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 あの日から、何度か見かけた彼の隣には赤毛の少女、ロザリー・タンザナイトがいる。なんとなく話しかけ難くて近づけない。


 私見立てだと「仲が良さそう」とか「恋人同士」なんて雰囲気ではないと思う。あくまで私の見立てなんだけど……。


 食堂の定休日にも彼らの姿を発見できた。青果店の影から二人の様子を伺っていると、相手に気づかれてしまう。


「あら、ココナではないかしら」


 可愛らしく笑んだ少女にそう言われて、私は耳と尻尾をピンと伸ばす。フェイヴァは不機嫌そうな表情で腕を組んでいた。


「こ、こんにちは」


「ええ、ご機嫌よう。今日は良い天気ね」


「そ、そうですね」


 なぜ日常会話を振られているのだろう。社交辞令なのかな?


「ココナ、貴女もう昼餉は済ませたかしら」


「お昼ご飯ですか? いいえ、まだです」


 そう言われれば、ぐぅとお腹が鳴った。私が腹をさするとロザリーは驚きの提案をしてくる。


「そう。なら一緒にいらっしゃい。今から食事よ」


「えっ? でもお邪魔なんじゃ……」


「いいえ、お邪魔虫は退散させるから安心なさい」


「は、はぁ?」


「じゃあ、フェイヴァ。わたくしはココナと食事に行くからここで別れるわよ」


「えっ、えっ?」


 困惑する私を余所に、フェイヴァはいつも通り飄々とした様子で去っていく。


 ――ど、どうして別れた。私はなぜ、この人と二人きりなるの!?


「さぁ、行くわよ」


「は、はい」


 いいのかなぁと思いつつ、彼女の後に続く。ロザリーは少し歩いてからこちらを振り返った。


「わたくしは露店で何か食したいのだけれど、詳しくないからココナにお願いするわ」


「……それって、食べ歩きするってことですか?」


「ええ、そうね。店は貴女に任せるから」


 今度はロザリーを引き連れて、パン屋に向かった。サンドイッチなら手軽に食べられるだろう。


「ちょっと、サンドウィッチならいつも食べているわ。もっと珍しいものはないの?」


 ――えー。さっき、私に任せてくれるって言わなかったっけ……。


「他に何がいいですか?」


「そうね。ならあれ、あれがいいわ」


 彼女が指したのは、根菜類を販売する店だった。ただ生ではなく、調理したものを扱っているようだ。


「これは蒸かし芋、ですね」


「いいわね。これにするわ」


 これは果たして彼女の口に合うだろうか。私はシンプルで好きだけどちょっとだけ心配になった。



 広場で並んで蒸かし芋を食べていると、ロザリーがこんなことを言った。


「ねぇ、ココナ。貴女は恋をしたことがあるかしら」


 私は唐突すぎて「ぶっ」と芋を吹き出す。


 日本では恋もそれなりに経験したが、付き合った人がいるかと問われれば皆無である。片想いで終わる儚さならば身を持って知っていた。


「恋ですか? そ、そうですね。片想いっていうなら」


「そう。わたくしも想い人がいるのよ」


 ロザリーはそう言って頬を桃色に染めた。恥じらっているのかもじもじと体を捩る。


「でも相談できるような同姓の者がいなくて。貴女、アドバイス下さる?」


「でも私なんてそんな経験豊富じゃないですよ?」


「いいわ。聞いてちょうだい」


「わ、分かりました」


 聞くだけというならば、とりあえず話を聞いてみよう。


「年上の殿方なのよ」


「はい」


「あの方、少しぶっきらぼうで。わたくしに冷たいわ。どうしたらいいのかしら?」


「え……」


 ――それって、やっぱりフェイヴァのことだよね。


 どうしよう、私で的確なアドバイスができるだろうか。というか自分もそんなに彼のこと詳しくないんだけど。


「冷たくされると傷つくわ。彼ってばわたくしに興味がないのよ。もっと年上の女性が好きなのね。きっとそうだわ」


 バッと顔を覆ったロザリーを見て、私はかなりの親近感を覚えた。名家の娘だといっても普通の恋する少女なのである。


「そんなこと分かりませんよ。ロザリーさん綺麗ですし、隣にいたらドキドキしていたりして」


「そうかしら? どうしましょう。本当にそうだったら、わたくしも緊張してしまうわよ」


 ロザリーは赤い顔をブンブンと横に振る。そんな乙女な反応に、私は変な胸のもやつきを覚えた。


「(おかしい、変な気持ちだ。くそぉー、フェイヴァの奴めぇ!)」


 なんだか、急にあの男が憎らしくなってきた。私は「ぐうう」とうなり声を上げる。


「わたくしと彼は身分が違うの。だからきちんと想いを伝えられないのよ」


「えっ、でも」


 二人は婚約するんじゃなかったっけ? それとも私には分からない複雑な事情でもあるのだろうか。


「ねぇ、ココナ! あの方はわたくしが好きかしら。どう思う?」


 そう問われ、改めてフェイヴァのことを思い出してみる。あの男はどうしようもない人間だ。


 でもたまに優しいような気もするし、ううん。いや、やっぱりロザリーさんみたいな素敵な人には釣り合わない。


 でも彼女は好きだって言うし、もしも告白したら?


