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第46話

 炎が舞い踊り、爆炎が大気を揺るがす。

 協会の修行場に耳を劈く様な音が響き、周りで修行していた冒険者達が何事かと音の発生源の方に振り向いた。

 音の原因はすぐにわかった。2人の冒険者が激しい試合を繰り広げていたのだ。

 そう、エルとアリーシャの過激な模擬戦である。

 アリーシャの焔を纏った大剣から繰り出される一撃一撃は、文字通りの烈火の猛撃であった。きちんと回避しているのはずなのに高熱がエルの肌を焼き、大地が爆ぜ大音を響かせながら焦土と化す様は心胆を寒からしめた。

 一度でも当れば無事ではすまない。

 身を竦ませるのには十分なほどの驚異的な攻撃に、エルは実にいい(・・・)顔で嗤っていた。

 強者との闘い。一歩間違えれば命を落とすかもしれないという憂虞。生命の危機に瀕し、死を強く意識するがゆえに生を想う。

 激しい鼓動を打ち鳴らす心臓が、焼けた痛みを伝える肌が、きつく握り締めた拳が、強く強く生を意識させる。

 そう、今まさに自分は生きていると!!

 久しくなかった格上との闘いにエルの闘志は否応なく高まり、獣の様な顔でそれはそれは嬉しそうに嗤うのであった。

 アリーシャもエルの好戦的な態度に当初は面食らったが、そこは赤虎族、力を身上とする戦士の一族である。エルの姿を頼もしそうに見て一瞬だけ目を細めると、気合を入れ直し激しい覇気と共に巨大な鉄塊の様な大剣を叩き付けるのだった。


 酔い覚ましの薬を飲み、すっかり調子を取り戻したエルは早めの昼食を白銀の嶺亭で取り、アリーシャ達と協会の修行場にて一緒に切磋琢磨することにしたのだ。初めは準備運動を兼ねて、各自が自分の流派の技の訓練を行った。

 体も温まり一汗掻いて小休止した所で、アリーシャがエルに試合をしようと持ち掛けられたのだ。普段は槍使いのカーンとここでよく試合しているそうで、同じ相手とばかりだと慣れも出て真剣味が薄れるので、新しい相手ができて嬉しいと、既に闘いたくてうずうずしているアリーシャは猫の様に目を細めて笑った。

 しかも、いつも真剣で闘っているそうだ。大地母神の高位の魔法使いであるイーニャがいるため部位の欠損さえ再生できるので、死にさえしなければ元通りに回復できるそうだ。だが、言っている内容は実に物騒である。

 血を流し、腕が折れ千切れようと許容範囲だということだ。エルも自分が戦闘狂の部類であることは薄々自覚していたが、アリーシャ達も戦士の一族のなせる業なのか、己が身を削り傷つく事を厭わない実戦と変わらない修行でさえも是としているのだ。

 聞く所によるとこの都市アドリウムに訪れて、まだ2年ぐらいだそうだ。2年という短さで5つ星という、才能と努力が足りない者では一生届く事は叶わない上位冒険者に成り上がった俊英達である。

 短期間で冒険者の階段を一足飛びで駆け上がった彼女達は、優れた資質を有しているのは確かだ。しかも、それに加えて実戦宛らの試合を行うことで、天賦の才に溺れず謙虚に実力を高めているのである。魔法によって回復できるとはいえ、大怪我も厭わない勁烈な修行こそが彼女達の躍進を支えているのは間違いないだろう。

 その事を想うとエルの胸は熱くなった。エルも天才肌ではなく、泥臭く何度も何度も繰り返し修行や実戦を行って成長するタイプだからである。彼女達の流した血と汗こそ最も尊いものだと思えてならなかった。自分も見習わえばならないと、改めてアリーシャ達への尊敬の念を強めるのだった。

 そういうわけで、エルはアリーシャからも試合の申し出に一二もなく承諾したのだ。

 ただし、そのまま闘うと冒険者カードが反応してしまう。カードには冒険者同士の争いが起こると赤く変色し、誰と争ったか記録する機能がついているのだ。

 ではどうやって試合するかというと、修行場に何人かいる教官に事情を説明して、特殊な箱にカードを入れて預かってもらうのだ。この箱は各神殿にもいくつか配備されており、一時的に冒険者カードの機能を停止させる特殊な機能を持っている。これによって、試合等で冒険者同士が闘っても一々記録されることなく、思う存分闘えることができるのだ。

