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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第12章

 

 約十九か月後、州債発行の一部を自分にも割り振ってもらう影響力を考えていたときに、クーパーウッドが思いついたのが、エドワード・マリア・バトラーだった。バトラーならおそらく彼自身が興味を持って債権の一部を引き受けるかもしれないし、クーパーウッドが誰かに売りさばくの手伝えるかもしれなかった。バトラーはクーパーウッドをとても気に入っていた。今では株式の大量購入が見込める客としてクーパーウッドの帳簿に記載されていたし、クーパーウッドの方でもこの大物の堅実なアイルランド人を気に入っていた。彼の生い立ちも好きだった。バトラー夫人にも会ったことがあった。かなり太った粘液質のアイルランド人女性で、見た目を全然気にせず、今でも台所に入って料理を監督するのが好きだった。息子のオーエン、カラム、娘のアイリーン、ノラにも会っていた。アイリーンは、数か月前にクーパーウッドが初めてバトラー邸を訪問した日に、元気よく階段をのぼって来た少女だった。

 

 クーパーウッドが訪問したとき、ありあわせのもので間に合わせたバトラーの個人事務室では暖炉が心地よく燃えていた。春が近づいているというのに、夕方はひんやりした。バトラーは、クーパーウッドに暖炉の前の大きな革張りの椅子に座って体を楽にするよう促し、それから、彼がやり遂げたがっていることについての詳しい説明に耳を傾けた。

 

「うーん、それはそう簡単なことではないな」最後に意見を述べた。「そういうことは、私よりもそちらの方が詳しいはずだ。知ってのとおり、私は金融の人間じゃあない」バトラーは申し訳なさそうに歯を見せて笑った。

 

「これは影響力の問題なんです」クーパーウッドは続けた。「それと、身びいきですね。それはわかってるんです。ドレクセル商会とクック商会はハリスバーグにコネがあります。自分たちの利益を守る仲間がいるんです。司法長官と州財務官は彼らと結託しています。たとえ私が入札に参加してその公債を取り扱える能力を証明できても、それでは私が公債を引き受ける助けにはなりません。他の人たちが実証済みです。私も友人――影響力――をもたねばなりませんです。あなたなら、状況はおわかりですよね」

 

「そういうことは」バトラーは言った。「近づく相手がわかれば簡単だ。今ならジミー・オリバーがいるな――あいつならその辺のことは何か知っているはずだ」ジミー・オリバーはこの当時働いていた元地方検事で、ついでに言うと、いろんな方面で惜しみなくバトラーの相談にのっていた。彼もまた、偶然、州財務官の個人的に親しい友人だった。

 

「公債はどのくらい欲しいんだ?」

 

「五百万ほど」

 

「五百万だと!」バトラーは座り直した。「おい、どういうつもりなんだ? かなりの大金だぞ。それだけのものを、どこで売りさばくつもりなんだ?」

 

「五百万ドル分、落札したいんです」クーパーウッドはなだめる感じで穏やかに言った。「欲しいのは百万ドルだけなんですが、五百万ドルを確かに落札したという評判が欲しいんです。(ちまた)でいい影響が出るでしょう」

 

 バトラーはいくらか安心したように深く座った。

 

「五百万か! 評判な! 欲しいのは百万。うーん、違う気がするが、満更悪い考えでもない。それを手に入れられるのなら、手に入れるべきだな」

 

 バトラーはさらに顎をこすって、じっと火を見つめた。

 

 その晩バトラー邸を離れるとき、クーパーウッドは確信した。バトラーは自分の期待を裏切るどころか、この車輪を動かしてくれる。数日後に、市財務官のジュリアン・ボーデに紹介されたとき、クーパーウッドは驚かなかったし、これが意味するものが何なのかを正確に知っていた。ボーデは、クーパーウッドを州財務官のヴァン・ノーストランドに紹介し、考慮してほしい彼の要求が検討されるようにすることを約束した。「もちろん、わかってるだろうが」ボーデはバトラーの前でクーパーウッドに言った。この話し合いが行われたのがバトラー邸だったからだ。「この銀行勢は非常に強力なんだ。顔ぶれは知ってるだろう。向こうはこの公債発行の仕事に干渉されることを望んでいない。向こう」――つまり州都ハリスバーグ――「の代表のテレンス・レイリハンと話したんだが、向こうは一切支持しないと言っている。落札後にフィラデルフィアのここでだって苦労するかもしれないぞ――向こうがかなり強力なのは、きみも知ってるだろう。さばける場所には自信があるんだろうな?」

