1455 ハルマゲドン(111)
一方、群衆の避難誘導を終えたゲルヌ皇子と統領クジュケも、氷上から心配そうに上空の様子を見ていた。
と、ゲルヌの顔がパッと輝いた。
「おお、ウルスラの傍にラミアンを背負ったジェルマが現れたぞ! 恐らく、聖剣の問題を解決できたのだ!」
ゲルヌに言われてクジュケも「良かった!」と安堵の声を上げたものの、すぐにウルスラと同じことに気づいた。
「ああっ! でも間に合いません! 本殿と宙船が合体してしまいます!」
「ううむ。何とかして、少しでも遅らせるしかない。行こう、クジュケ!」
「は、はい!」
二人は降下しつつある本殿本体に向かって飛行しながら相談した。
「あの底部から出ている幾つもの炎で本殿本体の姿勢を制御しているようだな。と、いうことは、あれを一個でも止めることができれば姿勢を保てなくなるはず」
「そうですね。ですが、どうやって?」
「さすがに波動で吹き消すのは無理だろう。あまり得意ではないが、冷気の技ならいいかもしれぬ」
「わかりました。わたくしもウルス陛下に教わったばかりですが、やってみます」
二人は飛びながら口に指を当て、白い息を吐いた。
それを本殿の下から噴射している炎に向けたが、殆ど効果がない。
「うーむ。とにかく一箇所に集中しよう。均衡を破るんだ。わたしの狙ったところへクジュケも当ててくれ」
「了解しました!」
二人は必死に冷気を吹きかけたが、多少炎の勢いが弱まったものの、本殿を傾けるほどではなかった。
上からそれを見ているウルスラにも、二人のやろうとしていることはわかった。
「え? ああ、あなたが冷気の技が得意なのはわかってるわ、ウルス。でも、多分それじゃ間に合わないのよ。ああ、どうしたら……」
その横で、ラミアンを背負って空中浮遊しているジェルマは、それだけで精一杯のようで、顔を真っ赤にして力んでいるものの、徐々に高度が下がりつつあった。
「くそっ。もう無理だ。一旦地上に降りるしかねえ。ゾイアのおっさん、聖剣はまだ戻らねえのか?」
巨大有翼獣人形態から急速に人間形に移行しながら、ゾイアも焦りの滲んだ声で答えた。
「まだだ。このままでは、たとえ聖剣がわれの手に戻っても、中和を始める前に合体が完了してしまう。どうしたら、……うっ。おお!」
思わず握りしめたゾイアの手に、突如聖剣が出現していたのである。
間髪を入れず、ゾイアは聖剣を宙船に向けて翳した。
「今こそわれは聖剣に命ずる! 白魔の本体を完全に中和せよ!」
聖剣はビーンという金属音を立てて振動した。
……非位相者の存在を確認しました。前回中和時に比べ、全体的に活動水準が上昇して来ており、現在四十七パーセント。更に活性化しつつあります。直ちに中和しますか? 中和する時間の余裕がない場合は、少なくとも一時停止を指示してください……
ゾイアは迷わず聖剣に命じた。
「直ちに中和せよ!」
聖剣はゾイアの手を引くように前に出て、鞘の先が下を向いた。
……衝撃に備えてください。目標を捕捉しました。これより位相波の照射態勢に入ります……
聖剣を構えたまま、ゾイアはウルスラたちに叫んだ。
「危険かもしれぬ! 離れていろ!」
ジェルマが「お先に!」と告げ、ラミアンを背負ったまま消えたが、ウルスラは下を見て「ああっ、合体しそう!」と言いながら急降下して行った。
ゾイアの顔色が変わった。
「いかん! 照射を待て!」
……このまま待機します……
ウルスラは、何とかして合体を喰い止めようとしているゲルヌとクジュケの近くまで降りて来た。
「ゾイアの手に聖剣が戻ったわ! こっちはどう?」
ゲルヌは冷気を吐くのを止め、蒼白な顔で応えた。
「炎を弱めようとしているが、とても無理だ。ウルスに代わってもらえるか?」
が、苦しげな表情でウルスラは首を振った。
「もう間に合わないわ。可哀想だけど、最後の手段を使うしかないわ」
ウルスラは声を限りに叫んだ。
「レイチェル、助けて! お願いよ!」
その直後、唐突に一二歳ぐらいの女児が空中に出現した。
通常、長距離の跳躍には必須の防護殻もなしに現れたのは、ウルスラの異母妹のレイチェルであった。
父はアルゴドーラの息子カルス王、母はアルゴドラスと妖精族の血を引く蛮族の娘レナである。
その複合的な血統により、赤ん坊の時から超絶的な魔道の力を発揮した。
しかし、他人には懐かず、攻撃的な性格であったが、何故か姉のウルスラには心を許し、距離があっても不思議と心が通い合い、ウルスラの危機を超絶的な魔道の力で救ったこともある。
そのレイチェルが今、姉の切羽詰まった願いを感じ取り、霊癒族の隠れ里から一気にリープして来たのであった。
レイチェルは微笑んで「おねえたん」とウルスラに呼び掛けた。
ウルスラは目を潤ませながらも、必死で訴えた。
「ああ、ごめんなさい。幼いあなたをこんな危険に巻き込んで。でも、今はあなたの力が必要なの。お願い、あの本殿を弾き飛ばして!」
レイチェルは笑顔のまま「うん」と頷いた。
クルリと向きを変えると、その紅葉のような掌をポンと突き出した。
直後、近くに落雷したかのような轟音と共に突風が吹き、本殿本体がユラリと傾いて、目前まで迫っていた宙船の中央の穴から大きく逸れた。
ウルスラはレイチェルを後ろから抱きしめ「ありがとう!」と感謝すると、頭上に向かって叫んだ。
「ゾイア、今よ!」
(作者註)
レイチェルがウルスラを助けた回がどこか、思い出せません。
思い出したら、ここへ記入します。
思い出しました。
796 ガルマニア帝国の興亡(38)でした。