第六十六話・宗教国家ハイクフォック
アネルーテ「大丈夫、嵩都は怖くない。大丈夫……」
プレア「第六十六話、始まるよ~」
クロフィナ結婚まで後一日。
次の日。スレを見てみると俺に触発されたのか皆の過去が暴露されていた。
孤児、通り魔、誘拐、奴隷――種類は色々。誰がどうとかは言わない。
あそこの高校にいた奴らは皆過去に傷がある奴だ。
その中でも俺は異質。異常な殺人者だった。
日本でもこっちでも、俺は人殺しだ。今は感覚が狂ってもう何も感じていない。
いや、違うな。感じてはいる。人殺しの快感を――。
「あ、嵩都。おはよう」
プレアが起きてきたようだ。寝ぼけているのか足取りが危ない。
俺はトースター台を起動してパンを取り出す。
バターを取り出して軽く塗り、トースターに放り込む。
朝食はトーストしたサンドイッチだ。中身はBLTとタマゴサンド、それにツナサンドだ。
副菜には特製ドレッシングをかけたサラダ。
飲み物はアイスティーとアイスコーヒーだ。
「おはよう、プレア。朝食を作るからちょっと待ってて」
「うん……。ねぇ、嵩都」
プレアに呼び止められ、食材を切る手を止める。
いくらスキルを持っていても不注意で指を切ったら笑えない。
「どうした?」
「昨日のことだけどね、ボクでもやっぱり少し嵩都のことが怖いと思う」
「そうか……」
まあ、当然だな。そう思ったのも束の間、プレアはいつもの笑顔を作った。
「でも、ボクは付き合い方を変えたりしないよ。嵩都のことが好きだもん」
ふっ、やっぱりプレアはそう言ってくれると思った。
過去は結局過去でしかないからな。大事なのは現在だ。
でもまあ、そんな俺を受け入れてくれたプレアには感謝だな。
「ありがとう、プレア」
「ふふっ」
プレアは上機嫌で洗面所へと向かって行った。
それを見送って、再度野菜を切り始める。
トーストも焼けて、サラダも作り終えて、朝食の準備が終わった。
まだ少し時間があるな……せっかくだし何か作ってみようか。
そう考えていると二階から二つの足音が聞こえてくる。
「アスト、おはよ」
「おはようございます」
司とアネルーテも起きたようだ。
二人はプレアとは違ってちゃんと目が開いている。
二人は顔を見合わせ、頷いた。そして先に言葉を出したのは司だ。
「……アスト。昨日のことなんだけどよく考えたらそんなに悩む必要はなかったね。過去でも今でもそんなに変わらない。やっていることもね。そういうわけだからこれからもよろしくね」
司らしい言葉だ。確かにこっちに来ても特務ごとに殺ってるのは変わらないし。
近しい人種だからこそ付き合いやすいとも思えるのだろう。
「ああ、頼む」
「あの、私は……」
最後はアネルーテだな。
少し恥ずかしそうに、少しおびえるようにこちらを見ている。
そんな様子も可愛いと思ってしまう自分がいる。
「私はアストの過去を、本性を見ていないから何も言えない。けれど、アストにもそういう一面があったことは覚えておくわ。出来ればずっと今のように優しく温かい人で居てほしいと私は思っています」
……優しく、温かく、ね。否定したくはないが、土台無理な話だ。
現に……どんなに優しくしようとも最後に俺はアネルーテを裏切る。
それが分かっていて優しくするなど……到底許されることじゃない。
「……そうだな。司、アネルーテ、ありがとう」
いや、計画の障害になるようなことはしたくない。
本人が望むならそういう風に振る舞うのが一番だろう。
「ねえ、アスト。せっかくだし……その、私のことをルーテって呼んでくれない?」
アネルーテが少々顔を赤らめながらそう言って来た。
もっと親しくなりたいということだろう。そのくらいは分かる。
それに最近の彼女からは好意的なものを感じている。
「い、いや、仮にも一国の王女をそう呼ぶのは――」
と、一回断る。こうすることで彼女は必ず頬を膨らましてムキになる。
「いいの! 私的な場ではそう呼んで頂戴?」
「あ、それなら私のこともつーちゃんって呼んで」
そこへ司が横やりを入れてくる。敢えて無視する。
俺はルーテの言葉にしっかりと頷く。
「分かったよ、ルーテ」
するとルーテは顔から湯気が出そうなくらい顔が真っ赤になった。
ここまでわかりやすい反応を見せられて分からない馬鹿はいない。
つまりルーテは俺の事が好きなのだろう。
俺自身は……どうなんだろうな?
