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星神様と眷属達  作者: キサラギ ソラ
第1章 神殺し
2/30

1-1 天使に出会う

物語の序盤って書くの大変ですね。後の方は結構思いつくのにって思いました(笑)

 胸が高鳴る。

 高校の屋上で、俺は見た。

 春の澄んだ青い空。

 絶えない喧騒に包まれるグラウンド。

 そんな当たり前の日常を打ち破る、非現実的な光景を。


ーー天使。


 それは、純白の羽が雪化粧のように屋上を染め上げる中、空からゆっくり降りてくる翼を持った少女。

 腰まである、光を想起させる透き通った金色の髪。

 どこか神官服のようにも見える白いドレスと、宝石をあしらった金の装飾。

 うっすら開かれた瞼から覗くのは、髪と同じ色の双眸。

 そして何より目を惹く、神秘的な印象を抱かせる人間離れした少女の容姿は。


 俗世の言葉で飾りたてるのを憚らせるほど、幻想的なまでに美しかった。


 俺が呆然として見ていると、少女が彼に視線を向け、口を開いた。


「ーーやっと会えました」


 風でかき消されれそうなほど小さかったが、少女の心地よい声音は確かに俺に届いた。

 目を見開いて驚愕する俺を、少女は優しく微笑みながら見つめる。


 このとき。

 この出会いをきっかけに。

 一つの運命の歯車が廻りだし、水瀬悠真の波乱万丈な日常が幕を開けた。



 □□



 朝の六時十五分。

 目覚ましが鳴るより早く目覚めた俺は、まだ夢の中にいるんじゃないかと疑った。

 布団とは異なる重みを感じるのだ。それも柔らかくて温かい、微かに動く重みを。


「……まさか、な」


 俺は呟やくと、手を動かし布団を捲った。

 布団の中には、俺の上でうつ伏せになって、安心しきった寝顔を見せる少女ーー妹のサラがいた。


 小柄な体。色素の薄い茶髪。整った綺麗な顔立ち。兄の目から見ても、この妹は美少女に分類できる。

 うつ伏せになって寝ているせいか、少し制服が崩れていた。

 小さいながらも確かな存在感を放つ乳房が、むぎゅうと押しつぶされている。


 俺は妹相手に欲情する変態ではないが、この状況はいささか危険だ。


「お~いサラさん、起きてくださ~い」

「んぅ……すー、すぅー……」


 肩を掴んで軽く揺する。

 しかしサラは起きない。むしろ眉を顰めて、暖を求め奥へ潜ろうとする。


(あっ、ダメ!そこをスリスリするんじゃない!)


 サラが奥に行こうとするたびに、俺の股の間に挟まっているサラのしなやかな足が擦れる。


(これは朝特有の生理現象だから仕方ない。仕方ないんだ!)


 どうでもいい言い訳を心の中でしながら、俺は慌ててサラの肩を先程よりも強く揺すった。


「起きろ!マジで起きて、ねえ!あ、こら潜って行こうとするな!ヒィッ!起きてくださいお願いしますーーぅ!」




 俺はなんとかサラを起こし、ベッドから出て行かせた。

 思いがけない奮闘に肩で息をする俺は、背を向け体を伸ばしている元気な妹へジト目を向けた。


「何で朝から俺の部屋にいる。そして何で寝てるんだ、お前は。鍵は掛かってたはずだぞ」


 俺の問い掛けにサラは振り向いて、何を言っているの?と言いたげな表情で首を傾げる。


「だーかーら!何でお前がここにいるのか聞いてんの!どうやって入って来た!」

「あ~それはね~、これ使ったの!」


 そう言って取り出したのは小さな金属の板。何やら緻密な模様が薄く刻まれていた。


「何だこれは?」

「う~んとね~、これは私が作った〈万能キーツール君〉。どんな鍵穴でも三秒で開けられるの」


 サラの言葉を聞いて二重の意味でギョッとした。

 まさかこんな堂々とピッキングしましたと言うとは思っていなかったのと、薄い金属板の非常識な性能に、だ。


「どんな鍵穴でもって……マジで?」

「ううん。鍵穴がない電子鍵とかは無理かな。けど、鍵穴があるタイプなら大抵は開けられるよ。ユウ兄の部屋の鍵って、鍵を差して電子認証しないと入れないタイプだから、開けられる鍵を作るのに苦労したよ~」


