第2話 その白紙の本、異世界行き
「さて、奥側に来るのは初めてだね」
「確かに。それほど読み尽くした……ということになりますね」
「まさに未知の領域って思うとワクワクしちゃうわね。早速探そう!」
未知の領域――図書室の奥側。
今までの本を、この時期まで全て読み尽くした私達にとっては楽しみだった。
とはいえ、そこまで入口まで遠くなければ、あの3人の姿がここからでも見える。
新藤君に至ってはあの3人とは少し離れた場所に座っている為、私達に気付くことはまずないだろう。
……すぐに探さないと。
私はあの3人の気配を気にしながら、少し急いで気になる本を探す。
「どれも興味深いものがありますね。どれにしようか迷ってしまいます……。」
「いろんなジャンルの中でも、見たことないものがあるからね。
もし読書感想文に制限がなかったら、余裕で指定された枚数より超える自信あるかも」
「そうですね。私も感想を書く時、個人的に感じたことを細かく書くことだけで枚数超えそうですもの」
2人は静かでありながらも、楽しそうに話しながら気になる本を探す。
私はそんな2人の会話を微笑ましく聞きつつ、一番下の棚を見る為にしゃがみ込む。
「……ん?」
すると目の前には、今までの中で見たことのない鍵付きの本を見つけた。
最近ではたまにダイヤル式鍵付きのアンティークノートとか、一見本に見える家具のシークレットボックスや金庫とか見るけど、どこか古めかしい。
その為か如何にも西洋風で、昔ながらの鍵穴が搭載されている。
表紙は青がった菫色に、模様は表裏と共に金に輝く謎の六芒星だけが描かれていた。
……何でこの図書室に?
「沙夜乃さん……?どうしましたか?」
私が少し声を上げて固まっていたのか、聡子ちゃんが声をかけてきた。
「あっ、ごめん。ちょっと、見たことないものを見つけてさ」
私は2人に、例の鍵付きの本を見せる。
「これは……ほんとに見たことない本ね。形状は昔ならではの鍵付き」
「しかも西洋風……図書室にはあまり置かないビジュアルをしていますね」
2人が互いに鍵付きの本を調べている時、私はあることに気付く。
「あれ……これ、鍵が開いた状態だ」
「本当ですね。だとしたら、誰が開けたのでしょう。肝心の鍵がないのですが……」
「でも、どんな内容なのか気になるわ。一回めくってみましょ!」
友梨ちゃんがそう提案すると、私も聡子ちゃんもそれに頷く。
実際、読んだことのないものが出てくると、必然的に読みたくなる。まさに好奇心。
でも【好奇心は災いのもと】という、とある映画のキャラの言葉を思い出す。
だけど、それはフィクションなのだから、早々起こるわけでもない。
そう思いながら、私は件の本をめくる。
すると……
「え……?」
初めのページには、何も書かれていなかった。
まさか、と心の中で付け加えながら、次々とページをめくっていく。
「あら……?」
「噓……」
めくり終えて、結論を言ってしまうと、全てのページが何も書かれていなければ、内容どころかタイトルや目次すら書かれていない、まさに白紙そのものだった。
私達は互いに見合わせる。
「白紙なんて……こんなことってある?」
「えぇ。ましてや、この図書室の中に置いてあるなんて……」
「寧ろ本じゃなくて、小学生の頃に持ってた自由帳みたい……。誰かの忘れ物だったりして?」
友梨ちゃんの言葉に耳を傾けつつ、私は初めのページに戻すと、突如そのページからどす黒い渦巻が出現した。
「え!?な、何これ!?」
「き、急に……!?」
「ど、どういうことなの!?」
突然の出来事に、私達は思わず大きく声を上げていると、それに釣られるかのように、あの4人もこちらへやって来た。
「な、何事だい!?って……」
「何か黒く渦巻いてるみたいだけどぉ……?」
「……非科学的だな」
「一体何がどうなってやがんだぁ、蒼陽ぃ!」
4人もまた、突然の出来事に対してそれぞれ口々に言う。
特に姫路さんに至っては、何故か私に怒鳴るように聞く始末だ。ホントに何で。
「わ、私に言われても!急にこの本が……!」
私は姫路さんに弁明するように、この出来事の原因を説明しようとした時――
「さ、沙夜乃さん!!な、何か……!!」
聡子ちゃんが指摘した途端、自分の体が何かに引き摺り込まれようとしていることに、私は驚愕した。
「――!?」
何かの正体は勿論、どす黒い渦巻からだった。
先程よりも強さが増していて、その影響による力であろう。
そう頭の中で考え、何とか抵抗を試みようとした……が、その間も無く。
「「「「「「「あああああぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」
それは空しくも呆気なく。
他のみんな諸共に、叫び声をこだまし、急に渦巻いた内容無き白紙の本の中へ、まるでブラックホール如く引き摺り込まれてしまったのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――突然の出来事から、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
