目で、ロックをジッと観察している。

「や、やめろ! おいらを喰(く)ったって、きっと美味(うま)くねえぞ!」

 男は首を傾(かし)げて、「おかしい」と呟(つぶや)いた。

 ロックは思わず「言葉がわかるのか?」と訊(き)いたが、相手はそれには答えず、逆に質問してきた。

「おまえ、魔道は使えるか?」

 言葉が通じるとわかると、ロックは急に饒舌(じょうぜつ)になった。

「へ? い、いや。おいらは普通のコソ泥だよ。魔道が使えたら、どんなにか盗みが楽だろうと、いっつも思ってるけどさ。だって、そうだろ。どんなに厳重に戸締(とじま)りしてあったって、スーイのスイッで」

 男は少し苛立(いらだ)ったように、片手を上(あ)げて遮(さえぎ)った。

「使えぬのだな」

「そうだよ。だけど、それがどうした?」

「上の扉は、理気力(ロゴス)に反応して開(ひら)く。実際、おまえからは微(かす)かだが、ロゴスを感じる。だが、それはおまえ自身のものではないようだ。何か強い力に接触したようだな。もしや、短剣のようなものに触れなかったか?」

「え? 短剣? ああ、それなら、あれかな? ケロニウスのじいさんは、確か、アルゴドラスのなんちゃらとか言ってたけど」

 その刹那(せつな)、相手の手から見えない力が迸(ほとばし)り、首の辺りをグッと掴(つか)まれて、ロックの体は空中に吊(つ)り上げられた。

「く、苦しい。やめてくれ!」

「言うのだ! 干渉機(かんしょうき)は、今どこにある!」

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