第358話〜混沌迷宮(カオスフロンティア)③
…………。
「大丈夫、ここのお家もだれもいないよ」
「よし、次だ!」
ランは頭の横に添えていた手を下ろして、建物内には誰もいないと宣言した。
それを聞いたケインは地図にチェックを入れて足早に歩き出す。
もう何軒も繰り返した作業だが、まだ自分たちが任されたエリアの半分も終わっていない。
冒険者ギルドに所属する者たちはある程度の事情を伝えられ、階級問わず避難支援のクエストが出されていた。
カインたち見習い冒険者たちも複数のパーティーに分かれて、逃げ遅れた住民などがいないかどうかを建物を確認して回っている。
だが、街の規模に対して冒険者の数は圧倒的に足りていないのが現状だった。
最終的に2人1組で逃げ遅れた人がいないか確認して回ることになり、片方は必ず獣人族の冒険者が入る形になったが、それでも足りない。
獣人特有の鋭敏な聴覚で僅かな物音や気配を頼りに人がいないかを確認しているため比較的早く確認作業は進んではいるが、それでも焼け石に水であることに変わりはなかった。
…………。
「……ここも、誰もいないよ」
「よし。まだいけるか、ラン?」
まだ冒険者見習いにしても幼すぎるランは、しかし耳は誰よりもいいのでケインと一緒に回っていた。
獣人族の子供は成長が早く、幼い頃から親の狩りに同行したりするので体力もある。
しかしつい最近まで奴隷同然として育ったランは、年齢に対して体は小さく体力も少ない。
それでも弱音ひとつこぼさずにケインについて来た。
「大丈夫だよ。ルナお姉ちゃんががんばってるんだもん。ランもがんばる」
ランは頭を覆い隠す布を両手でギュッと握りしめて、まっすぐにケインを見ながら言った。
「……よし、ここら辺はあと少しだ。がんばろう」
「うん!」
ケインはランの頭を少し強めに撫でてやる。
布越しにピクピクと動く耳の存在に、ケインは自身の耳も動くのを感じた。
ルナのおかげで取り戻せた種族の誇り。
彼女に報いるためにも、ケインたちは全力でクエストに邁進した。
…………。
…………。
「これでダンジョン付近の区画は完了だ。……次の区画に移る前に少しだけ休もう」
「うん…」
ケインは地図にチェックを入れて漏れが無いかを確認すると、顔を上げた。
すでに確認作業は数時間が経っている。
さすがにケインも疲労を感じ、ランも疲れてふらついている。
2人は近くの塀にもたれかかるようにして休憩した。
ふと視線は無意識にダンジョンと、そして探索者ギルドの方へと向く。
恩人であるルナが未だに帰らないダンジョン。
その原因かは分からないが、少し前には探索者たちが騒ぎを起こしたという噂も聞いた。
ケインは自分よりも幼いのに、強くて頼りになる先輩冒険者であるルナの身を案じて、下唇を噛み締める。
こうして獣人としての能力を活かして対等にパーティーとして活動できるようになったのは、ルナのおかげだ。
探索者ギルドでの辛く耐え難い日々。
獣人同士、家族同然に生きてきたアリーとランを連れて冒険者になろうと逃げ出したのはまだつい最近のこと。
そこからの日々は毎日が変化ばかりだった。
ルナがいなければ、こうして冒険者になる事も、仕事をこなす事も出来なかったに違いない。
獣人族は総じて仲間意識が強く、義理堅い。
弱肉強食の意識は高いが、同時に単体では生きる事が難しい事も知っているだけに仲間への情も厚いのだ。
同じくらい探索者ギルドで世話になったポーラの事も気になっていた。
自分と同じ境遇でありながら、環境に耐え抜き力を付け、ついには上位探索者となった、ケインたちにとっては姉のような存在。
彼女は今どうしているだろうか。
…………______ッ
「……ゆれてる」
「……大丈夫だ」
住民に比べて前情報があるだけ動揺は少ないが、ケインを始め、アリーやランたちを含めた元奴隷だった獣人族冒険者たちは皆、街の至る所で感じ取っていた。
この街に、何か大きな変化が訪れていることを。
落ち着きなく辺りを、いや地面を見下ろす。
まるで街の地下に、得体の知れないナニカが潜んでおり、それが動き出したような…
小さかった塊が姿形を歪に成長させ、それがどんどん膨れ上がり、最後は街の地下から地上へと孵化するように姿を現す…!
そんな想像をして、ケインは身を震わせた。
「っ、よし。そろそろ行こう」
「うん」
ケインは嫌な¨想像¨を追い出すように頭を振って立ち上がった。




