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星神様と眷属達  作者: キサラギ ソラ
第1章 神殺し
9/30

1ー8 ソフィアと美奈穂、夜の部屋で

 これは昨夜、悠真がベランダで美奈穂と会う少し前まで遡る。

 このときソフィアは眠れず、暗い部屋のベッドの中で、風呂場での出来事を思い出して悶々とした夜を過ごしていた。


(ど、どうしてわたしはあんな大胆なことを~~~~!)


 ソフィアは悠真に自身の全てを捧げるつもりだったから、そういうこと(・・・・・・・・)もあるだろうと教わっていたし、覚悟もしていた・・・・・・つもりだった。

 しかし世間知らずな上に箱入り娘であるソフィアには、如何せん刺激の強すぎる体験だったようだ。いつもとんでもない展開に遭っていて慣れているおかげで幾分かマシだった悠真とは違い、ソフィアは純真無垢な少女なのである。

 今彼女の頭の中は、桃色なお花畑状態でパニックになっていた。


 ソフィアは悠真の背中を洗っていたときのことを思い出す。

 自分とは違い大きくがっしりしていて、見た目より筋肉があって固かった背中。

 洗っていたときはいっぱいいっぱいで何も考えられなかったが、彼の背中からは大きな存在感と安心感を感じられたなと思い出して胸が温かくなった。


 ーーどうか、どうかわたしの国を、家族を救ってください。あなたの頼みなら何でも聞きますから・・・・・・わたし達には、あなたを頼る以外に助かる道がないのです。


「~~~~~~~~~~ッ!!」


 抱きつく形で言った自分の言葉を思い出し、温かくなっていた心が一瞬で羞恥に染まり変わる。


(きゃあああああ!恥ずかしい!恥ずかしいです、わたし!何で、何でわたしはあんなぁぁあああっ!)


 ソフィアは頭まで布団を被り、心の中で絶叫を上げながら悶えた。はしたないとわかっていながら、ベッドの上を転がりながら悶えるなんて行動もしてしまった。

 それほどまでに、ソフィアはパニックを起こしていたのだ。


 しばらくするとソフィアの心が落ち着きを取り戻し、奇行もしなくなった。

 恥ずかしさなどで体が火照って朱に染まっていたり、涙目になっている上気した顔が妙に色っぽかったりするが、取りあえず落ち着いてはいた。


 ソフィアが自らの醜態に溜め息を吐いたそのときーー、


 コン、コン。


 とドアをノックする音が響き、ソフィアの体がビクリと震えた。


(・・・・・・どなたでしょう?こんな時間に)