 誇らしげに明るく話すサラとは対照的に、俺の顔は真っ青だった。


 サラが作った〈万能キーツール君〉は、犯罪者にとっては喉から手がでるほど欲しくなるような代物だ。犯罪者に限らず、いろんな人間が欲しがるだろう。

 電子鍵の普及が進んでいる現在でも、多くの人はアナログな鍵を使っている。


 つまりコレさえあれば、侵入し放題となってしまうのだ。恐ろしすぎる。


 そして何が一番恐ろしいかって言うと、無邪気に悪意なくこんな物を作りだせてしまうサラ本人だ。


 我が妹であるサラは天才だ。

 父譲りの才能と、自身の発明品で稼いだ莫大な資金。自前の研究室(ラボ)で生み出される発明品は、どれも画期的で世界の最先端を行っている。

 世界中から「彼こそが地球上で最高の発明家だ」と賞賛される父に並び立つとまで言われるほどだ。

 父さんって半永久機関の実用化に成功したんだぜ。それに並ぶとか、俺の妹マジで凄すぎだろ。

 それが妹の評価を知った時の感想だ。


 俺は深く溜め息をつき、今も何やら笑顔で説明するサラの手から〈万能キーツール君〉を奪う。


(ナノマシンによって自動で変形する流体金属?鍵穴を瞬時に解析するだ?本当に何てモンを作りやがるんだよ、ったく)


 いきなり取り上げられたことに抗議の声を上げるサラに、発明品を作ったときに、それがどんな影響を周りに与えるのかを考えるよう言い聞かせる。

 道具は扱う人次第だというのはわかっているが、作った本人が犯罪行為をしてしまうのはいただけない。妹を犯罪者にしないために、俺は心を鬼にしてサラを叱った。

 手遅れだとは思いたくない。今回は俺相手だからノーカンだ。


 叱り終え、そろそろ着替えようと思った俺はサラに部屋から出るように言う。

 しかしサラは出て行こうとせずに、その場をくるっと回ってスカートの端を摘まんでポーズを取った。


「えっへへー!どう?高校生になっての初制服姿は。かわいいでしょー」

「初制服って言われても、制服買ってすぐの時に着てたの見てるから、イマイチ感動できないんだが……」

「むぅ~!それでもかわいいって言って欲しいの!ホラホラ」

「はぁー……」


 褒めて貰えれば別にいいようだ。

 かわいい妹様のお願いを断る理由もないため、俺は仕方ないなと笑いながらサラを褒めた。


「かわいいね、サラ。さすがは俺の自慢の妹だ」

「うん!えへへ、ありがとユウ兄」


 愛情の籠もった優しい言葉に、サラは大層ご機嫌になったようだ。


 昔から家族への愛が重すぎるとよく言われるーーあと、妹を骨抜きにするシスコンとも言われるーーが、このぐらいのことは何でもないと思う。

 好きなものは好き。それを誤魔化す意味がわからない。

 これが俺の持論である。


「そんじゃ、俺は着替えるから部屋出てくれ」

「やだ」


 なんでだ。


「俺、着替えるから出てってくれよ」

「えー、別に妹に見られても問題ないでしょ?」

「妹相手でも普通に恥ずかしいわ!お前も俺に見られたくねえだろ!?」

「ユウ兄なら別にいいよ?だから早く脱いじゃおー!」

「なんでだよ!?」


 俺がサラの発言に慌てていると、サラの目が怪しく光る。


「へっへー、なんだったらあたしが着替えさせてあげる!とうっ!」

「は?いったい何を……って、わあぁああ!」


 いきなり飛びついてきてはズボンを下ろそうとするサラに、俺はズボンを押さえて抵抗する。

 二人の攻防が拮抗していると、廊下からすたすたと足音がして部屋の前で止まると、バンッとドアを開けて一人の黒髪ストレートの美少女が乱入してきた。


「二人とも!朝からドタバタとうるさいわ……よ?」

「「……あ」」


 いきなりの乱入者に驚き固まる俺とサラ。

 そして俺は気づいた。

 これは少女からすれば、ズボンに手を掛けるサラと、妹に対してズボンを下ろそうとしている兄という構図になるのでは?と。


 実際に少女は顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。


「朝から何やってるのよ二人ともーっ!サラちゃんには起こしに行くよう言ったのに、こ、こんなこと!ていうか二人は兄妹でしょ、ダメよこんなの!いけないことなんだから~~~っ!!」