「ねぇ、私は? 私は無視なの!?」
思考にふけっていると司が抗議してくる。そういえば居たな。
うーん、司の事はそのまま呼ぶのも癪だしこう呼ぼう。
「いいぜ、そう呼んでほしいなら呼んでやろう。……つーたん」
「ちょっと――ッ!?」
そう呼んでやると司が絶叫に近い悲鳴を上げた。
なんとなくだが、その呼び名が頭をよぎって何故かしっくりきた。
「あ、そうだったの? 気が付かなくてごめんね、つーたん」
ちょうどプレアが戻ってきて俺の悪乗りに参加する。
プレアもこういう乗りはちゃんと乗ってくれるから面白い。
「ち、違――」
「……つーたん」
否定をしようとするとルーテから追い打ちかけられて膝をついた。
流石にもう止めてやるか。
「すいません、今まで通り司でお願いします……」
「はいはい。冗談だから。ほら、そろそろ朝食にしよう」
司を立ち上がらせて席に誘導する。
その後も少しばかり引き摺っていた。
朝食を食べ終えて少し経つとハイクフォック城が見えてきた。
ハイクフォック城はデ―テスラ大陸の最南端に位置する城だ。
ここから見ても分かる城下町の中央にそびえ立つのが大聖堂。
その大聖堂を囲む形で城が形成されており、その下が城下町だ。
宗教国家なだけあり、参拝者が城の外にズラリと並んでいる。
ちなみにハイクフォック領にはいくつもの神社や寺院、果ては祭壇まである。
それでいて俗世にも関わっているから、宗教団体としても人気がある。
信者に無理をさせないというスタンスも一役買っているのだろう。
そして俺たちは街門前までやってきた。
「止まれ! 何処から来たものか!」
案の定門番に止められた。馬の足を止める。
俺が騎士の鎧を纏った状態で外に出る。
「中央国アジェンドより第一王女様のご結婚式に参った騎士アストである。中には第二王女様と従者が二名いる。書状はこれだ」
門番に書状を渡すとその紋章と内容を見て頷いた。
「確かにアジェンドの紋章だな。開門!」
門番が叫ぶと徐々に門が開いていく。
「ご苦労」
「いえ、先ほどは失礼しました。ようこそ、宗教国ハイクフォックへ!」
先ほどとは打って変わり門番は騎士礼で俺たちを迎えた。
俺は御者台に移り馬の手綱を引く。
俺たちが到着したことが伝わったのか正面の城内から騎士たちが現れる。
そして俺たちの前に来て先導を始める。
辺りの城下町を見渡すと人々が今回の結婚に便乗してお祭りをしているようだ。
その当人たちの気持ちも知らずに。
そして明日、ここが戦場になることも知らない平和な表情で謳歌している。
城に着きプレアと司が正装してルーテの手を取り降りていく。
三人とも美人な上にドレスが良く似合っている。
プレアは水色のドレス、司は対照的に深い赤のドレス。
そしてルーテは意外にも黒のドレスを着こんでいた。
この世界で黒いドレスは冠婚葬祭だ。結婚式に着ていくのはマナー違反じゃない。
しかも彼女たちのドレスには宝石がちりばめられている。
それにわずかに化粧をしている性か大人びて見える。
俺の恰好は変わらず騎士装備。しかも戦闘になっても――否、戦闘になること前提の装備だ。
兜は腰に着け、鎧、小手、具足など必要最低限の部位を着け、少々装飾がしてある程度の鎧だ。
腰には聖剣ヴァルナクラムを鞘に仕舞って装着している。
鎧一式の色は白を基準に装飾色を青色にしているため聖騎士みたいな格好になっている。
ちなみに誰の嫌がらせかご立派なアジェンド国紋章が背中に大々的に入った白い外套がつけられている。 しかも多少なりと魔法耐性が付いているから取り外すわけにもいかない。
今は慣れたがこれを最初に着た時はコスプレかと思ったほど恥ずかしかった。
プレアと司はルーテの自室にて設備を整えているところだ。
それに魔王連合軍にも連絡して地形や配置を教えているようだ。
俺とアネルーテは兵士に連れられて謁見場前に来ていた。
「アジェンド国第二王女様及びその近衛騎士様ご到着!」
謁見場の扉が開くと共に門兵の声が上げられる。
中には貴族や王族の面々が揃っている。流石にバルフォレスの面々はいないようだ。
そこには大典や川城たちの姿もある。筑笹たちはいないようだ。
