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18 先行投資

 自分に向けられた長槍を見て、ゾイアは苦笑した。

「おぬしのやり方も、ガルマニアとあまり変わらんようだな。だが、われに争(あらそ)う気があれば、この者たちはすでに死んでいるぞ」

 ライナも苦笑した。

「だろうな。わたしもそう思う」

 ライナは兵士たちに「聞いたであろう、下(さ)がれ」と命じ、ゾイアの顔を少し嬉(うれ)しそうに見た。

「改めて聞こう。なぜ断る?」

「われは、ある者を護(まも)ると約束した。まだ、それを果(は)たせていないのだ」

「ほう。その者とは、まさか横におるコソ泥ではあるまいな」

 これには、ロックが慌(あわ)てて手を振って否定した。

「滅相(めっそう)もないです! おいらじゃありません!」

 ライナは少し待ったが、ゾイアがその人物の名前を口にする気配はなかった。

「良かろう。その者のことは聞くまい。だが、おまえをこのまま見逃(みのが)せば、ガルマニアの不興(ふきょう)を買うことになる。このサイカは商人(あきんど)の街じゃ。何より損(そん)を嫌う。本来なら、おまえが断った時点でガルマニアに引き渡すところだ。如何(いか)におまえが強くとも、この街の傭兵千人全(すべ)ては斃(たお)せまい。だが、そこまでの犠牲(ぎせい)を払(はら)って、金貨十枚では割(わり)に合わん。そこで相談だ。むしろ、こちらから金貨十枚をおまえに渡そう。貸すのではない、手付金(てつけきん)だ。おまえがおまえの護りたい者を護り切り、自由の身になった暁(あかつき)には、このサイカをガルマニアから護って欲しい。それが無理なら、せめて、ガルマニアの味方をしないで欲しい。どうじゃ?」

「固(もと)より、われにガルマニアに義理立(ぎりだ)てする理由など、些(いささ)かもない。むしろ、われの護りたき者の敵だ。こちらから攻(せ)め込むつもりはないが、襲(おそ)って来る者は必ず斃す。たとえ相手が千人であろうと、だ」

 ライナは豪快(ごうかい)に笑った。

「面白い。いや、気に入った。もう条件は付けぬ故(ゆえ)、金貨十枚貰(もら)ってくれ。おまえと誼(よしみ)を結(むす)んで置きたい。先物買(さきものが)いじゃ」

 また断るかと思いきや、ゾイアはあっさりと「有難(ありが)い」と言った。

「実は、その護るべき者と逸(はぐ)れて困っている。そもそも、この街に来たのも、情報屋と接触(せっしょく)するためだ。だが、今は一文無(いちもんな)しで、謝礼金(しゃれいきん)も払(はら)えない。もし、金貨十枚くれるというなら、この街で一番の情報屋に渡してくれ。われが今一番知りたいのは、その者の消息(しょうそく)だ」

「なるほど。この街一番ということならば、ギータだろう。情報収集力(しゅうしゅうりょく)もさることながら、顧客(こきゃく)の秘密を守ることでも有名だ。早速(さっそく)渉(わた)りを付けよう。それでも、すぐに尋(たず)ね人(びと)が見つかるとは限るまい。ハッキリとしたことがわかるまで、いくらでもこの街に逗留(とうりゅう)してくれ。その間の費用は、金貨十枚とは別にこちらで支払おう」

「破格(はかく)の待遇(たいぐう)だな。良いのか?」

「このライナは商人としても一流のつもりじゃ。商品の目利(めき)きでも他人(ひと)には負けぬ。おまえは、いずれ一廉(ひとかど)の人物になるであろう。さすれば、ガルマニアに一泡吹(ひとあわふ)かせてやれる。痛快(つうかい)ではないか。おお、そうと決まれば、宴(うたげ)じゃ!」

 すっかり風向きが変わったことに、ロックは戸惑(とまど)っていたが、ゾイアは別の事を考えているらしく、「ガルマニアか。いずれ戦わねばなるまい」と独(ひと)り言(ご)ちた。



 そのガルマニア帝国の、帝都ゲオグスト。

 宰相ザギムの屋敷(やしき)を囲む城壁の上を、黒い人影(ひとかげ)が走っていた。黒尽(くろず)くめの衣装(いしょう)を身(み)に纏(まと)い、顔まで黒い布で覆(おお)っている。

 居館(きょかん)の手前まで来ると中庭に降り、足音もなく庭を横切ると、そこで片膝(かたひざ)をついた。

 目の前にある寝所(しんじょ)の窓に向かい、「帰参(きさん)」とのみ告げた。

 すると、寝所の中に明かりが灯(とも)り、「入れ」と声が掛かった。

 寝所には、宰相のザギムが一人で居(い)た。

 頭頂部(とうちょうぶ)のみ髪が抜け、顔の皺(しわ)も深いため老(ふ)けて見えるが、目鼻立(めはなだ)ちはスッキリ整(ととの)っており、若い頃はさぞや美男子であったろうと思われる。

 黒尽くめの人物はザギムの前で再び片膝をついて頭を下げ、「ご報告」と言った。言葉に妙(みょう)な訛(なま)りがある。

「申せ」

「サモス千人長は、始末(しまつ)。ブロシウス軍師は、ウルス王子の、行方不明(ゆくえふめい)を、未(いま)だ、知らず。例の男は、自由都市サイカに、入った、模様(もよう)」

「サイカか。ライナめ、帝国に抗(あらが)うつもりか。まあ、良い。それより、ウルスのことだけはブロシウスに知られぬよう、気をつけよ」左右を確認し「皇帝にも、な」

「御意(ぎょい)」

 黒い人影が去ると、ザギムは寝所の隠(かく)し扉を開け、中に入った。宝物庫(ほうもつこ)のようだ。

 その奥の太刀掛(たちかけ)の上に、黄金と宝石で見事な装飾(そうしょく)を施(ほどこ)された短剣が乗っていた。

 ザギムはうっとりとそれを眺(なが)めながら、呟(つぶや)いた。

「この剣のみでは役に立たん。バロード王家の血筋を引く者の力が必要なのだ」

 ニタリと笑って、寝所に戻って行った。

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