「え、あっ、ちょっと!これは違うんだ!誤解だ!」

「ふっふっふー。ユウ兄、今すぐ脱がせてア・ゲ・ル♪」

「お前はこれ以上ややこしくさせんな!」

「妹相手に何してるのよ!この変態!」


 ぱぁーん。


 少女に思いっきり頬を叩かれ吹っ飛ぶ。

 仕方ないとわかっていても、この理不尽な状況を嘆かずにいられなかった。



 この後、なんとか誤解を解いて、乱入してきた少女ーー藤井美奈穂にサラを部屋から連れ出してもらい、何とか制服に着替えることが出来た。



 □□



 俺は着替えると部屋を出てダイニングへ向かった。

 少し長めの廊下を歩き、改めて『我が家』について思いを馳せる。


 俺達が住んでいるここの名前は、『おざわ荘』。

 元旅館を少し改装した、小・中・高・大と学校や年齢関係なく、学生であれば入寮可能なちょっと変わった学生寮だ。


 俺の母が管理人をしており、今いる住人は俺の家族を除けば四人しかいない。


 先程の乱入者である美奈穂もここの住人だ。

 彼女は両親が仕事の関係でこの町を離れることになったとき、一人でもこの町に残りたいと言ったため、おざわ荘に預けられた。

 家賃などは親が払っているが、少しでも親に返そうと日々アルバイトに明け暮れる頑張り屋である。


 ダイニング、キッチン、洗面所は共有。

 お風呂は元旅館なだけあって屋内と露天の二種類の温泉だ。

 炊事、洗濯、掃除なども自分達でしなければならない。ただし夕食と各々の部屋以外の掃除は『当番』で決まっているが。


 三階建てで本館と別館、そして本館と浴場が渡り廊下で繋がっている。

 ただ今は住人が少ないことと諸事情により、別館は閉鎖している。


 ここおざわ荘には問題がある。

 それは住人の少なさだ。

 家賃がかなり安いが、部屋に鍵があるとはいえ男女が共に一つ屋根の下であるせいか、あまり入寮しようとする人はほとんどいない。

 男子なら、女子と一つ屋根の下というだけで集まって来そうなのに、それすらいないのだ。


 風の噂によると、昔に女子風呂を覗こうとした男子がいて、失敗したあげく毎晩悪夢にうなされるほどの罰を与えられたらしい……というものが流れているらしいから、それが原因かもしれない。

 噂も本当のことだし、仕方ないのだが。

 どうにかしたいというのが俺たちの悩みだった。


 とまあそんなところが、俺の我が家である。




「はーい、ミケちゃん。朝のご飯どーぞー」


 先にダイニングに行っていた美奈穂はおざわ荘で飼っているペットである三毛猫のミケにエサをあげていた。サラは既に食事中だ。

 俺はミケに近づいて頭を撫でる。

 エサを食べるのを止めたりしないが、嫌そうな素振りは一切しなかった。


 毛並みを堪能した俺は、朝食の用意がされているいつもの席に座った。


「いつもありがとうな、美奈穂。料理当番やってくれて」

「別にいいよ。好きでやってることだから」


 美奈穂はいつも俺達兄妹や、同じ時間帯に起きる住人の朝食を用意してくれる。朝食は当番の範囲外なのだが、本人がやりたいと言っている為任せることにしていた。


(まあ、料理がまともにできるのが俺と美奈穂と母さんだけってのもあるよな)


 おざわ荘住人の大半が料理ができないこと(そのうち一人はマズいの領域を超えた劇物を作る)に、悔しさが溢れる。母に負担を掛けないようにしているため、掃除はともかく料理は美奈穂と二人で交代で担当しているのが現状だ。