 ただし、この箱は犯罪にも利用できるので、保有制限と厳重な管理が義務付けられている。定期的に協会から監視員が訪れ箱の数の確認を行い、横流しが起きないように目を光らせているのだそうだ。

 エルは早速教官にカードを預かってもらうと、アリーシャとの模擬戦を始めるのだった。


 アリーシャとの試合は、当初からエルは防戦一方であった。大剣と拳では間合いが違い過ぎる。エルの有利な距離にするためには、アリーシャの剣を掻い潜って接近しなければならないからだ。

 相手は5つ星の冒険者。しかも、わずか2年でその地位に上り詰めた俊豪である。鋼鉄の塊の様な巨大な大剣を軽々と操り、簡単には間合いを詰めさせてくれない。今はまだ様子見の積もりなのか、アリーシャが手加減しているというのにだ。エルは彼女の非凡な剣技に舌を巻きつつも、強者との闘いに次第に胸の高鳴りが速くなっていくのだった。

 ただし、回避に専念すれば避けるのはそう難しいことではない。暴風を撒き散らす無数の斬撃をエルはなんとか躱しきっていた。

 だが、こうして逡巡して膠着状態を続けては稽古にならないだろう。これはあくまで試合であって実戦ではない。失敗が許されるし、命が取られるわけでもない。本番の魔物との闘いに向けて、様々なことを試す機会でもあるのだ。

 エルは負傷も覚悟し飛び込むことにした。

 

 巨剣が唸りを上げ大気を切り裂く。受けたら唯では済まなそうな垂直に振り下ろされる一撃を、エルは恐れることなく半歩左横にずれながら躱し、前方に向けて突進する。後一歩で懐に入れるかといった所で、アリーシャが直ちに唐竹割りから左の斬り上げを繰り出してくる。

 アリーシャのすらっと伸びた細腕は、大剣の重さを物ともせず小枝を振るうかのように斬撃の方向きを転換してのけたのだ。もう少しで間合いを詰められたのにアリーシャの対応力の前にエルの試みは水泡に帰し、下から掬い上げてくる巨剣を猛虎の籠手で受け止めると、堪え切れず高々と空を舞わされてしまった。

 手足をばたつかせ、何と体勢を整えて着地するが大分距離は離されてしまう。

 強い。

 改めて思うが、薄らと笑みさえ浮かべているアリーシャの実力の高さは折り紙つきだ。エルの素早い踏み込みに俊敏に反応し、見事に対応して見せてくれる。格上の冒険者であることは頭では分かってはいたが、こうして闘ってみると自分が以下に甘く見ていたのか思い知らされる。


「エル。

 出し惜しみしてないで全力をだして」


 アリーシャの諫言にエルははっとした顔になった。彼女の言はもっともである。実力が下のエルが遠慮していては稽古も上手くいかないだろう。何より全力でやってこそ稽古に意味があるのだ。いつまでも甘い攻撃をするようでは、自分にも、そして彼女のためにもならないだろう。

 エルは目を閉じ大きく深呼吸すると、かっと目を見開いた。


「ごめん、ちょっと戸惑ってた。

 今から全力で挑ませてもらうよ」 

 

 エルの全身から濛々と白と黒の入り混じった混沌の気が立ち昇り出した。それは3つ星というより、4つ星かひょっとすると5つ星に届きそうな程の、溢れんばかりの大量の気であった。本当に3つ星の冒険者なのか疑いたくなるほどの気量である。易々と砂礫竜サンドドレイクの大群を屠ったことからエルの実力が優れている事は分かっていたが、こうして間近で対峙するとランク詐欺とも思えるほど戦闘能力が高い事が窺える。

 アリーシャは猫科の猛獣の如く好戦的な笑みを浮かべると、大剣を正眼に構え直した。


「さあ、エル。

 あたしに力を見せて」


 わくわくしながら見つめてくるアリーシャの視線から、エルの実力を直に測れるのが楽しみで仕方ない様子が見て取れる。彼女も闘いが大好きで仕方がない、根っからの戦闘狂のようだ。自分も闘いが好きだからお互い様であるし、何より強者であるアリーシャとの試合はエルの胸を熱くした。

 さあ、彼女の胸を借り心踊る試合を始めよう!!

