17 商人の都
ゾイアは、門番が繰り出した長槍の穂先を体を開いて避け、そのまま柄の部分を脇に抱え込むようにして奪い取ると、前のめりになっている門番の胸を長槍の石突きでドンと突いた。
「げっ!」
呻き声を上げて倒れる門番を捨て置き、長槍を唸りを上げて振り回すと、上から降ってくる矢を次々に弾いた。
「おのれ!」
ロックの通行証を串刺しにした方の門番が、ようやく間の抜けた罵声をあげたが、その時には、ゾイアの持った長槍の穂先が門番の喉元に迫っていた。
「そこまで!」
門の上から、裂帛の気合いを籠めた制止の声が掛かり、ゾイアの長槍は相手の喉を貫く寸前で止まった。
「見事なり!」
ゾイアを止めた声の主が、今度は称賛の声を上げた。
野太いが、女の声のようだ。
油断なく長槍を門番に突き付けたまま、ゾイアは視線だけを、その声のした門の上の方へ向けた。
アーチ状の門の上は矢狭間があり、さらにその上に門楼がある。
その門楼から突き出した露台から身を乗り出すようにして、一人の女がゾイアに拍手を送っていた。
年齢の頃は三十代半ばほどであるが、身に纏っている真っ白な長衣は、身分の高さを思わせた。
遠目でも、キリリとした美貌の持ち主であることが見て取れる。
女は拍手を止めると、門楼の奥に向かって「下のお二人を丁重にお迎えせよ。ライナの客人じゃ!」と叫んだ。
女の命令は絶対らしく、門番たちが恭しく引き下がるのと入れ替えに、門がゆっくり開いて中から役人らしい男たち数人が現れ、賓客を招き入れるようにロックとゾイアを中へ導いた。
「すんなり中に入れたけど、大丈夫かな?」
不安そうに辺りを見回すロックに、ゾイアも小声で「まだ油断するな」と警告した。
二人が案内されたのは、近隣の建物と比べても一際大きな豪邸であった。
室内の調度品も奢を極めたものを揃えている。その中の客間の一つに通され、毛皮を貼った椅子で待つよう指示された。
緊張で押し黙っていたロックが、そろそろ喋り出したくなってきた頃合いに、ザッザッと衣擦れの音がした。
「待たせたな」
ざっくばらんな口調で言いながら、露台にいた女が入って来た。
「このサイカの差配を任されているライナだ。格式ばったことが嫌い故、単刀直入に訊く。おまえたちは、コソ泥のロックと連れのゾイアだな?」
どう答えようかとロックが横目で様子を窺う間も無く、ゾイアの口が開いた。
「そうだ、と言ったら、どうする?」
ライナはふふんと笑い、「ガルマニアに引き渡す、かも知れぬな。この近辺の自由都市全てに回状が来ておる。両名を捕らえた者に、金貨十枚くれるらしいぞ。まあ、おまえたちの返答次第だがな」と言うと、パチンと指を鳴らした。
サーッと音がして隣の部屋との間仕切りが外され、長槍を構えた十名程の兵士が現れた。
「ほう。随分手厚い歓迎だな」
ゾイアの皮肉に、ライナも苦笑した。
「本当はこれでもまだ不安だ。あの荒野の兄弟のルキッフが裸足で逃げ出した男だからな。だが、おまえを捕らえるのが目的ではない」
ライナは「おまえたち」ではなく、「おまえ」と言った。その視線は、最早ゾイアしか捉えていない。
「では、目的は何だ?」
「このサイカは商人が創った自由都市だ。どんな国とも、どんな民族とも、別け隔てなく取り引きする。ところが、自分たちだけを特別扱いせよ、という国が現れた。それも、言うことを聞かねば蹂躙する、との嚇し付きだ。そう、ガルマニア帝国という名の怪物さ。サイカにも意地がある。だが、傭兵は集められても、大将は雇えない。そこで相談だ。このサイカを護る傭兵部隊を率いてくれぬか?」
ゾイアの答えは、単純明快であった。
「断る」
控えの間の兵士たちが、ザッと足を踏み鳴らし、長槍を突き出すように半歩前に出た。