私は頭の中で思考を巡らせることで、だんだんと意識を取り戻そうとした時――
『沙夜乃ちゃん……助けて……。』
まだはっきりしない中、灯華ちゃんの助けを求める声が聞こえる。
どこか悲痛な感じがして、一刻も早くこちらから助けたいくらいだ。
だけど、今の状態の私には……そういった行動すら不可能なことだった。
もしかしたら、走馬灯として認識した声かもしれないし、仮にそうじゃなくても、ただの幻聴なのかもしれない。
どっちにしろ、声が聞こえようが姿さえ見えなければ、助けられるためしがない。
それでも灯華ちゃんを助けたい思いを込めて、遂に意識をはっきりさせることができた同時に目を覚ます。
「……ここ、は……?」
そこには見慣れたものとはかけ離れた、異質な光景が広がっていた。
私は少し重い体を起こし、その光景の周りを見渡してみる。
「あれ……」
見たところ、図書室――いや、明らかに学校の中ではない。
それどころか、いつもの建物の中にいなければ、いつも登下校の時に通る道や、友達の家に向かう時に通る道も、買い物やお使いの時に通る道すらもない。
究めていつものとは違った自然が広がっていて、正面には山があり、それに沿うように見慣れない中世ものの建物がたくさん建てられている。
例えるなら、現代の都会にありそうな摩天楼といったところだろうか。
山頂辺りにも建ってそうだが、残念ながらここからだと標高が少し高いのか、または常に雲に覆われているのか、肝心な建物の正体が見えない。
「アレが何なのか気になるけど、それよりも……。」
私はひとまず建物のことはさておき、頭の中で思考を巡らせながら呟く。
「今こうして、見慣れない場所にいるってことは……
まさか、最近の流行である異世界転生ものの展開な感じ……!?」
そう仮説を立てた途端――戸惑った私は、すぐに立ち上がって自分自身の姿を確認すべく、目の前にあった湖を鏡の代用として、そっと覗き込む。
案の定――とはならず、そこにはいつもの私の姿が、ただ変わりなく映っていた。
「よ、良かった……。いつもの私だ……。」
ホッと安堵し、覗き込んでいた顔を元に戻そうとした束の間、髪の色に違和感があることに気付く。
「あれ……私の髪、こんなに明るかったっけ……?」
でも、それ以外はいつもの姿に間違いないのは確かだ。
まぁ、こういった展開特有の副作用的なものか何かだろう……。
私はそう解釈した後、改めて覗き込んでいた顔を元に戻し、また思考を巡らせる。
「ということは、転生ものの展開じゃない……。
となると、もう一つの流行である、異世界転移ものの展開……。」
本来は流行ジャンルとしてのフィクションで、実際は起きないはず。
それなのに、ただの夢じゃないのを良いことに、こうしていつもと違う世界にいる事実に――今、この身を通じて認識したのである。
これぞまさしく、【事実は小説より奇なり】と言ったことわざに相応しい。
それが、まさにそんな状況だ。
そうして仮説を立て直した結果、このような状況の上、フィクションから現実として受け入れる他ならない。
そう確信した私は、少し頭を抱えてしまう。
「なんてこったい……。ただ未知の本を開いただけで、このあり様なんて……。
だとすると、他のみんなも私と同じ状況……。これ、思ったよりヤバいのでは?」
早く他のみんなを探さないと。そう決心した時――
「ガルルルル……」
背後から、犬が威嚇するような鳴き声が聞こえる。
私はその声に釣られるように、後ろを振り返る。
そこには、見慣れたものとはかけ離れた犬型の獣が、まるで獲物を捉えるかのように、こちらに向けて襲おうとしているではないか。
「……へ?」
鳴き声の正体を認識した私は、本来すぐに逃げる場面だろうが、思わぬ出来事に間抜けな声を上げたまま、動くどころか体が固まってしまった。
「グオオオォォォ!!」
その獣は私と目が合った瞬間――狙いを定めたのか、大きく飛び上がるように襲い掛かる。
そこで我に返った私だったが、もう時すでに遅し。
「い、いやぁ……!」
私はあまりの恐怖で逃げようにも間に合わないと悟り、叫ぶことしかできない。
不本意ながらも死ぬ覚悟を決め、目を強く閉じた瞬間――
「――たぁっ!」
真上から、凛々しい女性の声が聞こえたかと思いきや、同時に肉体が斬られる音がした。
「グアアアァァァ……!!」
犬型の獣はその斬撃を受けたのか、この自然の中で断末魔が響いた。
声の正体は、中世ものの西洋甲冑にしては腕と膝上に黒いアームカバーが見え、兜は被っていない。
しかも、その顔立ちには凛々しさだけではなく、更に美しさも備えていて、まるで外国人みたいで……とても綺麗だと思っても過言ではない。
ただこちらから見て、彼女の左目には眼帯が着用されており、その下には縦に傷跡があると思えば、右腕には手の甲まで包帯が巻いている。
彼女の登場によって繰り広げた光景に、私は呆然としてしまった。
何しろ、あの犬型の獣の肉体を真っ二つに斬るという、ジャンルによってよくある過激なシーンが、実際に今、この目で直接見たのだ。
正直、開いた口が塞がらない。
そんな私の姿を見たのか、彼女はゆっくりと、こちらに近づいて来るのだった。