 エルはゆっくりと左足を前にして中腰になる、左半身の構えを取り右拳を腰だめにきつく握り締めた。

 そして構えを解かず足を動かさないまま滑る様に移動し、アリーシャとの距離を詰め始める。武神流の移動術、滑歩である。気を状態変化させて足の裏に纏い、地面との摩擦を減らし踵から気を放出して、足を動かさずとも移動させる技である。左半身の構えからピクリとも動かずに距離を縮めてくるエルの姿は、一種異様であり狙いが読めない。

 アリーシャは獲物を狙う猫の様な顔で、実に楽しそうに大剣を上段に振りかぶった。エルの目的は分からないが、間合いに入ったら迎撃する心算なのだ。

 エルがアリーシャの間合いに入った刹那、彼女の細腕からは予想も付かない怪力でもって大剣が振り下ろされたが、エルは地を砕き爆発的に加速して急激に間合いを詰めた。

 疾歩

 足を気で強化し、通常よりも何倍も瞬発力を高めて高速移動する技によって、エルはアリーシャとの距離を一気に縮めたのである。直前まで滑歩によって近付き狙いを悟らせなかった事も功を奏し、単純であるが移動速度を緩から大幅な急に変えることで相手の先を取りアリーシャの懐近くまで潜り込んだのだ。

 だが、相手も然るもの。5つ星の名に恥じない冒険者である。エルの高速接近に面食らいつつも咄嗟に巨大な大剣を平にし、振り下ろすのではなく己が身を護る盾としたのだ。それによって、エルの右拳を胸元辺りで受け止めるのに成功する。

 受け止めた体勢から強引に剣を払って弾き飛ばそうとするが、エルもそうはさせじと返しの左拳に大量の気を注いだ、武人拳を大剣に叩き込んだ!!

 単純な膂力ならアリーシャに軍配が上がる。だが、武人拳によって強化されたエルの突きは、凶悪な亜竜さえも打ち砕く威力を秘めた拳である。

 アリーシャの防御をものともせず、彼女を遥か遠くに弾き飛ばすのだった。


「エルくん、すごいわね」

「ああ、大したもんだ」

「3つ星の冒険者とは思えないほどの実力の高さだぜ」


 後方で観戦していた赤虎族の戦士達から感嘆の声が上がった。手加減していたとはいえ、アリーシャを吹き飛ばすのは容易なことではない。このパーティのリーダーを務める彼女の実力を、普段の稽古や迷宮の探索で嫌というほど仲間達は熟知しているからだ。

 必然、そのアリーシャを退かせたエルへの評価が高くなる。

 

 矢庭に轟音と共に爆炎が巻き上がった。

 アリーシャの全身から激しく燃え盛る紅蓮の炎が現れたのだ。


「エル、あなたはあたしが見込んだ通りいい腕をしてるわ。

 今度はあたしの力を見せてあげる。

 陽神ポロンの炎の力をね!!」


 唯でさえ燃える様な深紅の髪をしているアリーシャが全身から炎を噴出させると、火の化身、いや炎そのものに見えてくる。

 荘厳で圧倒されそうな美しさである。だが、それは危険な破壊を孕んだ美しさだ。肉食獣もかくやという笑みと共に、今しも身に纏った火炎を解放し全てを灰に帰すかのような恐ろしさを内包している。

 エルはごくりと唾を飲み込んだ。

 対峙するだけでも凄まじい圧力を感じたのだ。アリーシャの放つ威圧感に知らず知らずに気圧されたのである。だが、それと同時に心が高揚してくるのも覚えた。

 今から始まるであろう激戦の予感に、武者震いし心が喜びに打ち震えたのだ。

 エルは笑った。

 そしてアリーシャも愉快そうに笑うと、赤い炎の軌跡を描きながらエルに巨剣を叩き付けるのであった。



 それから先は試合というより実戦その物といって差し支えない、命のやり取りの危険さえあり得る激しい闘いになっていった。

 アリーシャの繰り出す火球や炎の斬撃が爆炎を撒き散らし、エルの気弾や気刃の刃が大地を抉った。2人だけの試合のはずなのに周囲に戦場さながらの甚大な被害を齎していた。

 エルが己の死を思い浮かべるのもさして時間は掛からなかった。

 身は焼け髪は爛れあちこちから裂傷によって血が流れ出した。未だ致命的な攻撃は貰ってはいないが、それでも体中あちこちに様々な傷ができているのだ。傷の痛みが、早鐘を打つ心臓が、酸素を欲する荒い呼吸が、エルに生命の危機を伝えていた。