 ソフィアは時計の見方を知らないのでわかってないが、アイリスの用意した物の中に目覚まし時計があり、針は十時を過ぎたあたりを指している。

 まあ、女の子の部屋を訪れるには非常識な時間であるのは変わらないが。


 ソフィアは不思議に思いつつベッドから出て、素早く乱れていた服や髪を整えた。そして鍵を外し、ドアを開けた。


 ドアの向こうにいた人物を見た瞬間、ソフィアは自分の浮ついていた心が一瞬で冷えていった。ドアの向こう側にいたのは、夕食の席でソフィアに厳しい視線を向けていた少女。


 ・・・・・・美奈穂だった。



 □□



「夜遅くにごめんなさい、ソフィアさん。だけど聞いておきたいことがあって、部屋に入ってもいいかな?」


 真剣な表情で話す美奈穂に気圧され、ソフィアは若干顔を青ざめながら頷き、美奈穂を部屋に招き入れた。

 照明を点け明るくなった部屋に、テーブルを挟んで二人はクッションに腰を下ろした。


「・・・・・・聞きたいこととは、何ですか?」


 先に話を切り出したのはソフィアだった。

 美奈穂は軽く呼吸を整える。


「聞きたいのは、あなたが夕食の後に言った『悠真を危険に晒すかもしれない』って言葉の意味よ。あなたは一体何を企んでいるの?」


 真っ直ぐ見つめてくる美奈穂から逃れるようにソフィアは目を閉じた。そして思った。やはりそのことでしたか、と。

 予想はしていた。美奈穂がこのことを尋ねに来るであろうことは。ただ、思いもよらない出来事にパニックになって忘れてしまっていたが・・・・・・。


 ソフィアは目を開き美奈穂を見て、改めて確信した。

 美奈穂を説得出来なければ悠真に助けて貰うことが難しくなること。美奈穂を説得出来れば、悠真に味方になって貰い安くなること。そして何より、美奈穂を説得することが最も難関であるということを。


 ソフィアは緊張で声が震えてしまわないよう気を付けながら、一切包み隠すことなく全てーー悠真に語ったことと同じことを話した。

 途中、いつ悠真と話したのかと聞かれ、それについては誤魔化すことになったけど。


 話が終わると、今度は美奈穂が目を閉じた。

 長いこと、部屋の中を重苦しい沈黙が支配する。

 その間美奈穂は、眉を顰めたり唇を噛み締めたりと、表情を変化させながら考え悩んでいた。

 そして絞り出すような声で呟いた。


「・・・・・・どうして、悠真なの?何で悠真が、そんな危険なことをしないといけないのよ・・・・・・」


 天を仰ぎ言うその声には、抑えても抑え切れない怒りが籠もっていた。

 ただし、それはソフィアに向けての怒りではなかった。

 『悠真の過去』を知るからこそ抱いた、悠真に過酷な運命を与える『何か』に対しての怒りだった。


「ミナホさ・・・・・・ぇ?」


 ソフィアは美奈穂に声を掛けようとして、美奈穂の頬を流れる涙に気付き言葉を失った。


「私は嫌よ。例え何を言われても、私は反対し続けるわ・・・・・・悠真が傷つく姿はもう見たくない。危ない目に遭う姿も、危険なことをする姿も見たくないのよっ!」


 そう言うと美奈穂は静かに涙を流して泣いた。

 ソフィアは、何とか声を掛けようとするが何を言えばいいのかわからず、結局口を閉ざしてしまう。


(ミナホさん・・・・・・あなたは、わたしの知らないユーマ様をたくさん知っているのですね・・・・・・それにしても、ミナホさんにこうも言わせる程の『過去』とは、一体何なのでしょう?)


 ソフィアは美奈穂に小さな嫉妬の念を抱きながら、美奈穂の言葉から悠真には彼女を泣かせるに足る過去があることを察して、『悠真の過去』とやらに興味を持った。

 だが、それを聞きだすような愚を犯したりはしない。今ここでそれを聞くのはあまりに場違いで、何より今の自分では踏み入れることの許されない話なのだと感じたから。


 泣いている人に対して失礼だとわかっていながら、ソフィアは美奈穂に羨望の眼差しを向けていた。

 悠真のことを想い涙を流す姿から、美奈穂と悠真には確かな絆が結ばれているのを感じ取っていたから。

 自分も美奈穂と同じように悠真との確かな絆が欲しい。

 ソフィアは自分も欲しい悠真との絆を持つ美奈穂を、羨ましそうに見つめずにいられなかった。






 しばらくして泣き止んだ美奈穂はソフィアに謝った。


「ごめんなさいソフィアさん。急に泣いたりして」

「いえ、わたしが言うのもあれですが、ユーマ様を心配する気持ちは理解出来ますから」

「・・・・・・・・・・・・そう」

「ですが、わたしは諦めません。ユーマ様を心配する気持ちは理解出来ても、わたしには祖国を救う為にここへやって来たのですから」


 美奈穂を睨むように見て、きっぱり宣言するソフィアの声に迷いはない。

 そして美奈穂も怯むことなく言い返した。


「私だって諦めたりしない。悠真に危ないことはして欲しくないのは変わらないわ・・・・・・けど、どうするかを決めるのは悠真だから、私は悠真の決断を尊重する。あなたも誓って。悠真がどちらを選んでも、悠真の意思を尊重して無理強いはしないって」

