1459 ハルマゲドン(115)
宙船の自爆が迫る中、跳躍して船外へ逃げるために、聖剣が変形した鎧を脱いだアルゴドラスは、全裸のまま魔女ドーラに変身した。
ところが、中和が未完であった白魔の残党が小型自律機械を操り、ドーラの両足首を掴ませたのである。
バチバチという音と共にドーラの身体が痙攣し、その長い白金色の髪が逆立った。
と、脱がれたままの状態を保っていた鎧が動き、その手に握っていた超合金の剣で、ロビーの伸びた腕をザン、ザンと切断した。
……対応が遅れ、申し訳ありません。但し、電撃は何とか麻痺水準で止めることができました……
が、生命こそ取り留めたものの、ドーラの美しかった裸身は見るも無残な本来の老婆の姿に変わり果てていた。
頬が痩けて皺だらけになった顔で、それでも目だけをギラギラと光らせたドーラは、罅割れた唇を開き、掠れた声で命じた。
「ドゥルブにとどめを」
……お言葉ですが、中和を完了させる時間はありません。四十九秒後に防護殻を設定し、そのキッカリ二十七秒後に自爆します。急いで退避してください……
ドーラは大きく息を吐くと、自嘲気味に笑った。
「無理ぞえ。衝撃に耐えるため、理気力を殆ど使うてしもうたわい」
と、縛られたまま倒れているジョレが叫んだ。
「だったら、聖剣の力で一緒に逃げようじゃないか! 今ならまだ間に合うぞ!」
それに対する返答は、両腕を切断されたロビーの方から聞こえて来た。
「おお、そうしてくれ。おまえたちが時空干渉機で脱出してくれれば、母船の制御を回復し、軌道を反転させておまえたちの惑星に突っ込ませる! 頼む、そうしろ!」
ジョレは身体を捩じって振り返り、ロビーの透明な頭部に見える白い平面の顔を怒鳴りつけた。
「余計なことを言うな! また、わたしに支配されたいのか!」
白い平面の切れ目のような口が嗤った。
「もう二度と御免だ。今度憑依する時は、相手を慎重に選ぶよ」
その時。
……シールドアップまで、後十七秒です。ご主人さま、ご決断を……
ドーラは鼻で笑った。
「わたしが言うことでもないが、醜い争いよのう。わたしはもう降りたぞえ。聖剣よ、わたしの最後の命令じゃ。このまま作業を進めよ」
……了解いたしました。シールドアップ十秒前、九、八……
その間にも、ジョレとドゥルブが「考え直せ!」「後悔するぞ!」などと叫び続けていたが、ドーラはもう返事をしなかった。
……三、二、一、シールドアップします!……
本殿内の照明が一度消え、再び点灯した時には真っ赤な光が明滅し、警報のような音が鳴り響いた。
……自爆まで後二十秒です。十九、十八……
「シールドを解除しろ! まだ間に合うぞ!」
「そうだ! 船のコントロールをわれらに戻せ!」
猶も喚き散らしているジョレとドゥルブを、ドーラは一喝した。
「阿呆! 静かにせよ! どうせまた、すぐに会えるわい。地獄とやらでのう」
……十、九、八……
ドーラは目を瞑り、自分の胸に言い聞かせるように呟いた。
「ええ、そうですね、兄上。後のことは、孫たちに任せましょう」
その老いた顔に、ドーラは満足げな微笑みすら浮かべていた。
……三、二、一……
一方、氷上に留まり、暮れなずむ空を見上げていたウルスラが、「あっ!」と声を上げた。
「今光ったのが、そうじゃない?」
極地の寒さからウルスラを護るように身を寄せていたクジュケが、震えながら頷いた。
「そのようでございますね。何も影響がないといいのですが」
「お祖父さまは、無事に逃げられたかしら?」
「さあ。それはどうでしょう?」
クジュケがもの問いたげにゲルヌの方を見ると、額の赤い第三の目がスーッと消えるところであった。
「魔道神に確認した。間違いなく宙船は自爆したそうだ。尤も、充分に距離を置き、直前でシールドアップしていたから、中原への影響はないだろう、とのことだ」
