1444 ハルマゲドン(100)
そして、運命の日の朝が来た。
日の出前に地下隧道は貫通し、機械魔神が出入口の補強作業をしている間に、人間形態に戻ったゾイアが、巨大円筒形の地下空洞の内部に入って来た。
「ほう。ご両人でわれのお出迎えか?」
皮肉混じりにゾイアが言ったように、まるで王と王妃のような出で立ちで、白魔に憑依されたジョレと魔女ドーラが待っていたのである。
二人を代表するようにドーラが説明した。
「結局眠れなんだから、あれこれ二人で話しておったのじゃが、どうせなら粧し込んでみよう、ということになっての。どうじゃ、似合うであろう?」
ゾイアはドーラの戯言には取り合わず、探りを入れるように、ジョレに表向きの筋書きに則った質問をした。
「合体が完了したら、この惑星から飛び去ってくれるのだな?」
ジョレも如才ない笑顔で「おお、無論だとも」と答えた。
その実、お互いに相手が騙そうとしていることはわかっており、また、相手に騙されているフリをした上で、最終的にドーラが自分の味方として決着をつけてくれると思っているのである。
両者の気持ちがわかるため、どうしてもニヤついてしまう頬を自分の手で押さえながら、ドーラは「いざ、参りましょうか?」と貴婦人のような仕種でジョレに声を掛けた。
「うむ、そうだな。ところで、本殿本体は既に切り離してあるが、どうやって運ぶのだ、ゾイア?」
ゾイアも実務的な表情に改めて、手順を説明した。
「先ず、われが被牽引車両形態となって本殿本体の下に潜り込み、荷台に載せる。その間にデウスエクスマキナを動力車両に形態転換させ、連結する。その状態でトンネル内を行けるところまで走行し、北方近くの山岳地帯で地上へ出たら、そこから一気に飛翔して北の大海へ向かうつもりだ」
「いいだろう。順調に行けば、日没前には大気圏外まで出られるな。では……むっ」
話の途中でジョレの笑顔が強張った。
その視線の先に、巨大円筒の空間を上からゆっくり降りて来るゲルヌ皇子と、身を寄せてその胴体に掴まっているラミアンがいた。
気まずい空気を察したドーラが、「おお、見届け役の秘書官が来たぞえ」と、恰もラミアン一人のように言い繕ったが、地上に降り立ったゲルヌは真っ先にジョレに声を掛けた。
「さすがにもう赦すつもりはないが、後悔はしていないか、ジョレ?」
ジョレは嘲笑うように答えた。
「少しも後悔などしておりませぬよ、殿下。ドゥルブに取り憑かれた時には、ああ、またかと怯えましたが、今は最高の気分です。余程わたしの性に合っていたのでしょうか、今では自分とドゥルブの区別がつきません。いや、寧ろ、わたしがドゥルブを支配しているような気がします。だから、あなたさまには感謝しておるのです。よくぞ、わたしをここに置き去りにしてくださいましたな!」
ゲルヌは諦めたように吐息した。
「あの時は大丈夫だと思ったからな。が、言い訳はせぬ。恨むなら恨むがよい。しかし、おまえに少しでも人間らしい心が残っているのなら、これ以上犠牲者を増やさないでくれ」
ジョレは鼻で笑った。
「赤目族のことか? それとも、タナトゥス教の信者のことか? いずれにせよ、かられ自身が選んだ道だ。きっと良いところへ連れて行ってやるよ。心配するな。それより、用が済んだのなら、地上へ戻ってもらおう。乗せるのは、そっちの若造一人の約束と聞いたぞ」
「わかっている。が、かれはあくまでも見届け役だ、必ず無事に帰してくれよ」
それにはドーラの方が応えた。
「勿論じゃ。全てが、ああ、いや、合体が終わる前に、わたしが船外へ転送して進ぜよう」
思わず本音を漏らしそうになり、ドーラは建前の話に訂正した。
尤も、双方にとって、ドーラの行為によって『全て』が終わることに間違いはなく、どちらからも疑問の声は上がらなかった。
ゲルヌが去り、不安そうに震えるラミアンに、まだ人間形を保っていたゾイアが「案ずるな。すぐ傍にわれがいる」と声を掛けた。
ジョレ、ドーラ、ラミアンが本殿本体に乗り込むと、ゾイアは身体を扁平にしてその下へ潜り込んだ。
その状態で本殿を神輿のように持ち上げ、下部に多数の車輪を形成した。
同時に、デウスエクスマキナは俯せの体勢で手足を折り畳んで内部に収納し、替わりにゾイアのものより太く大型の車輪を出すと、ゾイアの前面に連結した。
その連結部に小さなゾイアの顔が現れ、「さあ、出発だ!」と号令した。
車両形態のデウスエクスマキナは大きな警笛音を鳴らすと、地下トンネルに入って行ったのである。
一方、地上に戻ったゲルヌは、ツァラト将軍とマーサ姫に後事を託していた。
「今頃ゾイアは地下を走っていることだろう。わたしも一旦バロードへ立ち寄り、その足で北の大海へ飛ぶ。何もかも無事に終わったとしても、今日は帰って来れぬだろう。エイサのことをよろしく頼む」
ツァラトは、異名となっている赤髭を震わせるようにして尋ねた。
「上手く行きましょうか?」
ゲルヌが答える前に、苛立ったマーサが口を挟んだ。
「わからぬに決まっておろう。わが父といい、おぬしといい、武人ならば、いつでも死す覚悟があって然るべき。わらわは、人生に一片の悔いもないぞ」
さすがにムッとした顔で、ツァラトが言い返した。
「わが身の心配などしておらぬわ。わがはいもそちの父も同じだと思う。そうではなく、われらが護るべき、か弱き者たちのことを考えておるのだ」
「ほう。あの白い猫のことか?」
本当に怒り出しそうなツァラトをゲルヌが宥めた。
「まあ、落ち着け。これでは心配で行き難いではないか。どうか仲良くしてくれ。それに、おまえのフェレスのことは、こっそり姫も可愛がってくれているようだぞ」
驚くツァラトの横で、マーサはプイッと横を向いた。
「もう姫ではないと、何度言わせるつもりだ」
ゲルヌは苦笑して「そうだったな」と応えると、表情を改めた。
「では、後を頼むぞ!」