第七十九話・貴族権限
グラたん「(虚しい事に気が付く)……第七十九話です……」
田舎城とはいえギルドや宿屋、商店くらいはある。
ギルドに報告を済ませて適当に夕食を頼むと――まあ、当然ながらガラの悪い連中が絡んでくる。
「なあなあ、ちょっといーか」
「お前は黙ってろ。食事中にすまないが少しいいかな?」
今回絡んできたのは四人。
ガラが悪く頭の悪い馬鹿とガラは悪いが無口な奴と丁寧な対応で介入してくる女性騎士と金髪縦ロールの嫉妬屋だ。
正直言ってそうとう面倒くさいのに絡まれたとしか言いようがない。
最初に絡んできた馬鹿は女性騎士に顔面を掴まれて地面に埋められ、恍惚をした表情をしていた。
それを金髪縦ロールが侮蔑している。
「ああ、どうぞ」
対応は一応リーダーの亮平が行い、席を勧めた。
「失礼。……要件は、五人とも見たところ腕の立つ御仁と見受けられたため依頼をしたいのだがその前に会話しておきたいと思って邪魔させて貰った」
余談だが、クロフィナさんはエンテンス城の状況視察に行っている。
「そうですか。あ、自分は田中亮平と言います。五人はパーティーメンバーです」
「田中亮平……。もしや貴方はアジェンド城の騎士ではないでしょうか?」
「騎士――まあ学生をしながらですので将来的に、ですけれど」
「いや、お会いできて光栄だ。アジェンド領では第一王女様を救った英雄で更に王女様と婚約までされたと聞いています。――ということは貴方たちは先の戦いで現場にいた方たちですね」
国王か宰相め。あながち間違ってはいないが事実を改変したな。
「ねえ、いい加減本題に入ったらどうなんですの?」
高飛車縦ロール……もう分かっていると思うがキャンスだ。
そのキャンスが苛立った声を出し、女性騎士は一度咳払いをした。
「申し訳ありません。素性が確かな貴方たちになら依頼しても問題はないでしょう。依頼というのは明日までに彼女、キャンス様をアジェンド城に送って頂きたいということです」
「なるほど。嵩都、転移はまだ使えるか?」
「硬直時間も終わっているが転移しても城外に弾かれるぞ」
アジェンド城は夜になると教会から対魔結界が張られるため転移しても近隣にしか転移できない。
無論、力を使えば余裕で突破可能だ。
「あ、そうか。じゃあ結局明日か」
「そうなるが――頼めるだろうか? ついでに私たちも転移させてくれるとありがたい」
亮平あもう一度俺を見たので俺は一泊置いて人の悪い笑みを浮かべた。
「でも、そのキャンス様は俺たちに依頼して欲しくなさそうですよ」
女性騎士はここで初めてキャンスの表情を見た。
この上なく嫌そうな表情だ。嫌というほど良く分かる表情をしている。
「キャンス様?」
「……だって、プレアデスと朝宮がいるのですもの」
「しかし――」
そこで俺は更に突っ込みどころのある追い打ちをかける。
「でしたら俺とプレアは依頼を受けない、でよろしいのではないですか?」
「むっ――しかしそれはそれで悪いような」
と騎士が迷いを見せると亮平が慌てて止める。
「いや、転移は今の所、嵩都とプレアデスさんしか使えないから抜けられたら一日じゃ無理だ」
「それは――困ったな。キャンス様、ここは妥協してくれませんか?」
「嫌ですわ」
「しかし転移結晶は先の戦いで使ってしまったのでもうありません」
「ぐっ――」
多分その戦いでキャンスが怖くなって使い、結果として現在の状況にあるだろう。
そこで俺がすかさず折衷案を提供する。
「はっきり申し上げて俺たちもキャンスさんが嫌いです。むしろ学内では被害を受けていると言っても過言ではなく、正直、感情論で言えばここで見捨てて帰ってもいいくらいです。しかし依頼と言うならば遺恨は別にして引き受けますよ。依頼しなくてもいいですが他に当てでもあるのですか?」
今までの恨みも含めて少々棘を含めて言ってみたりする。
ちなみに貴族権限とは貴族が庶民に対して命令できるこの世界の絶対服従システムだ。
だが、このアジェンドはそれを良しとしていない。
乱用する輩には必ず報いが起こるアジェンド流の権限があり、他の貴族もそれを恐れて乱用をしなくなっている。
だが、それは大人の話。子供は悪い大人を見て育つことから悪用は絶えないし、悪い子供は悪くなりそうな娘に悪いことを教えるものだ。
実際、俺の仕事もその取り締まりが多く、殺害系統はあまりない。
ちなみに殺害しても国公認のシステムがあるから干渉を受け付けない。
だからと言ってそれを悪用した殺人者は例外なく俺によって処罰されている。
話が逸れたが要するに貴族権限を乱用する輩は厳しく処罰するということだ。
「嵩都、それは彼女たちも分かっているから俺たちに依頼しに来ているんだろ?」
「だろうな。それで、どうします?」
「――依頼をお願いしたいのは山々だがキャンス様の指示に従う。キャンス様、選んでください。是か否か」
「嫌です! そもそもなんで貴族たる私が庶民に頼まねばならないのよ! いっそ無料で送るくらいが普通でしょう!?」
即答だ。うん、概ね予想通りだ。
「――不成立と見なしたためお引き取り願います。騎士殿、気が変わったりしたらまた明日ここに来てください。正午にここで待っていますので」
「かたじけない」
「はぁ!? ちょっと何勝手に終わらしてるのよ!」
キャンスがいよいよウザくなってきたがまだ我慢しておく。
