229.十二月二十四日 夜半 山中の異変
当番である八早月がいつ呼び出されてもいいようにと早寝してから数時間、日付を跨ごうかどうか伺う時間になっていた。その間、真宵は宙を駆け周囲に注意を払い藻は探索の術で周辺の異変を探っていた。
毎日まとまった量が降っているわけではないが、それでも近隣にはもうかなりの雪が積もっており、真宵としては主である八早月に寒い思いをしてほしくない。そのため今晩何も起きず静かに終えることができるよう願っている。
だが年末と言うのは人の心が騒つきやすい時期、物事がそう理想的に運ぶわけがないことを誰もが理解していた。それでも運よくここ数日のお役目では雪女に遭遇した程度で大きな騒ぎは起きていない。
『藻殿、この辺りにも異常は見られません、他に気配のある方面はありますか?
春凪によればドロシー殿が今にも寝てしまいそうだと連絡が来ているのです。
寺子屋の仕事も大変そうですし、できればゆるりとお休み頂きたいものですな』
『真宵殿、念のためですが、八畑山の西側方面に人里はございませんよね?
気配が非常に少ないので集落ではないのでしょうが、何か気配を感じます』
『わかりました、その方面には山しかなく越えるには相当の距離があるはず。
もしかしたら登山者かもしれませんが、注意を払うべきでしょうね。
私が確認に参りますので、ドロシー殿担当の北東方面補助をお願いします』
この日に限らず、八早月が寝ている間にお役目をこなす真宵たちは、勝手に連携し勝手に探索を行っていた。もちろんこんな芸当が可能なのは八早月だけである。
本来、呼士とは祈りによる力の解放を術に乗せることで、八岐の巫に体内に仕舞われている神器である神刃から生み出される半実体を持つ戦士である。そのため召喚主の意識の元で共に働くと言うのが原則、戦闘中に術者が気絶や死亡すれば呼士も消えてしまうし睡眠中でもそれは同じことだ。
しかし真宵たちは、八早月の意思とは無関係に自然発現することが可能で、当たり前のように自発的に活動している。当然八早月の意識がある時には制御下に置かれその命によって動く。主である八早月自身の力が加わると、命に応じて瞬時に常世と現世を往復することも可能となり、なんなら体の一部分のみが現世へ呼ばれることまである。
『初夏の立ち合いでの一件、須佐乃はとても驚いていましたな。
皆は巫と呼士が一体となって動いていると目を丸くしておったが思考が硬い。
八早月様の幼さから来る柔軟性は、ほんに素晴らしき物で敬服に値する。
そのお力を無駄に使わずに済むよう我らも柔軟にお支えすべきであろう』
真宵は頭の中で独り言を呟きながら北西方向へと向かっている。その真宵が現世で活動しているときには、存在に引かれる形でこちらも現世に現れ出ることのできる藻であるが、こちらは真宵の力を分けられている程度のため活発に活動するほどの力は得られない。
それでも周囲の探索を補助するには十分なため真宵へと現状の報告を行っていく。藻曰く、気配があるのは西北西らしいが、それよりもやや北側には反対側から伸びている山道があるはずなので、気配の主は隣藩からやって来たのかもしれない。
八畑山よりも西側にはもっと高い山が連なって山脈を形成しており人が住んでいる集落はない。そのため普段の巡回ではなぞる程度の警戒で済ませている。八早月が起きているときでもそれは変わらずあまり地理に明るくない場所であった。
山脈を越えたはるか向こう側には別の藩の町があり、八家の守護範囲外で別の巫一族が護る土地らしい。この間にあるこの山脈がどちらの管轄なのかははっきりしていない。だが手の届く範囲に怪しげな気配があるのなら捨て置いていいはずもなく、八早月も見に行くはずだと信じるのみだ。
ほどなくして藻が言っている気配を察知できたが、確かに小さな対象が数体、いや一体いるだけのように感じる。しかし問題はその存在ではなく持っていると思われる力の大きさだ。
『藻殿! 私も対象を感知できる位置まで参りました、会敵まで一分足らずです。
相手に動く気配はございませんが、大きさの割に力が強大と思われます。
これは主を呼ぶべき相手と考えますのでお連れ願えますでしょうか』
『なるほど、私では大きさと数しかわかりませぬゆえ、あとは真宵殿が頼り。
主様を起こして参りますのでくれぐれも無理の無きよう』
『承知しております、八早月様が到着するまでは様子を見るに留めておきます。
相手の姿形わかり次第連絡いたします』
こうして真宵と藻は二手へと別れた。とは言っても八早月の元へ戻るのは一瞬、藻はすぐに主を起こすために声をかけるが主と言えどまだ子供、無邪気に寝入った姿を見て無理やり起こすのは忍びないと思ってしまう。しかし今は緊急事態のため心を鬼にして深層心理内から魂を揺らすとと八早月は当然のように飛び起きた。
「藻さん、どうやらなにか異常があったと言うことですね?
