29 査問
「どうしてわたしに黙って、勝手に甲板に出たのですか!」
騒ぎを聞いて駆け付けたツイムに、強引に船室に連れ戻されたウルスだったが、ツイムの叱責が厳し過ぎたためか、却って反発した。
「だって、退屈で退屈で、堪えられなかったんだよ。ツイムさんは、殆ど喋ってくれないし」
生真面目なツイムは、困ったように眉根を寄せた。
「そ、それは、あなたさまが、剣術の話も馬術の話もお嫌いとおっしゃるから」
「興味がないんだもん。例えばさ、料理の仕方とか道具の作り方とか、そういうこと知らないの?」
「存じ上げません。そんなつまらないことよりも、いずれ王となるべきお方なのですから、学問でもなさっては如何ですか?」
「わかったよ。じゃあ、旅の間は、本を読むことにする」
「いいでしょう。積み荷にどんな本があるか、船員に聞いてみます」
そう言って船室を出て行ったツイムだったが、すぐに船室に戻って来た。顔が真っ青になっている。
「ツイムさん、どうしたの?」
ウルスに尋ねられ、ツイムはどう答えるべきか迷っているようだったが、一度目を瞑り、再び開けた時には決心がついた様子だった。
「いずれお耳に入るでしょうから、ハッキリと申し上げます。あなたさまが魔女ではないかと、船員たちが騒いでいるのです」
「えっ、でも、あれは向こうが悪いんだよ!」
「わかっております。連中は金目当ての破落戸です。懲らしめて当然だと、わたしも思います。それに、魔道は、魔道師見習いだけでなく、王族の子弟でも護身のために学ぶ方が多く、かなりの上級魔道が使える方も珍しくはありません。しかし、魔女は別です。特に、船乗りは魔女を忌み嫌います。ところが、ウルス王子が魔道を使われた際、近くに居たものが聞いたお声が、女のようだった、というのです」
この時代、女性が魔道を学ぶことは禁じられていた。まして、女の身で自在に使いこなすとなれば、悪魔と交わった魔女と見做されて投獄され、最悪の場合、そのまま処刑されてしまうことになる。
「違うんだ! 詳しいことは言えないけど、ぼくは魔女なんかじゃない!」
ツイムは苦しげに頷いた。
「お傍にいるわたしには、あなたさまのお心根が清く正しいことは、わかっております。ですが、ひとたび魔女の疑いを掛けられた以上、査問を受けるのが掟でございます。次の湊では、荷物の積み下ろしのため丸一日停泊するそうです。そこで最寄りの異端審問所にて査問を受けるため、一旦船を降りねばなりません」
「わかったよ。ぼくが魔女じゃないことは、自分が一番わかっている。だから、正々堂々と査問を受けて疑いを晴らすよ」
ウルスは目を潤ませたが、ぐっと堪えた。
翌日、二人は、船着き場から程近い、船乗りたちの寄合所に附設された異端審問所を訪ねた。小さいながら、魔道都市エイサにあるような塔になっている。
船長が書いてくれた紹介状を門衛に渡すと、「付き添いの者は、ここで待つように」と告げられた。
ウルスは気丈に、「ぼく一人で大丈夫だよ」と笑顔を見せた。
ツイムは、指で幸運を祈る仕草をしながら、黙って見送った。
門衛とは別に、魔道師のマントを着てフードをすっぽり被った痩せた男が、無言のままウルスを中に導いた。手に煤んだガラス製のランプを持っている。
もう日も高いのに塔の中は薄暗く、螺旋階段の両側に並ぶ蝋燭の炎が揺らめき、ここだけ異世界のように不気味であった。
突き当りの『査問室』と書かれた部屋の前で男は立ち止まり、扉を開くと、中に入るよう促した。
ウルスは何度も唾を呑み、一つ息を吐いてから中に入った。
思ったより狭い部屋の中に、古びたテーブルを挟んで椅子が二脚、それ以外に何もない。
男はランプをテーブルに置き、初めて「座りなさい」と声を出した。ウルスが思ったより年配のようだ。老人、と言ってもいいかもしれない。
ウルスは当然のように奥側に座ろうとして、ハッと気づき、男の方を見たが、頷いたため、そのまま奥側に掛けた。
男はフードを被ったまま、手前側に静かに座った。
ウルスが、自分から何か言うべきだろうかと迷っていると、再び男が口を開いた。
「お久しぶりでございます、ウルス王子。そして、ウルスラ王女」