「それは・・・・・・誓えません。ユーマ様に一度断られたぐらいで諦めるようでは、祖国の皆を裏切るようなもの。王女として、諦めることなど出来ません」


 美奈穂は「王女?今王女って言った?王女ってあの王女?」とシリアスな空気をぶち壊して、見当違いな部分で混乱を起こす。しかしソフィアがあっさりと、それがどうかしたのかと言わんばかりに堂々と認めることで、かえって冷静になってしまう美奈穂なのだった。


「あなたが王女だっていうとんでもない事実が明らかになったのに、何だか反応が軽すぎない?」

「えーっと、わたし、自己紹介のときにクランベル王国から来たと言いましたよね?」

「た、確かに言ってたけども!普通気付かないわよ、王女だなんて!今だって、『ソフィア=クランベル』って名前と『クランベル王国』の名前が同じだったなーぐらいにしか思い出せなかったわよ」

「そうなのですか。まあ、王女と言っても名ばかりで、政治に関わる権限は一切与えられていないのですが」

「どうして?」

「ユーマ様に全てを捧げることの決まっているわたしがそんな権限を持つと危ないからです。彼に国の乗っ取りを企まれることを恐れる貴族がそれなりにいますから」

「悠真に全てを捧げるって本気なのね・・・・・・全部冗談だったら良かったのに・・・・・・」


「それはありません」と良い笑顔で否定するソフィアに、美奈穂は溜め息を吐いて、話の軌道修正を図る。


「話が脱線したけど、私は諦めるのを誓えって言ってるんじゃないの。悠真に無理強いしないでって言っているのよ。例えば勝手にあなたの世界に連れ帰って、帰りたければ救いなさいとか。後は自分の命を盾にしたり、い、色仕掛けとか、卑怯な方法もなしよっ!」


 最後の色仕掛けの部分だけ、場面を想像してしまったのか、美奈穂は顔を赤くして早口でまくし立てた。


「そういうことでしたら誓いましょう。わたしはユーマ様の意思を無視して無理強いはしないと・・・・・・そんなことをすれば、『眷属契約』に失敗してしまいますから」


(『眷属契約』は両者に深い信頼関係があることを前提に行われる主従契約の一種で、魂レベルで結び付くために相当仲が良くないといけないだっけ?だとしたら確かに、悠真に嫌われかねない行動はとれないか)


 ソフィアは微苦笑し、美奈穂はソフィアの話した内容の中にあった『眷属契約』について思い出し納得した。

 美奈穂はソフィアの言うことを信じた訳ではなかった。ただ嘘に対し鋭い嗅覚を持つ悠真がソフィアを追い出していないなら、嘘は言っていないのだろうと悠真を信じている(・・・・・・・・・・)だけだ。

 だからこそ、美奈穂はソフィアに歩み寄ろうと考えることができた。


「誓ってくれたことだし、そうね、もう他人行儀な呼び方は止めない?」


 疑うばっかりではダメだと思い直した結果、提案したことがこれだった。

 どういうことかわからずキョトンとしているソフィアに、美奈穂は恥ずかしさで顔を赤くしながら更にまくし立てる。


「悠真を取り合うライバルに、他人行儀な態度をされたくないし、したくないの!」


 致命的な言葉を口走てしまったことに気付きハッと口を閉ざす美奈穂だったが、時既に遅し。

 バッチリ聞こえたソフィアは、最初ライバルとはどういう意味かわからず首を傾げていた。


(ライバル・・・・・・ユーマ様に助けて貰いたいわたしと、ユーマ様に危険なことをして欲しくないミナホさん、ってことかしら?にしてはミナホさんが挙動不審すぎる気が・・・・・・あ!)