 

「はい、大丈夫です」クーパーウッドは答えた。

 

「じゃあ、こっちとしては、何も言わないのが一番だな。ただ自分の入札をするだけのことだ。ヴァン・ノーストランドが知事の承認を得て落札者を決める。知事の方はこちらで話をつけられると思う。落札した後で、向こうが個人的な話を持ちかけてくるかもしれないが、それはそちらの仕事だ」

 

 クーパーウッドは謎めいた笑みを浮かべた。金融の世界にはたくさんの表と裏がある。それは果てしない網の目のような地下洞で、道に沿ってあらゆる種類の影響力がうごめいている。ちょっとした機転、ちょっとした敏捷性、時機と機会にちょっと恵まれる――時にはこういうものが功を奏する。他の何ものでもなく、のしあがりたい野心から、クーパーウッドは州財務官と知事に接触しようとしていた。先方は彼の要求を直々に検討するつもりでいた。それが考慮されることを彼が要求したからだ――それだけのことだった。彼よりももっと影響力のある人たちは、その分に同じ権利があったのに、それを行使しなかった。人が運をつかむときに、度胸、アイデア、積極性、これらはどれほど重要だろうか! 

 

 自分が競争相手として現場に現れるのを見たら、ドレクセル商会やクック商会はどんなに驚くだろうと思いながら、クーパーウッドは立ち去った。机と金庫と革張りの椅子を置いて事務所にした、自宅二階の寝室の隣の小部屋で、資料を検討した。考えることはたくさんあった。これまでに会ったことのある人たちと、申し込みを当てにできる人たちのリストをもう一度見直した。百万ドル分は大丈夫だった。取引総額の二パーセント、つまりは二万ドルを儲けようと目論んだ。うまくいったら、バトラー家の向こうにあるジラード・アベニューに家を買うつもりだった。いや、それよりも土地を買って建てよう。それを実行するために家と土地を抵当に入れるのだ。父親は順調に成功していた。父親が隣に家を建てたがれば、親子が隣同士で暮らせるのだ。この取引以外にも、本業が今年は一万ドルの収益をもたらすだろう。路面鉄道への投資は、総額五万ドルで、受け取れる利息は六パーセントだった。この家などがそうだが妻の財産、国債、西フィラデルフィアの不動産が、さらに四万ドルあった。二人とも裕福だったが、クーパーウッドはもっと裕福になるつもりだった。今必要なのは、冷静さを保つことだけだった。もしこの公債発行が成功すれば、もう一度、もっと大規模にできるはずだ。発行はこの先もあるだろう。しばらくして明かりを消し、妻が眠っている寝室に入った。子守りと子供たちは奥の部屋にいた。

 

「ああ、リリアン」妻が目を覚まして自分の方を向くとクーパーウッドは言った。「きみに話していた公債の件がようやくまとまったみたいだ。いずれにしても、百万ドル分は引き受けることになると思う。それで二万儲かるんだ。儲かったら、ジラード・アベニューに家を建てよう。あそこはいい通りになるよ。大学があの地域を発展させているからね」

 

「すてきになるんじゃない、フランク!」夫がベッドの横に座ると、リリアンはそう言って夫の腕をさすった。

 

 リリアンの意見は漠然とした当てずっぽうだった。

 

「これからはバトラーさん一家に気遣いを見せていかないといけないね。私にとても親切にしてくれたんだよ。それに今後も力になってくれそうなんだ――それがわかるんだ。そのうち奥さんも連れてこいって言ってくれたしね。二人して行かなくちゃ。向こうの奥さんにもご挨拶しないと。バトラーさんはその気になれば、私のためにたくさんのことができるんだよ。娘さんも二人いる。うちへもお呼びしないとね」

 

「いつかディナーに招待するわ」リリアンは快諾してくれた。「もしいらっしゃるなら、私が立ち寄ってドライブにお連れしようかしら、それともあちらが私を連れていってくれるかしら」

 

 リリアンはすでに学んでいた。バトラー家の者は――若い世代は――かなり派手である。彼らは自分たちの家柄に敏感である。彼らの判断では、お金はあらゆる面でどんな不足でも補うと思われている。「バトラーさん本人は人前でも立派な人なんだけど」クーパーウッドは一度リリアンに言ったことがあった。「奥さんがね――まあ、いい人なんだけど、少し凡庸でね。立派な女性だとは思うよ、気立てがよくて、心の優しい人だから」バトラー家では両親そろって子供たちをとても誇りにしているから、アイリーンとノラを見過ごすことがないようにクーパーウッドはリリアンに注意した。