私がすぐ起きたのならいいのですが、場所はどのあたりでしょうか」
「ご心配には及びませぬ、今はまだ私が一声かけたところでございます。
場所はほぼ真北に近い北北西と言ったところで、ただいま真宵殿が待機しております」
「承知しました、それではすぐに向かいましょう。
あの辺りには登山者が避難や休憩をするための山小屋があります。
もしかしたらそこで呪詛が行われた可能性もなくはないでしょう。
では藻さん、背をお借りしましょうか」
藻は、起き抜けの顔をおしぼりで拭いている途中の八早月を背に乗せ、構わず宙へと駈け出した。そうは言っても八早月はきっちりと目が覚めており問題はない。あえて言うなら小腹が空いていることくらいだろうか。
だが時間は深夜、こんな時間におやつでも食べたなら容赦なく無駄な肉へと変わるだろう。まだ幼さが残ると言ってもすでに思春期の女子であるわけで、発作的に何かを口にはせず、気を紛らわす意味も有り速やかに真宵へ繋ぎを付ける。
『真宵さん、これから向かうのでくれぐれも待機するのみでお願いしますね。
春凪へと連絡しドロシーへ予定範囲の探索を継続するよう繋いでください』
真宵が待機している場所までは飛んで行けば数分の距離、さっさと片付けてもう一眠りできるだろうと考えていた八早月だったが、その考えが誤りでありそうなことをすぐに察した。
『真宵さん、相手の姿は見えていますか? 絶対に安全な場所で待つように。
どうも感じられる力がはっきりせず危険度を計りかねます。
もしかしたらただの妖では無いかもしれません』
『八早月様! 念のためですが巳女殿はご一緒でしょうか。
なんと申し上げれば良いのか、こちらにいる妖らしきものの姿が、その……
丸っきり巳女殿に瓜二つなのでございます!』
『巳さんは間違いなくここにいます、呼びかけてみてくださいな。
本人に返答するよう伝えましたから』
『真宵殿? 妾は間違いなく主殿と共におりますのじゃが?
まさかそこに相似な姿がおるなどと言うことがあるのじゃろうか。
遠目で似ているように見えると言うだけなのじゃ?』
『それはそうかもしれませんが、大きさと言う着物と言い似すぎております。
気配は全く異なるので別人であることは間違いないと思われますが……
感じられる力も膨らんだり縮んだりと忙しなくあやふやでございます』
『確かに一定で安定しているようではありませんね。
一体何者なのでしょうか、これは俄然興味を魅かれます』
『全く動く気配もござ―― ええっ、あああ! 八早月様! このお――……』
『真宵さん!? 真宵さん、どうかしましたか? 何があったと言うのですか!?』
突如更新が途絶えた真宵、気配が消えたわけではないし交戦している様子も感じられない。しかし少なくとも正体不明の存在が真宵と遭遇した可能性は高い。
動揺を隠せない八早月は、心音が早くなるのを感じながらも合流予定地点へ早く向かうようにと藻を急かすことしかできなかった。




