1446 ハルマゲドン(102)
地下隧道を爆走する機械魔神の動力車両とゾイアの被牽引車両。
しかし、その上に載っている古代神殿本殿は全く揺れることもなく、内部も静かであった。
最初は怯え切っていた秘書官ラミアンも、次第に退屈し始め、頻りに魔女ドーラに話し掛けた。
「ウルスラ女王のやり方を衆愚政治と批判されましたけど、ぼくは逆に、もっと広く人材を集めて、みんなで話し合ってはどうかと思うんです」
ドーラは明らかに煩がっており、ぞんざいに応えた。
「阿呆。余計に収拾がつかなくなるわい。英明な君主による独裁こそ、最も効率の良い政治形態ぞえ」
「確かに効率はいいでしょうが、君主がいつも英明とは限りませんよ。譬えに出して悪いですが、かつてのゲルカッツェ帝のように暗愚であったり、ゲーリッヒ帝のように粗暴であったりすれば、国民にとってはいい迷惑でしたでしょうから」
横で聞いていたジョレは、表面上は白魔の影響が相当に薄れて来ており、本人そのままの感想を述べた。
「英明ならいいというものじゃないさ。ゲール帝の時代には、毎日生きた心地がしなかったぜ。マインドルフ帝に至っては、いつ寝首を掻かれるかと冷や冷やしていたよ」
ドーラは鼻を鳴らした。
「部下にとってはそうじゃろうが、二人とも為政者としては優秀であったぞえ。まあ、歴代で一番駄目な皇帝はアラインであろうな」
ラミアンが意外そうに聞いた。
「ゲルカッツェ帝よりも、ですか?」
「ああ。あやつは盆暗であるが故に、政治は部下に丸投げじゃった。任せた相手が宰相チャドスであったから暗愚と言われたが、あれがハリスなどであったなら、逆に名君と讃えられていたかもしれんぞえ。それに引き換え、アラインは猜疑心の塊で、部下に対して要らぬ口出しが多く、現場を混乱させておった」
「それでは、皇帝ではありませんが、現在の大統領ヤーマンはどうですか?」
すると、ドーラが答える前に、ジョレが歯を剥き出して「あいつは嫌いだ!」と吐き捨てた。
ドーラは苦笑しつつ、「好悪は別にして」と話を続けた。
「ヤーマンという男は一筋縄では行かぬわいのう。権謀術数に長け、悪智慧が泉のように湧くくせに、案外情に脆いところがあって、思わぬところで脚を掬われる。今回もまた毒婦オーネを処断できぬようなら、必ず後悔することになろう」
ジョレは機嫌を直し、「それは見てみたかったな」と嗤ったが、ドーラはハッとしたようにラミアンの顔色を窺った。
尤も、建前上の筋書きでも、ジョレはドゥルブと共に宇宙へ飛び立つことになっており、ラミアンも怪しまなかった。
そんなことより、ラミアンは別のことを考えているようだった。
「ヤーマン個人の運命よりも、ぼくが気になるのは、合州国という国家体制が今後どうなるのかなんです。こんな面白い歴史実験を、中途半端で終わらせて欲しくないですねえ」
ジョレが嘲笑った。
「そんなに理想どおりに行くものか。実際、中世におけるアメリ……」
記憶が混乱したのか、ジョレは頭痛がしたかのように顔を顰めた。
「……ともかく、ヤーマンがどうなろうと知ったことではない。さあ、無駄話はこれぐらいにしておけ。わたしは各地に散っている赤目族からの報告を受けねばならん。暫く外すが、良からぬ相談などするなよ。一応、見張り役はいるからな。おい、小型自立機械!」
奥からカタカタと音がして、例の機械人形が出て来た。
「お呼びでしょうか、ご主人さま?」
「この二人の会話を記録しておけ。万が一、脱出の相談などするようなら、すぐに知らせろ」
「畏まりました」
何故か頭を押さえ、ヨロヨロと奥へ引っ込んだジョレの姿が見えなくなると、ドーラは北叟笑んだ。
「やっぱりのう」
「やっぱり、とは?」
何の忖度もなく質問して来るラミアンを呆れた顔で見たドーラは、チラリと機械人形に目を走らせたが、「まあ、いいじゃろう」と呟いた。
「会話が記録されたとしても、あやつにゆっくり聞く暇はあるまい。余程露骨に脱出の相談でもすれば別であろうが、おっと」
ドーラが「脱出」という言葉をいった途端、機械人形の透明な頭部の中の硝子玉が忙しく明滅した。
「ああ、心配するでない。そのようなことはせぬ、と言ったのじゃ。勿論、そのまま記録してくりゃれ」
「そのまま記録します」
ドーラは皮肉な笑みを浮かべると、ラミアンに向き直って告げた。
「やっぱりと言うたのは、ジョレの内部で主導権争いが起こっている、ということさね」
ラミアンも今度は気にして機械人形を見たが、何の反応もないため、ホッとした顔でドーラに尋ねた。
「どうしてそう思ったんです?」
「ふん。間近に半腐れのサンテを見ておったからのう。あやつの場合は、支配者/被支配者の切り替えが明瞭であった。が、ジョレの場合、何故かはわからんが、本体同士が完全に融合しておるようじゃ。恐らく、今頃になってドゥルブが慌てて主導権を取り戻そうとしておるのさ。本来なら多勢に無勢であろうが、今の様子では、五分五分じゃな。これは見ものぞえ」
ドーラの笑みが深くなった。