 亡くなったという婚約者を愛していたなら、彼は受け入れない気もするし。それなら、ロザリーさんは傷つくんじゃないだろうか。

 泣いている彼女を想像するとやっぱり、胸がムカムカする。


「ふふ、ごめんなさい。そんなことココナには分からないわよね。わたくし、彼を諦めることにするわ。それが正しい道よ」


「待ってください。私ちょっと会ってきます!」


「えっ、ちょっと」


 困惑するロザリーを残して走り出した。こうなったら本人に気持ちを確かめるしかない。



 ようやく食堂でその姿を発見した。酒を飲んでいるフェイヴァに詰め寄ると、彼は眉を潜める。


「なんだ」


「ロザリーさんと婚約するって本当?」


 そう聞くと男は肩を竦める。私は更に距離を詰めた。


「いいから、誤魔化さないで答えて」


「うるせぇ、だったらどうした」


「じゃあ、彼女のことが好きなの?」


「ハァ?」


「どうなの!? 愛してるの!?」


「どうした幼獣。お前、いつもにも増して変だぞ」


「変かも知れないけど、ちゃんと気持ちを言ってよ!」


 大将と女将さん大声に驚いたのか、店の奥から顔を出した。フェイヴァはこちらと顔を合わせないで呟く。


「お前の事なんて、別に何とも思ってない」


「――なんで私かっ!?」


「じゃあ、なんだってんだ。静かに飲ませてくれよ」


「だから、ロザリーさんのこと好きなの?」


 彼はハンと鼻を鳴らして「お前よりはな」と答えた。

 こんな適当な返事をする男じゃあ、彼女を泣かせてしまうのは明確だ。私が強く睨みつけると、フェイヴァは深いため息をついた。


「……俺は婚約なんてしねぇし、騎士にも戻らねぇよ。それでいいか」


「いいわ。もうロザリーさんに近づかないでよ!」


 グググと顔を近づけると、フェイヴァは珍しく動揺したような仕草をした。しかし、そんなことは私には関係がない。


「彼女にはもっと素敵な男性が似合うんだからね!」


「ああ、ロゼのことだろ」


「ろぜ?」


「はぁ、だから相棒のことを言いたいんだろ? 確かに俺よりはずっとまともな男だからな」


「ん? ……ん?」


 目を瞬かせると、フェイヴァは笑む手前みたいに微妙な顔をする。


 ――ちょっと待って、どういうこと?


「あ、あの。ロザリーさんの想い人っていうのは……」


「ロゼ・ベルナルードだろ。本人以外の騎士は周知の事実だが」


「それはだれ?」


「誰って。あの時、お前も助けられただろう」


「あっ。もしかしてロザリーさんと一緒にいた眼鏡の騎士?」


「そうだが。お前は知らずに来て、ギャアギャア騒いでたのか」


 ――やってしまった!!


 私はとんでもない勘違いしていたのだ。これは恥ずかしいってレベルの話ではない。ボッと火がついたように顔が熱くなる。


 穴があったら今すぐ埋まりたい。そう考えているとフェイヴァは「もういいか?」と吐き捨てるように言う。


「うん、大変お邪魔をしました」


 耳と尻尾を垂らしながらションボリ引き返そうとしたら腕を掴まれた。


「面倒くせぇ奴だな。別に嫌ってる訳じゃねぇよ」


「なんのこと?」


「知らん、自分で考えろ阿呆」


「なんですって!」


 ネコ毛を逆立てると、フェイヴァは顔をしかめるようにして笑った。それは、初めて見た彼の笑顔だった。



 ++++++


 結局、ロザリーの恋は良い結果には至らなかった。いや、うやむやにされたといった方が正しいだろうか……。


 なぜなら。

 あのロゼという青年は天然をさらに拗らせたような性格で、ロザリーが愛を告白しても正常な反応を返さなかった。


 彼女を冷静にあしらうような態度で、全くといっていいほど動じなかったのである。


 実は二人の「そうこう」は昔から繰り返されているという。


 ロザリーは身分差とか以前にもっと考慮した方が良い問題があるような気がする。そんなことを考えながら今日も食堂で彼女の恋愛相談に乗っていた。


 恋する乙女と一緒にいると、私にも恋したい気持ちがわき上がってくる。


 いつか素敵な人と出会えるだろうか。そんな期待に胸が膨らませていると、野暮ったい格好のフェイヴァが店内に入ってきた。


 自然に視線が絡むと、とたんに緊張してしまう。彼はそんな私に視線を投げてからフッと笑みを浮かべたのだ。

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