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第4話(最終話)

 1年後。ゴールデンウィーク明けの水曜日。朝の7時を回ったところ。

 「それじゃあ、行ってくるね」

 「店、頼んだぞ」

 祖父と祖母が小さめの旅行かばんを手にしている。

 「いってらっしゃい。気をつけてね」

 モーニングサービスで提供するサラダの下ごしらえを終えた私はエプロンで手をふきながら、カウンターの内側、キッチンスペースから出た。

 「リフレッシュして帰ってくるわね」

 今日は祖父と祖母で道後温泉へ。念願の日帰り旅行に行くことになっていた。

 「まぁ、近場だけどな」

 「あら。近場でも今まで連れてってくれなかったじゃない」

 祖母がわざとらしく拗ねた顔。

 「あー、わかったわかった。悪かったから」

 祖父が頭をかく仕草。苦笑いしている。

 祖母が小さく噴き出した。

 「温泉に松山城にタルトの食べ歩き。楽しみいっぱいだもの」

 祖母がはしゃいでいる。本当に嬉しいんだろうな。

 「お店のことは任せて。ゆっくりしてきて」

 私も笑顔で返答した。

 「今日は学習塾が休みだから客足も鈍いだろう。いつも通りやってれば大丈夫だ。頼むぞ」

 「うん、わかった」

 私は大きく頷いてみせた。


 定休日の設定は難しかった。

 学習塾の開校日、近くにある高校の授業や試験の日程、観光客の動向、自治会の集会、ご年配の方々の集まりなどによってお客さんの流れが左右される。曜日によって集客に差がある一方、毎日のように通って下さるご近所の常連さんも少なくない。いつ休むか、簡単には決められない。

 そこで祖父は、私と祖母が最低でも週に1日は休めるよう交替制を提案。そのうえで、私がひとりで切り盛りできるようになったら自らも休むと言ってきた。自分が休めれば夫婦で旅行も行ける。現実的な落としどころだったと思う。

 だから、戻ってきて3か月が経った頃、あえて私だけで店を回す日を作るようになった。小さいお店だけどやることは意外と多い。料理を作りながら接客も対応し、モーニングやランチ、ディナーの仕込みもこなす。常連客の好みも把握していなければならない。

 はじめはバタバタで、住居スペースに待機していた祖父と祖母が見るに見かねてヘルプに入ることがあった。けど、2か月が過ぎたあたりから何とかひとりで対応できるようになった。

 まだまだ祖父のようにはいかない。毎日が勉強の日々。それでもこうやって、祖父と祖母を日帰り旅行へ行かせてあげられるようになった。

 ようやく少しは、親孝行、できたかな。


 「そう。ご両親、でかけてらっしゃるの。お会いしたかったな」

 祖父と祖母が松山へ出かけた3時間後。午前10時過ぎ。モーニングとランチの合間。アイドルタイムに来店されたのは、意外な人だった。

 「連絡して下さればよかったのに、課長」

 「ちょっと驚かせたくて。それに、連絡してたら、ご両親、日帰り旅行に行かなくなっちゃうでしょ?」

 村上課長が笑みを浮かべつつ小首をかしげる。

 「連絡しなくて正解だったわ」

 「それはそうですけど……次、いらっしゃる時は連絡をください、課長」

 「んもぅ、課長はよして。あなたはもう、このお店の人。私の部下じゃない」

 村上課長が笑顔で返答。

 「じゃあ、村上先輩」

 「だから、先輩もおかしいでしょ」

 村上課長が笑っている。職場では頼りになる先輩で上司。こんな風に笑うところを見る機会は少なかった。

 「そしたら、なんて呼べばいいんです?」

 「そうね。友達からは下の名前で“(はるか)”って呼ばれてるけど」

 「それなら遥先輩」

 「先輩はいらないってば」

 口元に手を当ててケラケラ笑ってる。 素の村上課長……遥先輩って、こんな感じなんだ。

 「そういえば、例のロールケーキ、出てる?」

 「それはもう。本当にありがとうございました」

 祖父の考えは的確だった。

 私が考案したパフェは女子高生のあいだでバズり、村上課長……遥先輩にアドバイスをもらって作ったロールケーキは年代問わず女性やスイーツ好き男子から好評。SNSで拡散され、愛媛県内だけじゃなく遠方から来て下さる方も増えてきた。

 ただ、その先は祖父も私も想定外だった。

 「おかげさまで、以前からのメニューもよく出るようになって」

 今まで定番のデザートだったプリン・ア・ラモードはもちろんのこと、オムライスやスパゲッティナポリタンといった食事メニューも若い世代を中心に人気を博している。期せずして昭和レトロブームに乗ったみたい。

 「そう。よかったわね。私はなんとなく、そうなるかもなぁって思ってたけど」

 遥先輩が嬉しそうにコーヒーをひとくち。

 「ちゃんとした料理は、ちゃんと評価される。越智さんが引き継ぎたいと思うくらいの味だもの。そうなるだろうなって」

 「ありがとうございます」

 私は遥先輩に深めのお辞儀をした。

 「でも、食べてもいないのに“ちゃんとした料理”なんて言うのは間違いね。こんな中途半端な時間だけど、作ってもらえる?」

 「もちろんです。何にされますか?」

 私は頭を上げ、エプロンのポケットに入れてある伝票とボールペンを取り出した。

 「そうねぇ……」

 遥先輩がパウチされたメニューを見る。

 「おススメは何かしら?」

 「オムライスです」

 私は自信をもって答えた。

 「いいわね。じゃ、オムライス下さい」

 「かしこまりました」

 私は小さく頭を下げ、伝票に“オム 1”と書き込むとカウンター内のキッチンスペースへ戻った。

 祖父直伝のオムライス。

 ケチャップライスの旨みと薄くて程よい弾力の卵焼きが最高のオムライス。

 今度は私が、世界一美味しいって思ってもらえるように頑張らなきゃ。

 そんなことを考えながら、私はフライパンに油を引き、卵を溶いて焼き始めた。


(了)


※あとがきを活動報告にて掲載しております。


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