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紅森の即興小説集 ~2014年の挑戦100~  作者: 紅森がらす
1時間挑戦編(主に即興バトル)
91/100

回転する彼女

制限時間:1時間 文字数:1208字

誰にも邪魔されずに、このまま彼女と二人っきりで歩いていけたらいいのに。そう思っていた。でも、

「あ、タケシくん、ちょっと待って……」

しばらく歩いた所で、彼女が立ち止まった。

「え、もしかして」

僕は嫌な予感を覚えた。彼女はこめかみを抑えて苦しそうにしている。

「ううーっぷ! 出る、出ちゃうう~!」

こんな所で? 僕は慌てて周りに人がいないか見渡した。ま、まあ遠くに2、3人影が見えるくらいだ。気付かれることはないだろう。

彼女は口を押さえているが、出てくるのはゲップとかゲロとかではない。半ば諦めながら背中をさすっていると、出た。

「ううっ……は、『よお、久しぶりだなタケシ』!」

あー、『あいつ』だ……。よりによって……。僕はがっくりと肩を落とした。

彼女は多重人格者だった。

それも声まで男の声にきっちり変わる。西洋人のようなはっきりした目鼻立ちの彼女は、たちまちオカマに変貌した。

「よりによってなんでお前なんだよ……」

彼女の人格は複数あって、もちろん僕は彼女が一番好きなのだが、大人の魅力いっぱいのお姉さんや、あどけない少女の人格もあったはずだ。そっちならまだデートは続けられた……!

「それって浮気じゃね? 言いつけるぞ」

「人格が違っても体は一緒なんだからいいだろ!」

「じゃあ、俺がこいつの体使ってあーんなことやこーんなことしたっていいわけ?」

「ううーん……」

僕は悩んだ。割とマジで鼻の下を伸ばすような男人格だから困る。ていうか彼女の顔でそんな下品な顔をするな!

「今日は何の用で出てきたんだよ……」

別に、彼女の精神がとりわけおかしかったとか、そういうことはないはずだ。

「タケシがぁ、何でも奢ってくれるって聞いて♪」

うわー、そんな言葉男の甘え声で聞きたくなかったなぁ。

「……何食う気?」

「あたしぃ、ザギンのシースーがいいな(ハート)」

頬を軽くつねって回転寿司へ連れて行った。


あいつはいきなり金色の皿の大トロを取った。

「くっ……」

彼女本人になら食べてほしいのにっ。唇に吸い込まれていく赤い身が舌みたいでちょっとエロいとか思えたのに!

金の皿はあんまり取らないでくれ……そう強く念じながら彼女の手つきを見守る。

ああ、手がまたしても伸びていくぞ、その先には黄金に輝くモノが……、あ、あれは皿の色じゃないや、いなり寿司か。

続いて、ルビーのようなイクラ寿司の皿を取る。

僕はお茶を飲みながらぼんやりとそれを眺めていた。

色とりどりの寿司が僕の前に並んでいる。そういえば、彼女自身はどんな寿司が好きなんだろう。

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

あいつの声がどこか遠くから響くように聞こえてくる。鮮やかなネイルの施された彼女の指が、順々に寿司を指す。

「て、ん、の、た、け、し、さ、ま、の、い、う、と、お、り」

最後に彼女の指がさしたのは、僕だった。

「私、何から食べようか?」

お題:彼女のあいつ 必須要素:寿司

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