やはり何か企んでいそうだな。何を企画しても無駄だというのに。
貴族や王族の好奇的視線を浴びながらルーテが先に歩き、その後に俺が続いた。
この国の国王は良い感じのミドルだ。気のせいか我らが馬鹿王と同じ匂いがする。
そう思っているとルーテがドレスの裾をつまんで優雅に礼をした。
「アジェンド国第二王女アネルーテ・スファリアス・アジェンドです。この度はご子息殿と我が姉上様のご結婚を喜ばしく思いますわ」
本心では全く逆のことを思っているのによく言えるものだ。
とはいえ、俺もそれに倣っている辺りルーテと何一つ変わらないのだが。
「うむ。よくぞ参られた。最後に会ったのは一昨年だったか? また一段と美しくなられたな」
「ありがとうございます」
「して、そちらの聖騎士殿はどなたかな?」
その言葉を聞いて胸に手を当てて王に対し騎士礼を完璧な角度で取る。
これも散々に体に叩き込まれたから忘れようもない。
「お初お目にかかります。第二王女様護衛騎士朝宮嵩都と申します」
「朝宮嵩都殿か。ふむ……そこらの騎士よりもお強いと見受けられるな。覇気がそう語っている。参考までに剣は如何ほど使えるか?」
これは単純にスキルを聞いている。
普通、スキルの詮索はマナー違反だが相手が国王ではそうもいくまい。
「剣は……スキルで言えばLv10ほどです」
むしろ護身用くらいにしか思っていない。実際、魔法の方が使い勝手が良い。
最も、魔法よりも真空波の方が使いやすいのは言わなくても良いな。
「Lv10……だと!?」
ん? そんな驚くことだったか?
貴族たちもなんかざわめいている。
「オホン。失礼。いやはや流石は大国は凄まじい騎士殿をお持ちだ」
「お褒めに預かり光栄です」
「して、騎士殿はその職に就かれる前は一体何をなされていたのかな? 私の予測だと将軍――いや、大将軍ではなかろうか?」
聞くたびに思うが将軍だの大将軍と言われると笑いたくなる。
ちょっと時代と役職が古い気がする。
それと俺をそんなゴミ職と一緒にしないでほしい。
「いえ、どちらでもありません。私は勇者ですので」
「なんと! ふむ、ならばその強さも納得が行く。アルドメラ王の妄言だと思っていた魔王軍の存在もあり得るのかもしれないな」
国王は全く信用されてなかったことに内心で噴いた。
それもそうだろう。魔王軍などこの世界の史上でも数回しか出てきていないのだから。
この世界の天敵は邪神と邪神軍のみ。魔王軍など実在しない存在だ。
そもそも魔界はある種異世界的な存在だから仕方がないとも言える。
「それはそうと、騎士殿は予知が出来るのかな?」
いきなり何を言い出すんだこの王は?
「質問の意図を理解しかねます」
「なに、騎士殿は公式の場にて近日我が息子が死ぬような宣告をしたそうではないか」
ああ、あれのことか。どっかに間諜でもいたのだろう。
もちろんその可能性を考えて対策を考えてある。
というより国王の方から情報開示の許可を貰っている。
「はい。当時は騒ぎを大きくしたくなかったので黙っておりましたが敢えて申し上げましょう。明日、王子殿は魔王軍なる組織の幹部に殺されます」
「なにっ!?」
「ちょっ、アスト!」
流石に聞き咎めたルーテが立ち上がって外套の裾を掴む。
しかし言わなかったことで後で戦争になっても面倒だから言う。
「本当、なのか……」
「はい。だからこそめでたき日が悲劇にならないように私が来たのです」
「そ、そうか。アルドメラ王はそれを見越して先発で騎士殿を寄越したのか」
「敢えて申し上げるならば、この世界において私こそが現代最強だと自負しております」
当然ながら俺の言葉で腕に自信のある騎士たちがざわめく。
「静まれ。宰相、年のため外部、内部に配置している兵の数を増やしておけ」
「ハハッ」
「進言のお聞き届け感謝致します」
「良い。この結婚を成功させたいのは同じである」
すいません。俺は失敗させる気満々です。
それに明日は飛び入りのイレギュラーが来るからいくら兵を強化しても無意味だ。
アレは人間を簡単に滅ぼせる生物兵器だからな。
王に騎士礼をして俺たちは下がった。
鹿耶「次回、奪還計画。最も、半分以上はハイクフォック王子の話だな」
大典「次は負けない……」