 そして、死を想うがゆえに今自分が生きている強烈な生への実感が沸いてくる。激しい昂揚感と多幸感に包まれ、エルは知らず知らずの内に獣の様な顔で嗤った。

 エルの箍が外れたのだ。これほどまで早く外れたのは、あの憎き魔神デネビア以来かもしれない。それほどまでに赤虎族の戦士、アリーシャは強かったのだ。

 エルの頭の中には手加減の文字などとうに無く、死と生の実感から驚異的な力を発揮し出すのだった。


 アリーシャとてエルとの試合でそこまで余裕があるわけではなかった。

 やっかいなのは、エルの使う武神流の気を用いた高速移動術である。陽神流でも気を炎に属性変化させるだけではなく、気そのものを肉体強化や移動に用いる技は学べるが、属性変化を覚えず気の運用のみ修練している武神流の練度に敵わなかった。  

 何より問題なのは、獣の様に嗤った後のエルの超高速移動術、風迅だ。正直目を凝らしていても姿を見失いそうになるほど速い。あまりの速度に5つ星のアリーシャでさえ追い縋ることもできないほどで、自然、高速で迫り来るエルを迎撃することになった。

 エルの高速攻撃によってやや守勢に回らなければならなくなったが、それでもなお戦士としての一日の長はアリーシャにあった。伊達や酔狂で上位冒険者というわけではない。自分より素早い魔物を相手にした経験だって幾度もある。そんな強敵達を降し倒してきたらからこそ、アリーシャは今の地位にいるのだ。

 それと共にまだ幼い紅顔の少年、エルの強さに感心していた。自分がここまで苦戦させられるとは思ってもみなかったのだ。この若さでここまで上り詰めるのは並大抵のことではない。きっと過酷な修練を行ってきたに違いない。自分の弟に思える少年が此処まで強い。戦士の一族、それも偉大な父を持ち並外れて力への執着が強く、幼き頃から修行に励んできた彼女にとっては、似た境遇を持つであろうエルに胸襟を開くのに十分な理由であった。アリーシャははち切れそうな綺麗な顔で笑った。

 だが、エルに負ける積もりは毛頭なかった。確かに、エルは3つ星としては望外な力を有しているが、5つ星の自分に敵うほどではない。アリーシャは苦戦しつつも、まだ幾分かの余裕があったのだ。エルに力を見せ、もっと自分に興味を持って貰おうとアリーシャは気合いを入れた。

 

 エルの姿が霞み見失いそうな程の豪速でアリーシャに迫る。アリーシャは落ち着き払い、剣を振り複数の火球を撒いた。

 もちろんエルに当たるとは思っていない。エルの接近する方向を限定するためにばら撒いたのだ。火球を避け狼の様に爛々と目を輝かせながらエルが疾駆してくる。

 アリーシャが誘導するままに。

 いくらエルが速いといっても、来る場所と方向が分かっていれば対処できる。アリーシャは爆炎を纏う巨剣を振り被った。


炎の軌跡(フレアローカス)


 袈裟斬りに振り下ろされた刃を、脅威的な集中力でエルが瞬時に後ろに下がり躱す。

 再度アリーシャに向けて突撃すると、予想もしなかった焼け付く痛みに一瞬動きと止めてしまう。

 空を切り裂いた巨剣の軌跡に沿って火の粉が残り、熱を帯びていたのである。

 かかった。

 僅かな刻でも無防備を晒したエルに向けて、横薙ぎの刃が唸りを上げて迫る!!