「キャンス様、次の場所に移動しましょう」
騎士がキャンスの袖を引くとキャンスはより癇癪を起した。
「ちょっと! 嫌よ! こいつらがお願いすればいいでしょ!」
「お願いするのはこちらです。それを間違えてはいけません」
「うるさい! 私は名門貴族よ! 庶民が逆らうんじゃないわよ!」
そう癇癪するキャンスをしり目に他の二人が騎士に小声で何かを言い、騎士は渋々それに頷いた。
そして二人に金を渡して二人は去っていった。
多分奴らとも契約していたのだろう。
じゃ、グッバイ。プレアたちをゲスイ目で見た報いをくれてやる。
空間魔法を発動して姿が見えなくなった二人を城外の湿地帯の上空一万mくらいに召喚してやる。
ひゅるる~ぐちゃ。
そんな音が強化された聴覚に聞こえ、一応探知で確認してみると湿地帯に内蔵ぶちまけて死んでた。
明日の朝には魔物やハイエナの餌になっているだろう。
金はちゃっかり回収して騎士のお財布に返しておいた。
さて、意識を戻すと騎士とキャンスの言い合いに亮平が参加したことによって起爆した。
「いい加減にしろ! 貴族だとしても我儘が過ぎるぞ!」
流石の亮平も切れた。プレア、フェルノ、博太は被害を恐れてさっさと夕食を済ませて宿屋に戻って行った。俺も亮平も目で頷いたので大丈夫だろう。
「黙れ黙れ黙れぇ―――ッ!! もういいわ! 貴族権限を行使して命令してやるわ!」
俺はキャンスに最後の忠告をするために立ち上がる。
多分無意味だと思うが警告はしたという事実があればいい。
幸いにも第三者は大勢いることだし言い逃れはさせない。
「キャンス・レアハイアー、最終警告だ。その権限を行使すると家名にも泥を塗るぞ」
「ハッ! 庶民が何を! キャンス・レアハイマーの名においてお前たち六人に対し権限を実行する! 命令を聞きなさい!」
すると俺たちの体に赤いコードらしき文字列が巻き付こうとする。
警告はしたので俺はストレージから特務コートを取り出して羽織り宣言する。
「特務機関第三位アストがその命令を上書きし、命令を破棄する。そして貴族権限を乱用したキャンス・レアハイマーを捕縛する」
俺が宣言すると皆の体に巻き付きかけていた赤いコードが消え、キャンスに巻き付いた。
「なっ! 特むがッ!」
手早くキャンスにボディーブローを入れて地面に叩きつける。
そして常備している縄を持って両腕を背後に廻して固定し、捕縛する。
続いて足とももも固定して逃げられなくする。
キャンスがようやく事態を把握して逃げようと動くので足を踏んで動けなくする。
その一連を見ていた酒場の連中が顔を真っ青にしている。
そう、特務はこの国では貴族や上級貴族を凌ぐ権威者たちだ。
その中でもトップ十に連なる特務は国王の命令を破棄して行動することも出来る。
現行犯の場合、実力でどうにかできるのならどうにかして良いことになっている。
だがまあ、こいつを嵌めたことは否定しない。
「ぐっ――離しなさい! 貴族の私にこんなことしてただで済むと思っているの!」
「それはこっちの台詞だ。この国で貴族が特務に勝てると思うな」
「くっ、お父様に言いつけてやるわ!」
子供か。見苦しいので止めを刺してやろう。
「確かビークル・レアハイアーだったかな? 文官で正義感が強く腰が低い出来る人物だ。だが、貴族社会では娘の責任は親の責任になる。俺の権限で即クビにして一家一族郎党路頭に迷わせることも可能だが、それでも足掻くのか?」
その言葉に明らかにキャンスが怯えた。やっぱり追放は怖いか。
「な、い、いくら特務でもそんなこと出来るわけがない!」
「特務第三位は特務の上位を占める百人の更に上位の存在だ。国王にすら逆らう事を許された特別な存在だ。ちょっとした職権乱用も必要上なら認められている」
そういうとキャンスは親の仇と言わんばかりに睨んでくる。
ここまで聞いてまだ睨めるとはある意味称賛出来る。
「ちなみに権限上でお前はこの城で誘拐されたことにしてどっかの貴族に性奴隷として売却することも出来るのだが――」
「お、おい、嵩都。いくらなんでもそれは――」
うん、俺もマジでやる気はない。あくまで脅しだ。
でもそれを言っても引かないこの子はどうしたら良いだろうか。
睨むのにちょっとムカついたので脇腹を二、三回蹴る。
少し力を入れたのでキャンスが苦しそうに咳払いをした。
「いや、いっそ権限違反で殺すか」
俺はヴァルナクラムを引き抜いてキャンスの首元に近づいていく。
キャンスは俺の淡々とした声に恐怖を覚えたのか少しだけ顔が青くなった。
「嵩都! いくらなんでもやり過ぎだ!」
キャンスとの間に亮平が入る。
「亮平、公務執行妨害で斬るぞ。それに悪いのは権限を乱用したこいつだ」
這い蹲っているキャンスに剣を向けて更に恐怖を煽らせる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そこへ先ほどの騎士が間に入ってくる。
「キャンス様が権限を乱用したことはお父上様に報告するが殺すのはやめてくれ! 金でも私の体でもくれてやるから見逃してくれ!」
――この騎士は余程こいつの家に忠誠心があるようだ。それか何か事情があるのか。
それはそうとこの騎士は良く見るとグラマーだ。そそらないと言えば嘘になる。
――――何処か の 窓 から 鋭い視線 を 感じた!
