1454 ハルマゲドン(110)
北の大海の氷の海に突き刺さる宙船に向かって、その船橋である古代神殿の本殿本体が合体しようとしていた。
ここまで本殿本体を運んで来たゾイアは、聖剣が過去へ戻る合図である「時は今!」という言葉を繰り返したが反応がない。
緊急事態にウルスラたちが蒼褪める中、予めラミアンに魔道の目印を付けていたジェルマは、潜時術によって本殿本体に侵入した。
時の狭間の中で、ラミアンから聖剣が小型自律機械の体内に格納されていると聞き、ジェルマはラミアンを通してロビーにそれを出すよう命じたが、ロビーから拒否された。
「それはご主人さまに許されておりません」
「やっぱりそうだよね」
あっさり諦めたラミアンにジェルマは溜め息を吐き、「何だよ。結局、おいらが何か方法を考えなきゃなんねえのか」と腕組みした。
「まあ、これが人間だったら色々駆け引きしたり、場合によっちゃ拷問したりするんだろうが、相手が機械じゃどうしようもねえな。いっそ、ブッ壊すか?」
ジェルマの乱暴な言い方に、一度警戒を解いたロビーが鋏のような両手を再び近づけ、バチバチと稲妻を走らせた。
「警告! 警告! 当機に危害を加えるならば、反撃いたします!」
ラミアンが慌てて止めに入った。
「二人ともやめてよ! 争い事はもうたくさんなんだ。平和的な解決が一番だよ。うーん、あ、そうだ!」
ラミアンはロビーの電撃に敢えて近づいた。
「危険です! 離れてください! あなたに危害を加えるつもりはありません!」
「じゃあ、ちょっと止めて、ぼくの話を聞いてくれないか?」
「了解いたしました。但し、そちらの幼児の行動によっては、また同じことの繰り返しになりますよ」
「わかってる。ぼくが責任を持つよ」
ラミアンが振り向いて片目を瞑ると、ジェルマは両手を広げて見せた。
「わかった。おいら何もしねえよ」
ロビーも両手を離し、聞く態勢になった。
ラミアンは一つ息を吐き、慎重に言葉を選ぶようにしてロビーに話し掛けた。
「ええと、きみは基本的には人間の命令を聞くように設定されてる。でも、優先順位があって、現在の主人であるジョレの命令には逆らえない。ここまでは、合ってる?」
「そのとおりです」
「で、聖剣については、具体的にどういう命令なの?」
ロビーの透明な頭部に見える色とりどりの硝子玉が明滅した。
「あなた方の云う聖剣、即ち時空干渉機をわたくしの亜空間保管庫に格納するように命じられ、その後、ご自分の命令がなければ外に出さぬようにと、念を押されました」
「そうか。外に出すな、としか言われてないんだよね」
「然様でございます」
「じゃあさ、外の物音がそのサブス何とかの中に聞こえるようにはできる?」
「勿論できます」
ラミアンはニッコリと笑顔になり、ロビーに頼んだ。
「それじゃ、時間が動きだしたら、すぐにそうしてくれるかな?」
「承知いたしました。実時間に戻り次第そのようにいたします」
ラミアンは笑顔のままジェルマの方を振り返った。
「って、ことになったよ」
ジェルマも笑顔で頷いた。
「よし。じゃ、行くぜ。時間よ、動け!」
「……では、おまえの望みどおり、今すぐ殺してやろう!」
腰の剣を抜いて斬りつけたジョレは、空を斬って蹈鞴を踏んだ。
「ん? あいつはどこへ消えた?」
自分のすぐ傍を剣先が通り過ぎたため、ドーラは軽く舌打ちした。
「これこれ、危ないではないか。ちゃんと相手を狙え。どさくさ紛れに、わたしも斬るつもりかえ?」
文句を言いながらドーラも周囲を見回したが、どこにもラミアンの姿がない。
「はて? まさか跳躍ができるのか? いや、そんなはずは……」
その時また、ゾイアの「時は今!」という大音声が聞こえて来た。
すると、奥の方からロビーの叫びが聞こえて来た。
「そんな! そんな! あり得ない! あり得ない! 異常事態発生! 異常事態発生! そんな! そんな!」
ジョレが眉を顰めた。
「同じ言葉を繰り返してるな。バグったか? いや、これはひょっとして……。いかん! ドッキングを急がせろ!」
奥へ駆け込むジョレの後ろ姿を嫌な目つきで睨んでいたドーラは、「これは形勢逆転か?」と呟いた。
「あのお喋りな秘書官が魔道を使えぬ以上、何が起きたのかは明白ぞえ。ジェルマの子孫め! いずれにしろ、ここにはおれぬわ」
ドーラはその場からリープした。
その少し前、上空で「時は今!」と叫び続けるゾイアの近くに、心配したウルスラが飛んで来た。
「どうしたの、ゾイア? 本殿が合体してしまうわ。早く中和して」
巨大な獣人の顔で「時は今!」と言い続けながら、肩の辺りから小さな人間の顔を出し、苦渋の表情でゾイアが応えた。
「聖剣が戻って来ないのだ。何か想定外のことが起きたらしい。が、一旦は過去に戻って来たのだから、われの合図は届いたはず。それを信じ、合図を送り続けるしかない」
その時、すぐ近くに光る点が現れ、みるみる球形に膨らんで防護殻が弾けた。
「ふーっ。おいらリープは得意じゃねえってのに、この兄ちゃんは重すぎるぜ」
出て来たのは、ラミアンを背負ったジェルマであった。
「いいぜ、ゾイアのおっさん。聖剣はすぐに戻って来るはずだ」
ジェルマは得意げに鼻を蠢かしたが、ウルスラの悲鳴のような声がそれを掻き消した。
「あああっ、間に合わないわ! 合体してしまう!」