 それでもエルの風迅ならまだ逃げられる可能性はあった。

 エルは足に力を溜めた。だが、それさえもアリーシャには想定内であった。


高速噴射剣ハイジェットソード


 なんと!!

 アリーシャの振るう大剣の先端から後方に向けて炎が噴射され、斬撃が加速したではないか。

 虎が獲物を捕らえるためにじっと罠を張り、掛かった獲物を研ぎ澄まされた牙で仕留めるかのような、苛烈な高速の横薙ぎであった。

 エルに逃れる術はない。

 もっとも、アリーシャとしてもエルの命まで取る積もりはない。腕か肋骨を折り、試合を終えるぐらいの腹積もりであった。

 はたして、目論見通りエルは避けられず手にものに当たった時の衝撃が訪れた。

 だが、それは予想だにしなかった程の痛みを伴う衝撃であり、辛うじて大剣を取り落す事はしなかったが、激しい衝撃をもってアリーシャは弾き飛ばされてしまった。


 手首に鈍い痛みを感じながらも、アリーシャは直ぐ様エルを探した。

 エルが離れた所で荒い息を付きながらも、辛うじて立っている姿を発見した。苦痛に顔を歪め一瞬右腕を抑えた所を見ると、アリーシャの大剣によって骨が折れたように思われた。しかし、闘志剥き出しの顔で嗤うを見るに、戦意は些かも衰えていないようだ。

 本当に大したものだ。

 罠に嵌り窮地に陥ったというのに、怪我を負いつつも何か自分には分からない方法できっちり反撃までしてくれたのだ。戦闘後にエルに聞いた所、エルは咄嗟に全身に気の鎧を纏い、足に溜めた気を用いて強化した力で右腕から体当たりする様な発剄を仕掛け

反撃したそうだ……。

 何はともあれ、アリーシャの中では益々エルの評価が上がって行った。

 だから、つい本気・・・・・を出してしまった。

 いや、本気自体は先ほどから出していた。アリーシャが振るったのは人間相手には怪我では済まされない、恐ろしいまでの破壊を振り撒く神の御業であった。普通なら人に使っていい力ではない。だが、不思議とエルなら何とかできるのではないかという、漠然とした期待と直感に似た思いがアリーシャの中に芽生えていた。


「よっ、よせ!!」

「アリーシャ、止めて!!」


 仲間達がアリーシャの只ならぬ雰囲気と構えから、何をしようとしているのか察したのだろう。悲鳴や静止の声が上がり、アリーシャと止めようと慌てて走り寄ってくる。

 しかし、仲間達の声や歩みでは届かなかった。エルに向けて、力ある言葉と共に莫大な力が解放されてしまう。


爆炎顕現フレアインカネーション


 それは、エルの身の丈よりも遥かに大きい巨大な火の玉であった。

 あの玉が炸裂したら、どれ程の被害が撒き散らされるかわからない程の脅威的な力を内包していた。

 太陽を縮小化した様な、溢れんばかり高熱を内に押し込めた爆炎球であった。

 

 エルはというと自分に迫り来る巨大な火炎の玉を前にしても、顔を歪めただ嗤っていた。ひょっとすると自分はどこか壊れているのかもしれないと思うほど、恐怖を覚える所か興奮で滾っていた。

 逃げるという選択肢ははなから無く、死を具現化したかの様なあの火の玉に立ち向かうことしか頭になかった。

 ここにきて、今迄の数々の魔物との闘いの経験が生きてくる。魔物達の中も火球を使うものもいたのだ。火球が炸裂してしまえば、火炎がばら撒かれ避ける術はない。ある程度の炎ならエルの気の力で防げるだろう。だが、あの爆炎の玉の内包する威力はエルを殺し切るのに十分な程の威力を秘めている。

 では、炸裂する向きをある程度指定できればどうだろうか?

