1457 ハルマゲドン(113)
アルゴドラスを囲むようにして、ウルスラ、ゲルヌ、クジュケの三人が手を繋ぎ、四人揃って浮身した。
ゾイアに近づくと、聖剣から光を放射しながら気を失ったらしく、目を瞑り、グッタリしている。
「大丈夫かしら?」
ウルスラが心配そうな顔をすると、ゲルヌが「大事あるまい。クジュケはどう思う?」と聞いた。
「恐らくは大丈夫かと。しかし、この状態でも墜落しないのは、聖剣の力でしょうねえ」
クジュケが感心したように言うと、アルゴドラスが苦笑した。
「客観的に見るのは初めてだが、確かに余も気絶したものの、空から落ちはしなかったな。うむ。では、確認してみるか」
アルゴドラスは少し声を張って問いかけた。
「聖剣よ! 余はおまえの真の主、アルゴドラスである! 今、余の質問に答えられるか?」
……お答えできます……
「よし! 白魔の中和は終わりそうか?」
……現在、九十二パーセントまで終了。非位相者はほぼ無力化していますが、完全に中和できるのは、深夜になります……
「それでは間に合わんな。実は、ドゥルブが宙船に自爆を命じた。しかも、本人が撤回を命じても撤回するなと念を押した。どれくらい時間の猶予があるのかわからんが、そんなには待てぬ。中和作業を中止し、自爆を喰い止めよ!」
今度は、聖剣は即答しなかった。
他の三人が固唾を呑んで見守る中、更にアルゴドラスは問うた。
「どうした? 余の命令が聞けぬのか?」
……いえ。中和の中止はできます。しかし、一旦起動された自爆装置を止めることは不可能です……
「うーむ。それでは聞くが、自爆した場合の影響は?」
……超光速推進機関が爆発すれば、この惑星全体が汚染され、生物は全て絶滅するでしょう……
「くそっ! 残り時間はどれくらいある?」
……今、遠隔探知機で確認しました。惑星標準時間で十九分、即ち、この惑星の自転周期の二十四分の一の更に六十分の十九しかありません……
「むう。よくわからんが、もう殆ど時間がない、ということだな?」
……そうです……
さすがにアルゴドラスも顔色が変わった。
「何か方法はないか?」
……一つだけ可能性があるとすれば、中断した合体を完了させて飛行可能な状態にし、直後に離陸させて大気圏外に出て、そこで爆発させれば、影響を少なくできます。その際、更に防護殻を設定すれば、被害はより少なくなるでしょう……
「よし! 他に選択肢はない。中和を中止し、直ちにそれを実行せよ!」
……中和を中止します。但し、ドッキングまでは当機が誘導できますが、その後の発進は、人間またはそれに準じる知性体が直接命令をしていただく必要があります。これは、宇宙艦隊の内規です……
ホンの一瞬だけ迷ったようだが、アルゴドラスは頷いた。
「よかろう。余が行く」
ウルスラが悲鳴のような声で、「お祖父さま、やめて!」と止めたが、アルゴドラスは笑顔で首を振った。
「もう時間がない。誰かがやらねばならぬのだとしたら、それは余だ。それに、無駄死にするつもりはない。爆発の直前に脱出する。おまえたち三人は、ゾイアを連れて速やかに避難しろ。さあ、聖剣よ、始めてくれ!」
一方、ドッキングに失敗した本殿本体は、その後の指示がないために、宙船の上空を旋回し続けていた。
「ああ、どうしよう。このままでは死を待つのみだ」
山羊のような顎鬚を震わせるジョレの横では、小型自律機械が狂ったように叫び続けている。
「何が何でも自爆します! 何が何でも自爆します!」
と、そこへポッと光る点が現れ、膨らんだシールドから、金属の鎧を身に付けた偉丈夫が出て来た。
アルゴドラスである。
ロビーが「警告! 警告! 侵入者発見! 侵入者発見!」と騒ぐのを片手で制し、アルゴドラスは聖剣が変形したらしい鎧に命じた。
「合体を誘導せよ!」
……了解しました!……
鎧の胸部から幾つもの細い金属の線が出て来て、先程までジョレが操作していた機器に接続した。
直後、グッと本殿が傾き、下降し始めた。
呆然と成り行きを眺めていたジョレが、「た、助かるのか?」と聞くと、アルゴドラスは苦笑した。
「残念だが、自爆を止めることはできぬ。よって、空の彼方へ行くのさ」
ジョレの唇がプルプルと震えた。
「い、嫌だ! 助けてくれ!」
アルゴドラスにしがみ付こうとしたが、「阿呆!」と一喝された。
「おまえが邪魔をすれば、助かる生命も助からなくなる! そこでジッとしていろ!」
が、ジョレはいつの間にか、剣を手にしていた。
「嘘を吐くな。おまえはドーラでもあるじゃないか。今すぐわたしを連れて跳躍しろ」
アルゴドラスは舌打ちした。
「どこまで愚かな男だ。おい、そこのガラクタ人形! この男を拘束しろ!」
ロビーは明らかに変調を来しているらしく、本来の主人であるジョレに鋏のような手を振り向けた。
「拘束します! 拘束します!」
「きさままで裏切るのか!」
ジョレは大きく剣を振り上げたが、それは見せかけであったらしく、クルリと剣先を回し、アルゴドラスの剥き出しの頭部に振り下ろしたのである。