 

 この時、クーパーウッド夫人は三十二歳、クーパーウッドは二十七歳だった。二児の出産と育児は、夫人の容姿に多少の変化を与えていた。もう以前のような、穏やかな、感じのよさはなく、前よりも骨ばっていた。顔は頬がこけてしまい、ロセッティやバーン・ジョーンズが描く多くの女性たちのようだった。健康状態は以前ほど良好ではなかった――二児の世話と、診断されたわけではない最近の胃炎気味が彼女を変えつつあった。要するに、少し神経が衰弱し、抑鬱(よくうつ)の発作に悩まされた。クーパーウッドはこれに気づいていた。優しく思いやりをもとうと努めたが、あまりにも功利的で、現実的な考え方の観察者であったがために、自分が後々、病弱な妻を抱えることになりそうなことを理解できないはずがなかった。同情と愛情は大切なものだが、欲望と魅力は持続しなければならない。さもなければ、人はその喪失を悲しく思い知らされる。だからこの頃はよく、自分の気分に合致する若い女性たちや、極めて強健で楽しい若い女性たちに目がいった。当時の社会的語義で言う道徳を忠実に守ることは、立派であり、賢明であり、実践すべきことだったが、もし病気がちな妻を持ってしまったら――いずれにしても、男性はたったひとりの妻を持つ権利しかないのだろうか? 別の女性に目を向けてはいけないのだろうか? もし誰かを見つけたとしたら? クーパーウッドは何時間という労働の合間にこういうことを考え、これは大きな問題ではないという結論にいたった。成功して、バレなければ、それでいいのだ。しかし、気をつけなければならない。この夜、妻のベッドの脇に座っている間に、何となくそんなことを考えていた。応接間のドアを通り過ぎたときに、アイリーン・バトラーがまたピアノを弾いて歌っているのを見たからだった。アイリーンは健康と情熱を放出している明るい鳥のようだった――大雑把なとらえ方でいう若さを思い起こさせる存在だった。

 

「不思議な世界だ」とクーパーウッドは思ったが、自分の考えはあくまで自分のものであり、このことを誰にも話すつもりはなかった。

 

 実現してみると、公債の発行は奇妙な妥協の産物だった。これはクーパーウッドに二万ドル以上儲けさせて、フィラデルフィアとペンシルベニア州の金融界に彼を売り出すのに役立ったが、彼が計画していたような購入申し込みの取り扱いまでは許さなかった。州財務官は、その市にいて働いていた時代に評判が高かった地元の弁護士の事務所で、彼に引き合わされた。そうせざるを得なかったので、相手はクーパーウッドに丁重だった。ハリスバーグでは物事がどういうふうに調整されるかをクーパーウッドに説明した。大手の金融機関は選挙資金をあてにされてるんです。州議会の上院と下院にいるのは、彼らを代表する子分たちでしてね。知事と財務官は自由な立場にいるんですが、他にも影響を及ぼすものがあるんです――名声、友情、社会的な勢力、政治的な野心なんてものがね。大物たちがひとつの閉鎖的な組織を構成しているのかもしれません。それ自体が不公平なんですが、結局のところ、そういう人たちがこの種の巨額公債の本物の提案者ですから。特にこういう時期ともなると、州は彼らと良好な関係を保たねばならないんです。獲得を見込んでいる百万ドルをクーパーウッドさんがうまく処理できることがわかれば、あなたにそれを与えるのは完全に正しいことですよ。しかし、ヴァン・ノーストランドには出さねばならない交換条件があった。現在この問題を扱っている金融機関がもし望んだら、クーパーウッドさんは報酬――この落札分があなたに渡された場合に、あなたが儲けることを期待している額と同額――と引き換えに、その落札分をこちらに引き渡してくれますか? ある金融筋がこれを望んでいるんですよ。彼らに逆らうのは危険です。あなたが五百万ドルで入札して、その評判を得ようが、先方はまったく問題にしませんよ。百万ドル分を落札して、その評判を得ても構いません。でもね、先方は二千三百万ドル分を欠けることなく一括して扱うことを望んでるんです。その方が見映えがいいものでね。あなたは撤退したと吹聴されないで済むんです。先方は甘んじて、あなたが始めたことをやり遂げたという栄光をあなたに勝ち取らせますよ。それでもやはり、これは悪い前例でしてね。他の者があなたの真似をしたがるかもしれないでしょ。あなたが報酬と引き換えにあきらめざるをえなかったことが密かに巷に知れ渡れば、今後、他の者は真似したりはせんでしょう。それに、もしあなたが断れば、先方はあなたを困らせるかもしれません。借入金が返済を求められるかもしれないし、いろいろな銀行がこの先あまりいい顔をしなくなるかもしれない。あなたの顧客たちが、ああだこうだとあなたに否定的な警告を受けるかもしれません。