 料理できる人間があと一人欲しいところである。


 今日の朝食はトーストと目玉焼きにサラダだった。


「加奈子先輩と紺野先輩は?まだ部屋?」

「悠真、亮太君のこと忘れてるよ」


 忘れてる訳じゃない。わざとだから。


「加奈子先輩は部活で学校に行ったよ。紺野先輩はまだ部屋みたい。亮太君は……」

「あいつならまだ寝てんだろ。いつものことだ」


 俺がそう言うとサラがうんうんと頷く。

 そんな俺達を見て美奈穂は苦笑した。


「それにしても今年も新しい住人さんは現れなかったね」

「いっつも思うんだけどさー。あんときの覗き事件って時効になってもいいと思うんだよ。噂がなくなるって意味でさ。もう六年も前の話だぜ?」

「確かにね。ただ、あの覗き魔さんを徹底的に痛めつけた本人がそれを言うのね」

「むぅ……仕方ないだろ。あの大学生、美奈穂とサラが入ってる時間を狙ってやったんだから。あのロリコン野郎を許すなんて出来なかった」

「あのときは助けてくれて嬉しかったよ?けど、悠真にやられた後のあの人が哀れすぎたと言うか、無惨すぎたと言うか、ね」


 そこまでだったろうか。

 あのときは確か、足を縛って逆さ吊りにして冷水をホースでかけ続けたんだ。そしたら寒そうに震えていたから温まってもらうために、隣町のオカマバーに二時間ほど放り込んできただけだ。


 美奈穂とサラの裸を見ようとした変態野郎(ロリコン)相手に、だいぶ生温い罰だと俺は思っている。


 そんなことを考えていると、美奈穂が「反省してないんでしょ」とジト目を向けてきたので、俺は目を逸らした。


「こほん!と、とにかく、来年こそは新しい住人が入ってきてもらわないとな!いつまでもこれじゃあ回らなくなる。当番も、お金も」

「今も何割かはあたしとユウ兄の個人資産使ってるからね。あたしは別にいいんだけど、ずっと依存したままはマズいってのはわかるよ~」

「俺の個人資産なんてサラに比べたらちっぽけなもんだよ」

「……個人資産をここの運営に使ってる時点で二人とも相当なもんだって自覚した方がいいと思う」


 サラの言葉を俺が否定すると、美奈穂は呆れた声でそう呟いた。


「そもそも安いから管理費に困ってるんだから、ちょっと上げれば?」

「それはいくら何でも悪手だぞ、サラ。上げたらもっと人が来なくなって、根本的な問題が解決できない」

「あ、そうだった」


 サラは発明以外では抜けたところがある。そこもまたサラの可愛い所ってことなのだろうが。


「それじゃあ学校のサイトの寮の紹介にウチも加えてもらおうよ!」

「え!?おざわ荘ってどこかのサイトで紹介とかしてないの?」

「えっと、確か……やってない」

「…………」


 やめて!そんな目で見ないで!


