230.十二月二十四日(二十五日) 夜半過ぎ 怪現象
八早月が藻の背に乗り真宵の元へと向かったその時、連絡を受けた真宵の視界に入ったのは巳女と瓜二つの着物を着た小さな姿であった。違いは感じられる力の大きさと自分との繋がりくらいだろうか。
あまりの驚きに、違うとわかっていながらも巳女ではないことを思わず確認してしまったほどである。さらに言えば敵意も害意も感じないどころか中身が入っているような雰囲気も感じられず、まるでがらんどうの人形のようだ。
ではそんな摩訶不思議な人形から妖のような気配が感じられるのはなぜか、八早月が来ればその謎も解明されるだろうと思い、真宵が待機するに留めていたことは間違いない。
それなのに――
「全く動く気配もござ―― うわっ、あああ! 八早月様! このお方は!
貴殿は! いや、貴方様は一体こんなところで何をなさっているのですか!?」
動く気配を微塵も感じさせなかったはずの人形は、一瞬で真宵の背後に回っていた。敵意がないのはそのままであるし、これからも攻撃されることはないだろうと理解した真宵だが、なぜこんなことが行われているのかは気になるところだ。
「なに、特段にあらじき、ただの戯れにそれ以上にも以下にもあらず。されど今はいまだその時には無きため、娘子に見つからぬほどに去ぬとせむ」
「しかし私は主に聞かれたら黙ったままではいられませぬ、それは構いませぬか?」
「ふむ、憂ひは無用、お主の語られぬやうほだしを施しおかむ。あなかしこ内密などと考ふる要はあらぬ、知らぬなればいらへられぬばかりなり」
そう言い残すと人形は地中へと消えていった。残された真宵はただ呆気にとられ立ち尽くすのみで言葉も出ない。だが、果たして主へなんと答えれば良いのか不安な気持ちを抱えている事だけは間違いなかった。
その直後、藻の背に乗った八早月が宙から降り立ち当然のように辺りを見回している。それからおもむろに真宵へと向き直り、その腰へと抱きついた。
「真宵さん! 無事なのですね、本当に良かった!
近くにいるのに念話が途切れたことなど今まで一度もありません。
どんな事態が起きていたのか気が気ではなかったのですよ?
一体何があったのか教えてくれますよね?」
「それが…… 私にもわからないのです、一体何が起きたのでしょうか。
確かに巳女殿と同じ姿がここに立っていましたが、瞬きをしている間に消え去ったようです」
「確かに気配も突然消失していますし、それが事実なことはわかります。
ですが私はせめてその直前に起こった出来事だけでも聞かせてほしいのです」
八早月の命を受け真宵はゆっくりと語りだす。もちろん包み隠さず話すよう命じられたならそれに逆らうことなどできるはずもなく、事実がそのまま伝えられるはずだと誰もが考えている。
「丁度今私が立っている辺りに巳女殿と同じ姿の人形が立っていました。
先ほどの気配は間違いなくその人形から発せられていたと認識しております。
ですが次の瞬間には姿も気配も完全に消え去っていたのです」
「では先ほど最後に真宵さんが発した奇声はなんだったのですか?
大声で叫んでおりましたよね?」
「私がですか? そのような記憶がまったくありませんが真でしょうか。
動く気配がないとお伝えしたはずですが、その言葉は届いておりましたか?
直後より今まで八早月様の声が届かなくなっておりましたのですが……」
「うーん、真宵さんの記憶に間違いがあるとも思えませんし、偽証も不可能。
とすれば事実を伝えていることに? まさか通信妨害の類でしょうか」
結局真実はわからず仕舞いのまま、八早月たちは周囲を見回った程度で引き上げることにした。隅々まで探し回るにしても、管轄区域かどうかも怪しい無人の山中である。これ以上探索しても無意味だと判断したのである。
この晩はこれ以上の出来事は無く、担当区域の巡回を終えたドロシーにも帰宅許可を出しあとは真宵と藻による広範囲索敵に任せ八早月も再び眠りについた。緊急性もなさそうなため、詳しい報告については翌日へと先延ばしである。
だが再び異変は起き、睡眠中の八早月を襲った。夜明けよりも随分と前でまだまだ辺りは暗い。時計を見るとまだ四時前で本来起きるにはまだ早い。それでも怪しげな気配を検知したからには出陣するしかないのが当番の辛いところである。
「真宵さん! 参りますよ! 春凪がいなければそのままで構いません。
藻さんは念のため周囲の探知を継続して下さい、これから向かう場所以外に気配を見つけたら教えてくださいね」
「八早月様どうぞお乗りください、最速で向かいます!」
先ほどのように到着したころに姿がないではつまらない。そのためドロシーを起こしている余裕はなく、八早月は真宵の背に乗って真っ暗闇の中へと消えていく。
「今度は私も姿が見られれば良いのですが、場所はやはり先ほどの山中ですね。
なぜあのような辺鄙なところに現れるのか、全く不可解です」
「私になにか見落としがあったのだと思うと申し訳ない限りでございます。
先ほどの不名誉を雪げるよう蟻の仔一匹見落とさない所存、間もなく到着致します」
やはり先ほど同様、山小屋前に少しだけ広がる芝の中ほどに妖らしき気配が留まっている。だがすぐそばまで迫った八早月にも、すでに真宵から聞いた通り敵意や害意は感じなかった。それどころか温かみのような空気さえ漂っている気すらするのはなぜなのだろうか。
「暗闇で見えませんが気配の主はすぐそこにいるようですね。
真宵さん、これは先ほどと同じ気配で間違いありませんか?」
「はい、相違ありません、ですが先ほどよりも温かみが有るように感じます。
まるで八早月様と同じように優しく包んで下さっているような……」
そう言いながら真宵は突然眠気に襲われ意識を失いそうになっていた。八早月が真宵の予期せぬ姿に戸惑い意識を削がれた瞬間、例の気配はその姿ごと地中へと消えようとしている。
だが八早月はこの機を逃すまいと真宵へ力を注ぎ命を出す。覚醒した真宵は一瞬で間合いを詰めると地中へ潜ろうとしている人形を捕まえようと手を伸ばした。
それは一瞬の出来事、伸ばした手に着物の袖口が触れたかどうかのうちに人形の姿は消え、今度は八早月の背後へと場所を移した。八早月はそこへ向きなおることはせず、真宵を消してから自分の背後へ出し直すと言う瞬間移動のような芸当で人形を追い詰め捕まえようとする。
しかし真宵が触れた瞬間に流れ込んでいた気配がようやく八早月まで到達しようともしており、とうとうその正体を突き止めるに至ったのだ。
「一体これはなんのお戯れなのですか? 八岐大蛇様」
「ふむ、はた明らめられきや。やよにあからさまにせる遊びのごときかな、我も二本の脚に|歩ままほしければぞ《歩いてみたかったのでな》」
「それならそうとおっしゃっていただければよろしいのです。
なぜこのような人騒がせな方法を取るのですか、おかげで寝不足でございます」
「そはすまぬ、すまぬ、よも誰かに捕まるなどとは思わなんなり。なほ実を持つと動き鈍く問ひまみれなりな」
「全く人騒がせな…… もう今宵はこれ以上勘弁願いたいものです。
私は今日も宿題をするつもりなのですから本当にお頼み申し上げます」
「さりな、わりなくなるとは思ふともあらざりき。はや力を漏らさずえむとせるなり。されどなほ人の手に作られし人形には無理ぞありしめる。以後気を付くとせむ」
こうして無事に? 怪事件は解決することとなり、安心した八早月が大あくびをした瞬間遠くで鶏が鳴いた。
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