 

 クーパーウッドは要点を把握して、おとなしく従った。多くのお偉方や実力者を屈服させてきただけのことはある。向こうはこっちのことなど、お見通しなのだ! こっちにちゃんと気づいていたのだ! 仕方がない。落札して、二万ドルくらい手に入れて、撤退しよう。州財務官は喜んだ。彼にとっての微妙な問題がひとつ片付いたのだから。

 

「あなたにお会いできてよかった」州財務官は言った。「私は私たちが出会えたことを喜んでいるんです。今回の件が片付いたら、いつかうかがうのでお話でもしましょう。一緒に昼食を食べましょうか」

 

 州財務官は、どういうわけか、クーパーウッド氏が自分を儲けさせてくれる人物だと感じた。彼の目はとても鋭かった。表情はとても警戒しているが、それでいてとても繊細だった。財務官は知事や他の仲間たちにクーパーウッドのことを話した。

 

 こうして最終的に入札は成立した。クーパーウッドはドレクセル商会の幹部と私的な交渉をした末に、二万ドルを受け取って、自分が落札した分をドレクセル商会に引き渡した。新しい人たちが時々、彼の事務所に顔を見せた――その中に、ヴァン・ノーストランドや、ハリスバーグの他の政治勢力を代表するテレンス・レイリハンの顔があった。ある日の昼食の席で、彼は知事に紹介された。彼の名前は新聞で取り上げられ、名声は急速に高まった。

 

 さっそくエルスワースと新居の設計に取りかかった。今度は特別なものを建てるからね、とリリアンに伝えた。やがて催し物をしなければならなくなるからだ――これまでにないほど大がかりな催し物を。ノースフロント・ストリートは、あまりにも平凡になりすぎていた。家を売りに出し、父親に相談したところ、父親も引っ越しに前向きなことがわかった。息子の成功は父親の信用まで高めていた。銀行の役員たちはこの老人に随分好意的になっていた。来年、キューゲル頭取は退任する予定だった。長年の努力と、息子の目覚ましい活躍のおかげで、父親は頭取に就任することになった。フランクは父親の銀行から多額の借り入れをしていた。そのうえ、多額の預金者だった。エドワード・バトラーとのつながりは重要だった。他では獲得できないほどの額を父親の銀行に送金した。市財務官や州財務官もこれに関係することになった。ヘンリー・クーパーウッドは頭取として年収二万ドルを得る立場になったが、その多くは息子のおかげだった。両家は今、最高にいい関係だった。今二十一歳のアンナと、エドワードと、ジョセフは、たびたびフランクの家で夜を過ごした。リリアンは毎日のようにフランクの母親のもとを訪れ、身内のゴシップが盛んに交わされた。並んで家を建てるのはいい考えだった。そして、ヘンリー・クーパーウッドが息子の三十五フィートの土地の隣に五十フィートの土地を購入して、親子は一緒に二つの魅力的で広々とした家を建て始めた。この二棟は、屋根付きの通路か、冬はガラスで囲えるパーゴラでつながる予定だった。

 

 地元で最も人気のある石、緑の花崗岩が選ばれた。エルスワース氏は特にいい感じになるようにこれを仕上げることを約束した。ヘンリー・クーパーウッドは七万五千ドルはかけられると判断した――今の資産は二十五万ドルだった。そしてフランクは抵当権を設定すれば資金を調達できることがわかったので、リスクを負って五万ドル出せると判断した。同時に事務所を三番街のもっとずっと南に移転して、自分のビルを構える計画を立てた。高さ二十五フィートのビルのどこに手を加えればいいかはわかっていた。古いものでも、新しいブラウンストーンの玄関をつけたり、かなりの重厚感を出すことはできる。彼の心の目には、巨大な板ガラスの窓が取り付けられた立派なビルが見えた。中には硬材の備品が見え、扉の上だか横にクーパーウッド商会というブロンズの文字があった。漠然とだが確実に、地平線に浮かぶふわふわした薄い色の雲のように、目の前に自分の将来の成功が見え始めた。お金持ちになるのだ。もっと、もっとお金持ちに。

 


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