ウルスラはホッとしながらも、気になっていることを尋ねた。
「お祖父さまのことは、何かわかった?」
ゲルヌは眉を寄せ、小さく首を振った。
「残念だが、宙船から脱出した航跡は発見できなかったそうだ」
「おお、そんな!」
顔を覆うウルスラに、ゲルヌは言い辛そうに告げた。
「実は、もう一つ言わねばならぬことがある。ゾイアのことだ」
「え?」
クジュケも含めた三人の視線が、自然に一箇所に集まった。
完全に人間形に戻り、筋骨逞しい裸身を晒した状態で、見えない寝台に横たわるようにして浮いているゾイアである。
その目は固く閉じられており、深い眠りの中に居るようだ。
聖剣でドゥルブの中和作業をしたため、その衝撃で気絶したままなのである。
ゲルヌは決心がついたように息を吐き、改めてウルスラの方を向いた。
「宙船と共にドゥルブも滅び、この世界に数々の奇蹟を齎した聖剣も破壊された。三千年前に救援艦隊を呼んだ後、ギルマンの地下深くへ潜ったモノリスとやらも、南海の海底に沈んだダフィニア島を管理しているゴーストという機械人間も、今後は中原に関わることはないという。そうした中、未だに人間と接触のあるゾイアは、今後この世界には、存在を許されないそうだ」
ウルスラが顔色を変えた。
「なんて酷いことを言うの! ゾイアはわたしたちの大切な仲間よ!」
と、その仲間という言葉が聞こえたかのように、ゾイアの身体がピクリと動き、空中で縦に回転して直立の姿勢になった。
「あ、髪の色が……」
クジュケが思わず声を上げたように、本来ダークブロンドであるはずのゾイアの髪が、漆黒に染まっていた。
それだけではない。
ゆっくりと開いた瞳の色も、同じように黒かった。
その目で、初めて見る相手のように三人を眺めている。
堪りかねてウルスラが声を掛けた。
「ゾイア、気がついたの?」
ゾイアの顔に戸惑いが現れたが、すぐに「ああ」と頷いた。
「その人格は今はまだ眠っている。が、その意思は伝えられる。名残惜しいが、別れの時が来た、とのことだ」
「そんなの嫌よ!」
泣きながら飛び出そうとするウルスラを、ゲルヌが止めた。
「話を聞くんだ」
「だって」
ゾイアであった存在は、黒い瞳を潤ませていた。
「確かにナターシャに似ているな。ああ、いや、おれの独り言だ、忘れてくれ。ゾイアという人格からの伝言を続けよう。この世界で過ごした日々は、掛け替えのないものであったそうだ。しかし、自分の存在がこの世界の枠組みに納まらないことは自覚しているらしい。よって、去らねばならぬと」
ウルスラはもう言葉が出ず、しゃくり上げるように嗚咽している。
その肩を抱きながら、ゲルヌが告げた。
「バルルたちはおぬしの身柄を確保したいと言っているが、断った。それで良かったか?」
ゾイアであった存在の肉体がほっそりして来て、髪の色も相俟ってマオール人のような容姿になった。
「ありがとう、感謝する。おれは自由が好きでね。ゾイアという人格は、もっと忠誠心が強いようだが。まあ、いずれにせよ、この世界にはもう居られないことはわかってくれている。世話になったと伝えて欲しいそうだ」
そう告げると、ゾイアであった存在は光に包まれ、次第に丸みを帯びて来た。
遂には、林檎ほどの大きさの光る球体となって浮かんだ。
ウルスラが「ゾイア!」と呼び掛けると一度明滅し、物凄い速度で急上昇すると、群青色に変わった空の彼方へ消えて行った。
(作者註)
ご覧のように本編は完結しました。
後はエピローグを残すのみです。
ところが、ご存知のように改稿とあらすじが途中で止まっており、完結設定がまだできません。
よって、当分そちらに専念させていただき、完了後にエピローグを追加して完結といたします。
もうしばらくお待ちください。
長くはお待たせしないつもりです。
では、ひとまず、ご愛読に感謝いたします。