2 両性具有
団長は多勢に無勢と言ったが、獣人となったタロスの強さは圧倒的だった。
最初に突っ掛けて来た先頭の三人を腕の一振りで薙ぎ倒すと、その場から大きく跳躍し、指揮を執っている団長の喉笛に喰らいついた。
「ガハッ!」
一瞬にして団長が血を吐いて絶命してしまうと、その死体を放り投げ、すでに半ば戦意を喪失している男たちに次々に襲いかかった。
「う、うわー!」
「ひええっ」
「お助けを!」
口々に叫ぶ男たちを、或いは太い牙で噛み、或いは毛むくじゃらの腕で殴り倒し、或いは鋭く伸びた鉤爪の餌食とした。
勿論、中には渾身の勇気をふり絞って獣人に剣を向ける者もいたが、所詮は鈍ら故か、剛腕で横殴りにされただけで、ボキッと折れてしまった。
「に、逃げろーっ!」
誰か一人が叫ぶと、僅か数名にまで減ってしまった男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
当面の敵が去ったと見て、獣人は月に向かって吠えた。勝利の雄叫びであろう。
「タロス、どうしちゃったの?」
血の気のない顔で成り行きを呆然と見ていたウルス王子が思わずそう呟くと、獣人がグリッと首を捩じってこちらを見た。
未だ瞳は緑色に光っている。
「ゾイア……」
「タロス、ぼくだよ! わからないの?」
ウルスが身を守るつもりでタロスの剣を持ち続けていたのが、災いした。
獣人はまだ敵が残っていたと思ったらしく、再び鼻面に皺を寄せ、獣のような低い唸り声をあげた。
ウルスは、アッと気づいて剣を捨て、両手を挙げて敵意のないことを示した。
しかし、獣人にはそれが理解できないのか、ガッと大きく口を開いて、猛然とウルスに襲いかかって来た。
恐怖のあまり、ウルスは気を失ってしまったらしく、ガックリと首を垂れた。
が、次の瞬間、ウルスはパッと顔を上げ、目を見開いた。その瞳は限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっており、表情から怯えが消え、大人びて引き締まった顔になっていた。
ウルスがスッと右手を上げて掌を獣人に向け、空いている左手で念を込めるような仕草をすると、右の掌から何か見えない波動のようなものが迸った。
距離がもう少し近かったら間に合わなかったかもしれないが、辛うじて獣人の手が届く直前だった。
見えない波動が当たったとみるや、然しもの獣人も身体をドンと押され、そこから数歩後退した。
獣人は自分の身に起きたことがまだ納得できないようで、激しく唸りながら見えない力に逆らい、猶も前に進もうと足掻いている。
「よして、タロス! わたしがわからないの! わたしよ、ウルスラよ!」
ウルスの口から発せられたその言葉は先ほどまでと違い、まるで女の声のようだった。
「ウルスラ……?」
ウルスの名前には何の反応も見せなかった獣人が、初めて『ゾイア』という言葉以外を口にした。
「そうよ、王女のウルスラよ! おまえの敵ではないわ! 気をしっかり保ちなさい!」
獣人の表情に明らかな変化が起きていた。怒りや攻撃性が徐々に消え、平静を取り戻しつつあった。それと共に顔が平たくなり、体毛も少しずつ短くなって行き、頭髪や瞳の色も変化を見せた。
が、完全には元のタロスの姿には戻らず、髪は薄いブラウン、瞳はアクアマリンのような緑がかった青になったところで変化が止まった。
「ゾイア……」
ウルス、いや、ウルスラは少し困ったように首を傾げた。
「もしかして、おまえはもうタロスではないのね? ゾイアというのが、おまえの名前なの?」
「わからぬ。わが名は……ゾイア、なのか?」
「そう、それならそれでいいわ。今もう、細かいことを気にしてはいられないのよ。一刻も早くここから逃げないと、裏切り者のカルボン卿は、必ずや次の追っ手を差し向けるわ。幸い、おまえはとても強いようね。いいわ。新バロード王家の世継ぎとして、おまえに命じます。わたしと弟を、ここから無事に逃がしてちょうだい。褒美はまだ用意できないけれど、いつか必ず渡します。約束するわ」
だが、ゾイアは褒美ではなく、別のことが気になったらしい。
「おとうと……」
ウルスラは初めて笑顔を見せた。
「そうね、おまえには理解できないでしょうけど、わたしたち姉弟は一心同体、いえ、二心同体なの。弟も聞いているはずよ。そうねえ、逃げるには、やはり、男の方が便利ね。弟と交替するわ」
ウルスラがガクリと顔を伏せ、再び顔を上げた時には、瞳の色はコバルトブルーに戻っていた。
「タロス、じゃなかった、ゾイア、ぼくからも頼むよ。辺境伯のソロンのところまで、どうか逃がしておくれ」