 そして、やがて自分の『悠真に全てを捧げる』宣言を思い出し、美奈穂の言う『悠真を取り合うライバル』の意味に気付いて顔を赤らめた。


「・・・・・・もしかして、ミナホさんって、ユーマ様のことを一人の男性として好きなのですか?」

「な、ななな何を言って!?」

「違うのですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別にいいじゃない、そんなこと。あと、また『さん』って付けた」

「ご、ごめんなさい」


 自分の気持ちに気付かれ美奈穂は更にリンゴのように赤くなる。恥ずかしさを紛らわす為に美奈穂は、ソフィアがまた『さん付け』で呼んだことを指摘した。

 怒られたソフィアはつい謝ってしまう。そしてーー、


「み、ミナホ・・・・・・」


 ーーと、たどたどしくも要望通り美奈穂の名前を呼んだ。


「よろしく、ソフィア」

「はい」


 美奈穂は手を差し出し、その手をソフィアが握る。


「私、諦めないから」

「わたしも諦めませんよ、ミナホ」


 二人は真剣な表情で握手を交わす。だが、そこには最初のような剣呑な雰囲気はなく、むしろ二人の口角が僅かに上がっているのだった。



 □□



 ソフィアは美奈穂の出て行くのを見送ると、盛大に溜め息を吐いた。


(はぁぁぁぁ・・・・・・緊張しましたぁ~~~~!!)


 今もまだバクバクと鳴る胸を押さえる。何を言われるのかと内心怖々としていたソフィアは、予想とは大分違う美奈穂の反応に混乱していた。

 罵倒されるかもしれないと思っていたらいきなり泣かれ、泣き止んだと思ったら悠真への想いを告白(?)されたのだ。わたしにどうしろと!と叫びたい心境である。


「ミナホさん、いえ、ミナホでしたね。顔を真っ赤にして、相当恥ずかしかったでしょうに、目だけはわたしから離しませんでした・・・・・・それだけ、ユーマ様のことが大切というわけですか」


 ソフィアは美奈穂の意志の強さに尊敬の念を抱く。


「ですが、負けられません。わたしは、国を救わなければならないのですから」


 それが王族、クランベル王国の第一王女として産まれた自分の使命だと、まるで自らに言い聞かせるように呟き、心を冷徹に切り替えようとする。

 しかしふと、悠真と美奈穂が恋仲となり、自分は離れた場所から見ていることしかできない光景を想像してしまい、ズキッと胸が痛くなる。


(なぜでしょう・・・・・・わたしは国を救えればいいはずなのに、二人が仲良くしている光景を想像しただけでこんなにも胸が苦しくなるなんて)


 ソフィアは頭を振って別のことを考えようとするが、胸の疼きが抑まる気配はない。


「ユーマ様・・・・・・わたしは・・・・・・」


 切なそうに悠真の名前を呟いたソフィアは、胸元から美しい花模様の銀のロケットを取り出した。中には、桜の木の下で寄り添う幼いソフィアと男の子の姿が映った写真が入っていた。

 そして、そこに映る男の子には、どこか悠真に似た面影(・・・・・・・・)があった。





「はぁ・・・・・・どうして、こんな・・・・・・」


 美奈穂はソフィアの部屋を出ると、深く溜め息を吐いた。

 彼女の表情は暗く、出るときとは打って変わってどこか思い詰めた雰囲気があった。


 美奈穂は別にソフィアの国が滅んで欲しいわけではない。むしろ救われて欲しい。ただ、その救う役目を悠真が担うことに抵抗を覚えてしまっただけなのだ。


 救われて欲しいけど、悠真がやるのは嫌。

 そんな自分勝手な感情に自分が嫌になる。


 乱れた感情と纏まらない思考を落ち着かせようと、美奈穂は『お気に入りの場所』に行こうと決めた。





 その後美奈穂は、『お気に入りの場所』であるベランダに悠真が居て、平静を装いながら、先ほどソフィアの前で気持ちをぶっちゃけたことを思い出し、内心慌てふためくのだった。

次回はデート回。


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