1458 ハルマゲドン(114)
耳が痛くなるような金属音が響き、ジョレが振り下ろした剣は弾かれてその手を離れ、床に転がった。
腕が痺れたらしく、もう一方の手で押さえながら蹲り、ジョレは顔を顰めた。
「くそっ!」
それを見下ろすアルゴドラスの手には、燻んだ紅色に輝く剣が握られている。
「剣技に格段の差がある上に、こちらは超合金の剣だ。手加減する余裕もないのでな」
アルゴドラスは馬鹿にしたような笑みを浮かべると、小型自律機械に命じた。
「おい、ガラクタ人形、この阿呆を縛り上げておけ!」
「縛り上げます! 縛り上げます!」
ジョレは項垂れ、ロビーに縛られるがままになっていたが、その目は油断なくアルゴドラスを盗み見ている。
アルゴドラスもその視線に気づいたようだが敢えて取り合わず、剣を鞘に納めると前方に向き直った。
「聖剣よ、間に合いそうか?」
……この惑星の自転周期の二十四分の一の更に六十分の十、即ち十分を切りました。更に六十分の一の単位である秒まで表示すれば、残り九分五十一秒です。ギリギリですが、今から合体の最終段階に入ります。衝撃に備えてください……
「うーむ、ともかく急げ」
直後、ドンと腹に響く衝撃があり、本殿の揺れが止まった。
……ドッキング完了。直ちに母船との回線接続を始めます……
「よし! 準備ができ次第飛び立つぞ!」
勢い込むアルゴドラスに、縛られたジョレが後ろから皮肉な言葉を浴びせた。
「ふん。今更正義の味方を気取りやがって」
アルゴドラスは振り向いて肩を竦め、お道化た顔をして見せた。
「別に何の味方でもない。余は余自身の味方だ。考えてもみよ。あれほど望んだ聖剣が、今はわが手にあるのだぞ。この危機さえ無事に乗り越えれば、この世界はわがものとなる。違うか?」
ジョレの表情が、驚き、感心、羨望、媚び諂いと目まぐるしく変わった。
「ま、正に! おお、どうか、わたしも陛下の臣下の末席にでもお加えくだされ!」
アルゴドラスは鼻で嗤った。
「その変わり身の速さ、いっそ潔いのう。が、駄目だ。おまえの裏切り癖は、一生治らぬ。余もさすがに懲りたよ。これより先は、たとえ愚かでも、節を曲げぬ漢でなければ臣下にせぬつもりだ」
ジョレの表情がまた変化し、絶望、反感、怒り、憎悪となって毒づいた。
「ああ、いいとも。こっちこそ願い下げだ。もうこの世に未練などない。さあ、殺せ!」
アルゴドラスは一度収めた剣を、スラリと抜いた。
「ふむ。その方が、慈悲というものかもしれんな」
強がっていたジョレは、山羊のような顎鬚を震わせた。
「よせ。まだ死にたくない。やめてくれ!」
その時。
……コネクション完了しました。残り時間、六分二十三秒しかありません。直ちにご命令を……
アルゴドラスは持っていた剣を、軍旗のように掲げた。
「よし! 発進せよ!」
……発射十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一、離陸!……
その瞬間、強烈な加重が襲って来た。
聖剣の鎧を身に纏っているアルゴドラスは辛うじて立っていたが、後ろ手に縛られたままのジョレは胸から床に這い蹲り、ロビーは倒れてゴロゴロと転がっている。
尤も、それでも本来の加重よりは随分軽減されているようで、アルゴドラスは何とか喋ることができた。
「ううっ、どう、だ、間に合い、そうか?」
……今から一分十四秒後に大気圏外に出ます。その後、ギリギリまで加速して重力圏を離脱し、爆発直前に防護殻を設定します。脱出なさるなら、シールドアップの直前しか好機はありません……
「よかろう。おまえの考える最適の時機に脱出させてくれ」
……お言葉ですが、ご主人さまの脱出後、シールドアップを維持し、爆発をその内部に留めるため、当機はここに残らざるを得ません。よって、脱出は自力でお願いします……
「な、何だと!」
と、後ろ手のまま床にへばりついているジョレが、顔を上げてクックッと苦しげに嘲笑った。
「ざま、ああ、みろ。おま、えも、わた、しと、いっ、しょに、じご、くへ、おち、ろ!」
が、アルゴドラスは大きく溜め息を吐くと、笑顔になった。
「仕方あるまい。聖剣が破壊されてしまうのは惜しいが、余以外の者の手に渡るよりはマシだ。一先ず、ウルスラとの約束どおり、新しい国を貰うことで我慢しよう。それで良いな、アルゴドーラ?」
最後の言葉は自分の胸に告げたのだが、アルゴドラスは何故か顔を顰めた。
「そう拗ねるな。いずれにせよ、脱出できねばおまえも死ぬのだぞ。素直に代わってくれ」
……大気圏外に出ました。残り時間、四分五十二秒……
「おい。ふざけている場合ではないのだ。死にたくはなかろう? わかった、わかった。今回のことは謝る。余も言い過ぎた。これからはおまえの意見を尊重する。おお、そうだ、新しい国の名前は、アルゴドーラ女王国としよう。余は後見役でよいぞ」
……重力圏を出ました。残り時間、三分四十四秒……
「頼む。時間がないのだ。変身を始めてくれ。おお、そうだ、聖剣よ、余から離れよ!」
アルゴドラスの身体から、スッと鎧が外れ、筋骨隆々たる壮年の裸身が露わとなった。
そのゴツい身体の線が、次第に柔らかく変化して行く。
……残り時間が二分三十秒を切りました。シールドアップの準備に入ります……
変身はいつも以上の速さで進み、見事な美熟女の裸身となった。
この切羽詰まった状況でも、ドーラは嫣然と微笑みながら、長い白金色の髪を掻き上げた。
「ふふん。こんなことになるのなら、長衣を別に持ってくれば良かったぞえ。さあ、おさらばするかえ。うっ! きさま!」
足首を掴まれたと感じ、反射的にジョレを睨んだドーラは、その両腕が後ろで縛られているのを見て、改めて自分の足元を確認した。
ドーラの両方の足首を掴んでいるのは、先が鋏のようになっている手で、それは転がったままのロビーの胴体から伸びて来ていた。
そのロビーの透明な頭部の内部に、真っ白な平面の顔が浮かび、切れ目のような口が笑うような形に開いていた。
「中和が百パーセント完了するのを待つべきだったな、魔女よ。まだロビーを動かす程度の力はあるぞ。お礼をさせてもらおう」
鋏のような手からバチバチと音が鳴り、ドーラの長い髪が逆立った。