 サラの出した案に、美奈穂は当然やってることだろうと思っていたのか非常に驚いていた。かくいう俺も別の意味で驚いた。


 今さらだが、おざわ荘は特定の学校の寮ではないから、学校のサイトに載ってるわけがない。

 だが、載せてもらうことができれば、来年からは期待が持てるだろう。本当に何で今まで思いつかなかったのかわかんないレベルだ。


「後で母さんに言っておくよ。ウチの高校なら多分無理にでも押し切れるだろうし」

「そっか。それじゃ、いいアイデアも出てスッキリしたところで、さっさと朝ご飯食べちゃってね、悠真」

「え?……あっ!」


 話込んでて食べるのを忘れていた。

 既に美奈穂とサラは食べ終わっている。


 俺は急いで食べる。

 目玉焼きがいい具合に半熟で美味でした。



 □□



 朝食を食べ終え、準備を済ませた俺と美奈穂は学校へ向かった。

 サラは入学式が午後からであるため一緒には行けず、留守番している。

 通学路を歩く俺達二人は、他愛ない話をしながら二十分程で学校に着いた。


 私立水城(みずしろ)高等学校。

 この町でたった二つしかない高校の内の一つだ。もう一つは普通の公立高校。

 この高校の特徴は、普通科と様々なコースの集まりである工業科に分かれていることだ。

 工業科と言っても、内容は普通のカリキュラムの合間に専門的な最先端科学技術の授業を行っているらしい。


 この町出身者は大抵が普通科に行く。もしくは公立高校に。


 工業科は外部からの進学が数多くいる。

 その理由は最新科学を研究する水城工業大学とほぼ同じ設備を持っているから。


 これにより、毎年冬に全国からこの高校を受験する中学生が集まってくるのは、この町の名物にもなっている。


 おざわ荘の住人では、俺と美奈穂と亮太が普通科二年。加奈子先輩が普通科三年。サラが工業科一年。そして水瀬舞(みなせまい)という現在留学中の義姉が工業科三年にいる。



「あっ、悠真!あそこに新しいクラス表が張り出されているみたい」


 そう言って指差す先には、人だかりのできている昇降口と大きめの紙がある。

 俺達もそこへ向かった。


「えーっと……俺はどこかな?」


 左側の一組から順に自分の名前を探していく。


(あっ、美奈穂の名前があった!五組なんだな)


