1450 ハルマゲドン(106)
先に現地に到着したのは、ウルスラたち四人の方であった。
「さすがにでけえな!」
北の大海の永久に氷結した海に突き刺さっている、円盤状の宙船の巨大さに、素直すぎる歓声を上げたのはジェルマ少年である。
他の三人は、そのあまりの巨大さに圧倒されたのか、言葉も出ないようだ。
しかし、周囲は静かではなかった。
宙船の周りは何千人という群衆で埋め尽くされ、かれらが唱和する「タナトゥス、タナトゥス、タナトゥス……」という不気味な声が木霊のように響いている。
「ったく、気が滅入りそうな呪文だぜ。徒でさえ寒くて寒くて、おいら骨まで凍えそうだってのによ」
ジェルマの独り言のうな感想に、クジュケが反応した。
「ああして順番待ちをしているようですね。見てごらんなさい。宙船の中央に開いた穴に向かって何本も縄梯子が掛けられています。次々に人が登っているでしょう? かれらは選ばれた者として、船に乗ろうとしているのですね。ですが、もう日もだいぶ傾きましたから、いつ打ち切られるかわかりません。騒ぎにならないといいのですが」
「そん時にゃ、あの周りをチョコマカと飛び回っている白頭巾たちが、騒ぎを鎮めるさ。なあ、ゲルヌの兄ちゃん?」
いきなり話を振られたゲルヌは、「だと、いいが」と沈んだ声で答えた。
「赤目族たちが全員あのような白い頭巾を被っているのは、勿論この銀世界で目を護るためだろうが、それなら遮光器でも良いはず。寧ろあれは仮面のような意味合いだろう。信者を集める際、タナトゥスの使徒と名乗ったそうだから、最早赤目族ではないとの、意思表示なのだと思う」
その時、ウルスラが「あ、待って」と言って、顔を上下させた。
瞳の色がコバルトブルーに変わった。
「姉さんは宙船を見た時の記憶がないから、ぼくの記憶と照合してたんだけど、随分角度が緩くなってるんだ。ぼくが白魔を中和した時には、もっと垂直に近い急な角度だった。もしかして、船の姿勢を真っ直ぐにするために、少しずつ氷を融かしているんじゃないかな。それに、みんなも気づいたと思うけど、いつの間にか空から極光が消えてるし。愈々飛び立つ準備を始めてるって感じだね」
空を仰ぎ見たジェルマも「本当だ」と頷いたが、「あ、待てよ」と首を傾げた。
「オーロラは、ゾイアのおっさんに害があるから止めたってのはわかるけど、船の角度は関係なくねえか? 水に浮かべる訳じゃねえだろうし、突っ立ったまんま空に飛び出しゃいいじゃんか」
クジュケが肩を竦めた。
「それでは自然に氷が融けたのでしょう。まあ、空は晴れているものの、陽射しの温かみなど全くありませんから、船の内部の温度が上がったということでしょうね。仕組みまではわかりませんが」
そのクジュケの言葉にゲルヌがハッとした顔になり、「いかん!」と叫んで飛び出した。
一番近くに居た赤目族に空中から接近すると、ゲルヌは意を決したように呼び掛けた。
「危険だ! 氷上に集まっている群衆を、直ちに避難させてくれ!」
が、白頭巾を被った赤目族の反応は鈍かった。
ハリスなどのガーコ族の白頭巾と違い、目の部分に穴がなく、その代わりそこだけ織り目が粗くなっており、チラチラと赤い光が動くのが見える。
「おお、み使いですか。いや、もうその名で呼ぶこともありませんね。ゲルヌさん、あなたには関わりのないことです。わたしたちの邪魔をしないでください」
ゲルヌは焦りと怒りで声が大きくなった。
「邪魔をするつもりはない! しかし、恐らく宙船の推進機関を予熱しているのだろうが、その熱で氷が融けているのだ! このままでは、集まっている人々が海中に落ちるぞ! この極寒の海では、皆助からぬ! 頼む、早く避難させてくれ!」
赤目族の声は、ハッキリと嘲笑を帯びたものに変わった。
「それが何か? この者たちは、船に乗れなければ、どうせ死ぬつもりなのです。愚かにも、この近くで死ねば、魂は連れて行ってもらえると思っているのですよ。おかしいでしょう?」
赤目族は声を上げて哄笑した。
ゲルヌは、珍しく感情を露わにして怒鳴った。
「笑うな! おまえたちは、この世界を救うという尊い使命を忘れたのか!」
赤目族の笑い声が唐突に止み、憎々しげに応えた。
「黙れ、若造! おまえ如きに、われらの気持ちなどわかるまい! 何千年にも亘って騙され、裏切られたのだぞ!」
「違う! バルルは裏切ってなどおらぬ!」
赤目族は感情が急に冷めたように鼻で笑った。
「ほう? ならば、証拠を見せてみろ?」
「そ、それは……」
ゲルヌが返答に詰まった時、突然周囲が騒がしくなった。
「あっ、あれは何だ?」
「おお、あれこそ主知族の三種の利器の一つ、巨大有翼獣人だぞ!」
「そうだ! そして、あの六本の腕に抱えられしものこそ、古代神殿の本殿だ!」
「有難し! これでわれわれも、永遠の生命が得られるぞ!」
「いや、そのためには、やはり宙船に乗らねば」
「そうとも! わたしらも乗せてもらおう!」
「そうだ! 乗せてくれ!」
「乗せろ!」
「乗せろ!」
「乗せろ!」
数千人の群衆が、忽ち騒然とした状態となった。