第8話 偽りの投資ブーム①
とある貴族の屋敷を借り切って行われる、華やかなパーティ。その夜、ドレスに身を包んだエレノア・アルディアスとフローレンス・ベルハイムは、まるで姉妹のように腕を組んで会場を闊歩していた。傍らにはガイル・アルディアスの姿もあり、彼もまたそれなりに上品な装いをしている。もっとも、この父娘は金銭的にはすでに逼迫しているはずだが、「名門のプライド」を保つためだけに小綺麗な服をまとい、笑顔を振りまいている。
「さあ皆様、お集まりいただきありがとうございますわ。実は本日、わたくしどもから『大きな開発プロジェクト』のお話をさせていただきたく……」
フローレンスがステージのように用意された小さな壇上に立ち、甘い声で呼びかける。会場に詰めかけたのは十数名ほどの小貴族や商人たちだ。彼らは「投資」というキーワードに惹かれて集まり、すでにテーブルに並んだワインや美食に舌鼓を打ちつつ、「それは一体どんな話なのか」と好奇の目を向けている。
「なんでも、あのアルディアス家が復活に向けて動き出すらしいよ」
「やはり名家には底力があるってことか。興味深いな」
彼らはヒソヒソとささやくが、その声は驚きや期待感に満ちている。なにしろ、アルディアス家といえば「歴史ある貴族」という認識を多くの者が持っている。借金まみれであるという噂が真実味を伴って広まりきってはいないため、表面上は「ちょっと危ないらしいけど、もし本当に立ち直るならチャンスかも」という雰囲気だ。
「この度、我々アルディアス家とフローレンス・ベルハイムは、『新規開発プロジェクト』を共同で進めることになりましたの。先行投資者の皆様には、後々大きなリターンをお約束させていただきますわ!」
エレノアが壇上に上がって口を開く。華麗なドレスをふわりとなびかせ、堂々とした立ち振る舞いを見せると、周囲からは「さすがアルディアス家のお嬢様」と感嘆の声が漏れる。借金地獄にあるなどとは思えない、その高慢さと自信に満ちた態度は彼女の強みだ。
「皆様、私どもがご用意した資料と契約書をご覧くださいませ。そこには事業の概要や予想収益が記されております。もちろん、将来的には莫大な利益を得られる見込みがございますわ」
続けてガイルが、テーブルに並べられた書類の束を示す。そこには先日ステラが偽造した印章や日付がばっちり押されており、「アルディアス家公認」「非常に将来性のある開発案件」など、甘い言葉がぎっしり書き連ねられている。
「今なら先行出資者として『特別な配当率』をお約束できるのです。期間限定、しかも人数限定での募集。お急ぎいただかないと、枠がすぐに埋まってしまいますよ」
フローレンスが妖艶な笑みを浮かべながら声を張り上げる。まさに「甘い宣伝文句」のオンパレード。普通なら「そんなうまい話があるわけない」と警戒されそうだが、この場には金の匂いに惹き寄せられている者たちばかりだ。現に、数名はすでに書類に目を落としながら、真剣な表情で「ここにサインすればいいのだろうか」とつぶやいている。
「素晴らしい計画だな。もし本当に実現すれば、相当な利潤が望めそうだ」
「アルディアス家が本腰を入れているなら、嘘じゃないかもしれない」
そんなささやきがあちこちで交わされる。エレノアとガイルは場内を回遊しつつ、一人ひとりに気さくそうに声をかける。
「ご興味をお持ちでしたら、ぜひともご協力いただきたいですわ。きっと損はさせません」
「貴方が今回先行投資してくださったら、後ほど優先的に追加案件もご案内できますよ」
どこまでも軽薄な台詞を連発しながらも、二人は外面だけは優雅な貴族のふりを崩さない。まるで、「夢のような話を持ってきました」という詐欺のテンプレートをそのまま踏襲している。だが、現実にはその偽りの光に惹かれ、気持ちが高ぶる人々が後を絶たないのだ。
「というわけで、皆様、お食事やお酒を楽しみながら、ぜひ弊家のプロジェクトに目を向けてくださいね。いずれ正式な契約の場も設ける予定ですわ」
フローレンスが締めくくると、会場からは自然発生的に拍手が沸き起こる。拍手を送る彼らも、内心では「怪しいが、もし本物なら儲かるかも」と考えているのだろう。「借金を返したい」あるいは「楽に稼ぎたい」と考える人間にとって、今宵のパーティはまさに「打ち出の小槌」に見えるらしい。
「よしよし、上々の滑り出しね」
「フン、さすがフローレンスだ。話術には長けておる」
エレノアとガイルが目で合図を交わす。ステラも遠巻きに見守りながら「この会場、ずいぶん盛り上がってるわね」と胸の内でほくそ笑んでいた。彼女にとっても、この詐欺計画が成功したほうが都合がいい。そうすれば裏で得られる報酬も増えるし、失敗しても「予定通り逃亡する」選択肢を残しているからだ。
(これで本当に金が集まってきたら、一気に借金返済……ふふ、上手くいくかしらね)
華麗な衣装に身を包んだ詐欺師たちが主催する「宣伝パーティ」は、こうして大盛況のうちに幕を開けた。表向きは社交界の典型的な夜会のように見えるが、裏では必死に投資家を誘惑する営業活動だ。
煌めくシャンデリアの下で踊る人々の多くは、この計画の危うさに気づかないまま、「新たなビジネスチャンス」の夢に浸っている。