 自分のより先に美奈穂の名前を見つけしまった。俺は視線を下げると、美奈穂の名前から少し下に自分の名前があるのを見つけた。


「やった!一緒のクラスだよ、悠真!」

「ああ、幸先いいスタートだな」


 俺の心はかなり舞い上がっていた。同じクラスの所に広田亮太(ひろだりょうた)の名前があるのを忘れるぐらい舞い上がっていた。

 心を許せる人が近くにいるだけで、ガッツポーズしたくなるくらい嬉しいのだ。


 俺達は教室に行く。

 教室には既に何人か生徒がいて、各々好きなように時間を過ごしていた。


 俺は自分の席を確認すると、さっさと向かう。場所は廊下側から二列目の前から二つ目の場所だ。

 美奈穂の席は俺から左一つ後ろだった。

 名前順だな。


 美奈穂は友達と会話をしていた。

 俺の方は読書をして時間をつぶす。

 チャイム十五分前。一人の生徒が教室に入ってくるなり、中をぐるっと見回したかと思うと、半ばで視線を止めて歩いていく。

 俺のいる場所に。


「おい!悠真よう、何で起こさずに先に行っちまうんだよ!遅刻するかと思って焦ったじゃねえか!」


 机に勢いよく手で叩き捲くし立てる男をジロリと睨む。

 読書の邪魔をされたのと、煩いことと、このクラスにも生息しているらしい腐った女子を喜ばせかねない発言をした、このアホへの苛立ちをぶつける。


 このアホこそ、美奈穂ほど長い付き合いではないが、幼馴染の広田亮太だ。


「なぜ俺が起こす必要がある。いっつも美奈穂の手を煩わせるお前に対して、永眠させるならまだしも起こしてやる義理なんてない」

「永眠ならいいのかよ!」

「ああ」

「否定して殺そうとしないで?ていうか物騒なこと言わないで!?」

「安心しろ、冗談ーー」

「ですよねー。お前がそんなことするないってわかってるよ、俺は」

「ーーなわけないだろ」

「なんで!?」


 一気に教室の一角ーー俺らの所ーーが騒がしくなった。それに気付いて美奈穂もこっちへやってくる。


「いつも元気だね。二人は」

「「おうよ」」

「本当仲いい。ふふっ」


 美奈穂は可笑しそうに笑う。それに釣られて俺と亮太も笑った。


「そう言えば、何で亮太このクラスに居んの?」

「「え?」」


 俺はふと思ったことを口に出すと、二人は「何言ってん(る)の?」みたいな目で見てくる。

 亮太は口端を引きつらせていた。


「う、嘘だよな悠真。冗談だろ。俺もこのクラスだぜ?」

「え、マジで!?」

「素で驚かれた!?俺の名前、お前の少し上にあったろ!?」

「……すまん。完全に見落としてたわ」

「……悠真、さすがにそれは亮太君が可哀相だよ」


 だ、だけど見落としてたのは本当なんだよ。


 そうこうしているうちにチャイムがなり、先生が教室に入ってくる。その後、俺達は体育館で始業式のなっが~い学校長の話を聞いた。




 俺は教室でぼーっとしていた。

 既に生徒は下校しているため、教室には俺以外誰もいない。

 美奈穂はバイトに行ったし、亮太は遊びに行っていることだろう。

 昼食を終え、することのない俺はサラの入学式が終わるまでの時間をどうつぶそうか考えていたのだ。


(どうすっかなー・・・・・・。二人の内どっちかがいれば退屈しないのに)


 内心自分の選択に後悔していた。なぜ自分は無人の教室で待つと決めたのか、と。


 教室の時計を見る。ちょうど三時を過ぎたあたり。

 入学式が終わって、教室に行って諸連絡をしたりとあることも踏まえると、あと二十分ぐらいかかるだろう。


 寝ようかな、と机に突っ伏そうとしたそのときーー、


「ーーッ!?」


 背筋がゾワッとする『何か』を感じて、俺は飛び起きた。

 あまりにも異質すぎるその『何か』に、魂が揺さぶられるかのような感覚。


(行かないと。誰かが呼んでるーー)


 気づけば俺は教室を飛び出していた。まるで導かれるように。

 廊下を走って本館へ。そして階段を上る。着いた場所は屋上へ出る扉の前だった。

 鍵はもちろん開いてなかった。


 どうしようかと悩んだが、俺はあることを思い出してポケットに手を入れた。

 そこから出したのは、〈万能キーツール君〉。

 今朝サラから取り上げ、着替えた後ポケットに入れたのをすっかり忘れていた。


(サラ。俺に説教する権利はなかったよ)


 やっちゃいけないことだとわかっていても、止まることはできなかった。

 俺はためらいながらも〈万能キーツール君〉を鍵穴に差した。


 ピッ!


 軽快な音が鳴り驚きながらも鍵を回す。

 鍵は確かに、開いてしまった。


 サラの発明品の凄さに冷や汗をかきながらで屋上に出る。


「な、なんだよ。これ……」


 宙に浮かぶ幾何学模様の大きな円陣。アニメなどに出てくる魔法陣に似ても似つかないものが、そこにあった。

 円陣の中心には黒い穴がぽっかり開いていて、それを見た瞬間俺は、理屈ではなく本能で『何かが来る』のがわかった。



 俺の予感は正しかった。そして黒い穴から出てきたものを見た瞬間、思考が止まってしまうほどの衝撃を受けた。


 現れたのはあまりにも美しい天使のような少女。

 天使の輪はなかったが、背中から生えた翼だけで、天使と思うのに充分だった。

 着ている服は、白いドレスのようでありながら派手な感じはなく、どこか神秘的な――敢えて表現をするなら、神に仕える者が着る服のようにも見える。

 金糸の如き髪がふわりと揺れて、光を反射し輝いていた。

 少女がゆっくりと降りてくる。

 俺の周りでは純白の羽が、雪のように降り注いでいた。


 少女が目を開いた。

 まるで、あらゆるものを引き寄せてしまうような澄んだ青い瞳。


 目が合う。

 すると少女は嬉しそうに微笑み、それに見惚れた俺は胸が高鳴った。


「ーーやっと会えました」

「ーーッ……」


 少女の声を聞いただけで、頭の芯が痺れるような錯覚を覚えた。


 自分で少女から目を話すことができない。

 それだけ眼前の少女の存在は、強烈と言えるほど美しい。

 だが、俺が見惚れている時間は、そう長く続かなかった。


「あ、危ないっ!」


 少女の足が地に着いた瞬間、彼女の体が、力が抜けたように崩れる。

 俺はそれに気づくと我に返り、慌てて少女の体を抱えるように支えた。

 少女は気を失っていた。


「……いったい、何なんだよ、これは」


 状況に理解が追いつかず困惑する俺の呟きは、虚しく風に溶けていった。





誤字などがあれば報告してくれると嬉しいです。


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