第7話 アルディアス家の大逆転計画③
夕刻、アルディアス家の別室。少し広めの書斎で、フローレンスとステラがテーブルを囲んで熱心に何かを書き連ねている。傍にはガイルとエレノアも同席していて、書類の文面を覗き込みながらアレコレと指図を飛ばしていた。
「ステラ、その印章の形、もう少し角張った方がそれっぽく見えない? 社交界で使われる印影と微妙に違う気がするわ」
「かしこまりました、お嬢様。では、こちらの道具で形を整えてみましょうか」
ステラは机の上の小さな工具を使い、偽造用の印章を削る。ほんの少しの違いも逃さないように調整していく彼女の手際はまるで職人のようだ。フローレンスはその様子を見て、感嘆とも呆れともつかない視線を送る。
「ステラって本当に器用なのね。まさかこんな道具まで揃えているなんて思わなかったわ」
「俺も驚いたぜ。侍女の分際で、と言うべきか……まあ、助かるからいいか」
ガイルが苦笑を漏らす一方、ステラは冷静に微笑みながら印章を仕上げていく。彼女にとっては「家を裏切る」行為など、今さら大したことではない。結局すべては自分のための行動であり、この計画で成功しても失敗しても、どうにかして生き延びる算段をつけているのだ。
「よし、これでどうでしょう。実際に紙に押してみますね」
ステラがぽんと印章を押し、できあがった印影を皆に見せる。そこには“アルディアス家公認”などと大層な文字が刻まれ、古風な装飾が加えられていた。どう見ても偽物だが、一見してパッと見分けがつかないクオリティだ。
「こ、これは……本物かと見紛うほどだな。大した腕前だ」
「ふふ、侍女とは多才でなくては勤まりませんから」
ステラが飄々と答えると、フローレンスも「これで契約書の信憑性が格段に増すわね」と満足げに笑う。エレノアは「完璧よ、ステラ。いい仕事するじゃない」と握り拳を作って、まるで勝利を確信したかのようだ。
「では、この契約書には『莫大な利益が見込める開発事業』の詳細が書かれている体裁にしましょう。もちろん、根拠なんて適当にでっち上げて」
「はい。将来の利回りだの、海外との取引だの、とにかく目新しい単語を並べればいいわけよね」
フローレンスがペンを走らせながら、エレノアに説明していく。彼女自身も実際の中身はなんでもよいと考えており、「どうせ金を出すほうは夢を見たいだけ」と割り切っているのが見え見えだ。
「エレノア様、事業計画の名称は何にしましょうか? 『新大陸貿易拠点開発プロジェクト』とか、長ったらしいのをつけるとそれらしく見えるかと」
「いいわね。それにしちゃいましょう。さらに『特定区画の土地開発に伴う優先権を付与』とか……なんだかすごそう」
「それに『参加枠はあとわずか』なんて煽り文句も入れると効果的だろう。欲深い連中は急いで投資するに違いない」
ガイルが口を挟み、四人が即席の詐欺計画の概要をまとめていく。そのテンポの速さは異常なほどで、誰も罪悪感を抱いていないからこそスムーズに進むのだろう。
「書類の日付は適当に前倒しして、『すでに開発段階に入っている』ってことにしましょう。そうすれば急いで資金を出さないと損するって思わせられるわ」
「うわあ、なんて悪どい。でも面白いかも」
エレノアが目を輝かせる。通常なら、「悪事」を重ねているという感覚に尻込みしそうなものだが、彼女が思い浮かべるのは借金完済と社交界復帰、そしてレオンへの復讐。今はその欲望が強すぎて、まるで道徳心など存在しないかのようだ。
「これで大丈夫ね。あとはフローレンスが社交界で宣伝して、出資者を釣ってきてくれればいい」
「そうそう、私は広報担当。あなたたちは『名門アルディアス家が後ろ盾』という看板を用意して。そうすれば投資希望者がわんさか集まるはず」
「ステラ、お前は引き続き書類関係の偽装や裏工作を頼むぞ。細かいところで疑われないようにしてくれ」
「お任せください、ガイル様。きっちり仕上げて差し上げますわ」
ステラが淡々とうなずく姿は、まるで優秀な秘書のようである。こうして、誰もが詐欺行為を当たり前のように受け入れ、ゴーサインを出した。もちろん、この時点で「万が一バレたらどうするか」という話題にはあまり深入りしない。すべて「うまくごまかせば大丈夫」で済まされる。
(いいわ、もう迷いはない。これが成功すれば、私の勝ち……!)
(アルディアス家は絶対に再起するんだ。俺に恥をかかせた連中を見返してやる)
(儲かったら私もウハウハ。万が一ヤバくなったら、適当に逃げればいいだけだし)
(どっちに転んでも、私は細かく利益を稼げそうね。……さて、誰を最初に売ろうかしら)
四人はそれぞれの思惑を抱えつつ、同じ方向――詐欺「開発事業」へと足を踏み入れた。罪悪感も躊躇いもなし。ただ「自分だけが得をする」という打算だけが、彼らを結びつけている。
まさに今、アルディアス家の大逆転計画が正式に動き出す。
それはまるで、張り子の虎に化粧を施し、虚勢を張り巡らせて人を欺く滑稽な計画だ。しかし、本気で走り出した以上、そう簡単には止まれない。すべてが空虚な嘘だと分かっていても、彼らは笑みを浮かべて前進していく。
(さあ、あとはこれに飛びついてくれる投資家を探すだけ。金に目がくらんでいる奴らなら、たくさんいるはずよ)
エレノアは頬を紅潮させ、まるで明日が輝かしい成功で満たされているような顔をしていた。ガイルもフローレンスもステラも、同様に高揚感を漂わせながら、偽りの“成功イメージ”を膨らませている。
彼らはまだ知らない。あるいは知りたくないのかもしれない。
この計画が、社交界と借金取り、そして元婚約者らの思惑が絡み合いながら、いずれ壮絶な破滅へとつながっていくという現実を――。
だが、とりあえず今は、胸の高まりだけが彼らを突き動かす。つまり、彼らは愚かしくも意気揚々と、詐欺行為のスタートラインに立ってしまったのだ。