「分かった。殺すのは止めてやろう」
そう答えつつ先ほどの視線の位置を探る。――はい、プレアでした。
何故この距離で俺の思考が分かったのだろうか? まさか読まれているのか!?
そんなわけはないと思いたい。
「とりあえず明日罪人としてアジェンド城に護送する。良いな?」
「……了解です。身柄は責任を持って私が預かります」
「一応監視はするので、対象が逃走した場合もしくは貴方と共謀して逃走した場合は貴方も罪人として扱います」
「構わない。感謝する」
騎士が礼を告げてキャンスの縄を解き、連れて行った。
「嵩都、お前本当に変わらないな。仮にも女なんだし手加減してやれよ」
「この世界でその理屈が通ると思うなよ。下手すれば女尊男碑になるぞ」
「はぁ……まあ言い分は分かるからいいけどさ」
「お前のその正義感もな。さて、俺たちも戻ろうか」
「そうだな。っと、その前に皆さんお騒がせしました。今いる皆さんのお代は彼が払うので飲んでください!」
すかさず亮平が俺に迷惑代を払わせようとする。
「って、俺かよ!? そこは俺たちもだろ!」
ただで払うわけにはいかない。それこそ巻き添えをくれてやる。
「じゃ、四割で」
それは読まれていたのか亮平はあっさり妥協した。
「お前が四で俺が六かよ。まあいい」
俺は亮平に大体百万エルを渡した。
亮平はそれをカウンターに持っていき、契約書を作って支払った。
俺たちが去った後はどこから聞きつけたかは知らないが荒くれや飲んだくれが集まって盛り上がっているようだ。
ちなみに契約書にも今いると書かれているのでそれ以外の生物は契約外だ。
契約書にも効果というものがあり、調印すれば契約内容が実行される。
金額は書類の中央に加算される仕組みだ。
この場合だと今いる生物以外が入場しても加算されないようにできている。
どういう原理かは魔法だからの一言で済ませて置く。
次の日の朝、多重の警備員を連れてギルドの受付嬢が良い笑顔でお礼を言いに来た。
さて、それはさておき昨日の内に依頼を終えてしまったので今日は暇になってしまった。
せっかくなので俺たちはエンテンス城を見て回ることにした。
今は最初に召喚された儀式の間とやらにいる。
「あれからもう三か月か……」
博太がしみじみと呟く。
「そういえば俺たちはいつ帰れるんだろうな?」
亮平の一言で俺たちの表情は固まった。
そういえばそうだ。確かに召喚して帰れないのはおかしな話だ。
「さてな。戻ったら国王様に聞いてみるのもいいかもしれない」
それかいっそ魔帝に。そうだ、ちょうどこの話題なら昨日のことが教えられるな。
「帰れる――そういえば昨日言ったあの書庫で分かったことがあるんだが」
「ほう」
「あの書庫は過去に勇者召喚した記録が残されていてな、ただ、どの時代も帰還方法がない――いや、昨日は言わなかったが少し荒らされていたんだ。もしかすると俺たちを返したくないと目論む何者かが廃棄したのかもしれないな」
「なんだと……しかし逆に言えば帰還する方法はあるということか」
「そうなるな。召喚のプロセスを解明できればその逆流を使って帰れるかもしれない」
「そう上手くいけばいいが――とりあえず戻って聞いてみようぜ」
「そうだな。転移」
俺は転移を発動し、アジェンド城へ飛んだ。
キャンス「馬鹿な! この私が! このキャンス様がぁぁぁぁぁぁ!!」
(謎の爆発)
グラたん「派手にやられてくれました。ああスッキリしました」
グラたん「次回、襤褸雑巾のように……えっ? まだやるんですか?」
嵩都「さてな」




