エピローグ
かつて魔道師の都と呼ばれた自由都市エイサは、ゲール帝の焼き討ちよって殆どの建物が焼失したが、中央の塔を含む一郭だけは辛うじて原形を保ち、その後の目まぐるしい歴史の変転を生き残った。
そして、ゲルヌ皇子の『神聖ガルマニア帝国』が正式に発展的解消を果たし、新たに永世中立国ゲルニアとして生まれ変わった。
因みに国名は、生命懸けでこの地を守護した第一発言者ゲルニアを偲んで、ゲルヌが名付けたものである。
また、中央の塔も、その本来の姿であった魔道師学校として甦った。
その門の前に、新たな立像が置かれている。
かつてのエイサの総責任者であり、中原を護るために自らを犠牲にした老師ケロニウスの像である。
と、門の前に一人の若者が歩いて来ると、手に持っていた花束をそっと像の足元に置いた。
黒い髪、日に焼けた肌、焦げ茶色の瞳という、典型的な沿海諸国の顔であるが、着ているのはバロード風の瀟洒な服であった。
最近、バロード連合王国の情報省大臣となったロックである。
珍しく神妙な顔で黙祷したロックは、目を開けると白い歯を見せて笑った。
ケロニウスのじいさん、銅像になった気分はどうだい?
まあ、本来ならあんたがこの学校の校長になるべきだったんだろうが、なんと、あんたの養子だったスルージのおっさんが初代校長だってよ。
笑うだろ?
あんなやつでも、モジャモジャ頭を整えて、それらしい恰好をすりゃ、ちゃんと校長に見えるんだから大したもんさ。
おいらかい?
おいらも一応大臣ってことになっちまったから、こんな服着せられてるけど、本当ならもっと楽な恰好してえんだよ。
けど、考えたら不思議だよなあ。
ここでコソ泥してあんたに取っ捕まって、あのまんまだったら、今頃どうなってたことか。
あんたらにとっちゃ不運そのものだったゲールの焼き討ちが、おいらにとっちゃ人生の転機になったんだもんな。
あん時預かった『アルゴドラスの聖剣』が、全ての始まりだった。
そう、そしてクルム城で、おいらはゾイアのおっさんと出会ったんだ。
それからの日々は、アッという間だったなあ。
ハラハラドキドキの毎日だったが、結構楽しかったよ。
だが、ゾイアのおっさんが天に昇ってから、なんだかおいらも気が抜けちまった。
あれからもう三年半以上経つのに、未だに不意に振り返ったらおっさんが立ってるんじゃねえかと思うよ。
あ、そうそう。
あんたに魔道の薫陶を受けたウルスラ女王も、来月十八歳の成人を迎えて、愈々ご成婚ってことになったぜ。
お相手は、大方の予想どおり、この国の首長ゲルヌ皇子さ。
まあ、尤も、同時に同体のウルス王もカリオテ大公国のリサ嬢と結婚するから、二重に目出度え話じゃあるけど、新婚生活がどうなるのかね?
婚礼はこれまでにない規模になるからって、統領のクジュケを筆頭に、事務方はてんやわんやの大騒ぎをしてる。
ああ、ゾイアのおっさんがいたら、どんなに喜んだことか……。
ま、いねえもんは、しょうがねえけどさ。
一応、婚礼が済んだら、リサ嬢は王妃となってバロード王家に入る訳だが、ゲルヌ皇子の方はそのままここに残るそうだ。
この永世中立国ゲルニアが、これからの中原の要だからな。
ガルマニア合州国は今のところ落ち着いちゃいるが、大統領ヤーマンがまだ健在だから、またぞろ変な野心を起こさねえとも限らねえしな。
が、まあ、そんなに心配は要らねえと、ラミアンのやつが言ってたよ。
ギルマンが立派な連邦共和国になったし、何よりも中原東南部に新しい国がいっぺえできたからさ。
アルアリ諸国連合ってことで、数十の小国が犇めき合ってる。
あのドーラがいりゃあ巨大な女王国になったんだろうが、ガイ族やガーコ族を始め色んな少数部族がそれぞれの国を創って、まあまあ仲良くやってるよ。
そうそう。
あんたが自分を犠牲にしてまで護ってくれたスカンポ河東岸は、今どえらく発展してるぜ。
残念ながら、西岸の方はまだ人が住めねえ状態だが、いずれは綺麗になるってさ。
発展してるっていえば、プシュケー教団もでっかくなって、聖地シンガリアもちゃんと都市として整備されてるらしい。
まあ、ヤーマンがくれるって言ってたドーラのバローニャ州は、あの蛇男がキッパリ断っちまったが、その代わり、ガルマニアでも随分と信者が増えてるそうだ。
そういや、あの女騎士ファーンも、遂に結婚するって言ってたなあ。
相手は、ミハエルとかいうやつらしい。
あんなに恐ろしかったマオール帝国の女刺客タンファンが嫁入りするなんて、あの頃には考えられもしなかったよ。
マオール帝国っていや、来年にはヌルチェンが新皇帝として即位するってさ。
ヌルサン皇帝はまだ元気なんだが、早めに譲位して、楽隠居したいらしい。
羨ましい話さ。
羨ましいって云えば、ニノフ大公も来年には結婚するそうだぜ。
ああ、いや、違うな。
結婚するのは、同体の妹君ニーナさまの方だった。
婿さんは、あの黒鬚のボロー補佐官だぜ、笑うだろ?
おお、そうだ。
タロスのおっさんが去年結婚したのは、言ったっけ?
嫁さんはなんと、あの女傑ライナ姐さんさ。
ゾイアのおっさんと結婚するって言い張ってたけど、結局、おっさんがいなくなった淋しさをぶつける相手が欲しくて、タロスのおっさんを訪ねて行って話してるうちに、そういうことになったらしい。
商人の都サイカは、しょうがなくギータのじいさんが仕切ってるよ。
それと、ツイムの兄ちゃんはカリオテ大公国に移籍して海軍大臣になり、兄貴のファイムは宰相に格上げされて、みんなそれなりに出世してるよ。
ああ、うう、それとさ。
笑われるかもしれねえが、実は、おいらも結婚しようかと思ってる。
いやいや、まだ話が進んでる訳じゃねえんだ。
が、まあ、何んとなく気持ちは通じてるかな?
ああ、そうさ。
あのじゃじゃ馬姫、マーサ将軍なんだ。
実は、それもあって、この国に来たんだ。
どうなるかわかんねえが、当たって砕けてみるよ。
あんたも、あの世から応援してくれ。
おっと、そうか。
きっと、ゾイアのおっさんも、空の彼方から激励してくれてるだろうさ。
上手く行ったら、また報告に来るぜ。
それまで、ゆっくり休んでてくれ。
じゃあな、ケロニウスのじいさん。
大変長らくお待たせいたしました。
本編完結から半年、ようやく改稿作業も終わり、このエピローグを以て本当の完結となります。
人間は誰しも一生に一本は自分なりの小説を書けるとの俗説がありますが、わたしにとってはこれがそうでしょう。
この作品には、わたしが感動した小説・漫画・映画・アニメ・ドラマなど、すべてへのオマージュが詰め込まれています。
そのためこれほどの長さになってしまったのですが、書き始めた際に、必ず完結させるということだけは決めていましたので、とにもかくにも書き続けました。
改稿もできるだけ行い、整合性を保つように努力しましたが、長すぎるとか、わかりにくいとか、ご批判もあるでしょう。
それでもなお面白いはずと信じて、この作品を送り出したいと思います。
長い間お読みいただき、本当にありがとうございました。