 恐ろしい力を持つ爆炎球も、内包する力と巨大さが際立つだけで原理は火球と同様だろう。ならば、やりようはいくらでもあるのだ。


 エルは逃げ出す所か爆炎球目掛けて疾駆した。

 見ていた冒険者達や、駆け寄ってこようとしている赤虎族の戦士達から悲鳴が上がった。

 エルが炎の玉に接触した刹那、大爆発が起こった。

 大気は震え耳が割れんばかり轟音に、周囲の冒険者達は地面に身を投げ出し顔を伏せた。そして火炎が空を歪め赤く染め上げた。

 遠く離れた冒険者達にも熱気が届くほどの大爆発である。

 無謀にも飛び込んだ少年の生存は絶望だろうと、暗澹たる気持ちで地に伏せていた冒険者達が顔を上げると、地面に寝転がっている少年の姿が目に映った。


「アリーシャ、幾らなんでもやり過ぎよ!!」

「そうだ。

 エルくんを殺したかったか!!」


 イーニャやカーンが口々にアリーシャを責め立てた。

 だが、アリーシャはプルプルと小刻みに震え、喜びに溢れた顏をしていた。大惨事を引き起こした張本人とは思えない態度だ。

 仲間達が更に叱責を加えようとした所、アリーシャは無言で制しエルを指差した。

 イーニャ達も今はアリーシャを責めるよりも、エルの手当てが先だと恥じた。だが、あの爆炎の中では助かるまいと、悲観的な考えしか浮かばず恐る恐るエルに近寄ると、徐にエルが跳ね起きたではないか!!

 立ち上がったエルの姿は、左腕の一部が炭化するようだ酷い怪我を負っているが、それ以外は細かい傷が無数にあるものの五体満足であり、ぴんぴんしていた。

 イーニャ達は理解できない現象に頭がついていかず茫然としてしまう。

 エルは爆炎球に接触する際に、轟破掌というエルの現在使える最高の技、気を纏って発剄を放ち接触後に大量の気を放出するという3つの技を組み合わせた奥義によって、斜め下方から火球を押出し自分の身を護ると共に、火球の大半の力を空に逃がしたのである。そのおかげもあって、轟破掌を放った左手の被害はあるがその他は軽傷を負うだけで済んだのである。

 エルは怒る素振りも見せず、実に生き生きとした楽しそうな笑顔でアリーシャに近寄った。

 そして、


「アリーシャ、ありがとう。

 いい勉強ができたよ」


 にこやかにお礼まで言い出す始末である。

 本来なら自分が殺されそうになった事を恨む筈であるが、一切そのような昏い感情は見えない。本当に喜んでいるようだ。

 さしもの赤虎族の戦士達も開いた口が塞がらず二の句が継げないでいると、震えが治まったアリーシャは喜色満面の顔でエルに抱き着き頬ずりをし出した。


「エル、すごいよ!!

 エルなら何とかなるかなって思ってたけど、本当にできるんだもん。

 あたし嬉しくなっちゃった」

「ちょっ、ちょっと。

 アリーシャ、止めて。

 恥ずかしいよ」 

  

 アリーシャに猫の様に頬ずりされ、抱き着いて頭を撫でられて、エルはもう茹蛸である。獣の様に嗤い、神の御業の凶悪な破壊の力を撥ね退けた勇姿など欠片もなかった。

 一方のアリーシャも虎もかくやという戦士の姿は鳴りを潜め、人懐っこい笑みを浮かべエルを構っている。

 やり過ぎて周囲に不安を撒き散らした直後だというのに、呆れた姿である。

 イーニャはこれ見よがしな盛大な溜息を付くと、二人の治療を始めた。


「2人共、特にアリーシャはやり過ぎよ

 後で説教ですからね」

「ああ、今日ばかりは呆れて物が言えん。

 アリーシャ、覚悟しておけよ」

「え~」


 未だにエルに抱き着いて離れないアリーシャが、不満そうに口を尖らせた。

 エルはというと抵抗は無駄だと諦めたのか、もはやアリーシャの好きにさせていた。


「「いやっ、お前らは今から説教だ!!」」


 アリーシャ達が振り向くと、青筋を浮かべた幾人かの教官が立っていた。

 怒りに目を血走らせた教官達の姿に、さしものアリーシャもたじろぎエルを放した。


「大体お前らいつもやり過ぎだが、今日はいつにも増して最悪だ!!

 修練場の修理代も払って貰うぞ!!」 

 

 その後は、教官達の手によって夕方まで大説教大会が繰り広げられた。アリーシャも流石に自分が悪いと解っており、頭頂の耳を垂れ殊勝な態度で長時間の説教を受け入れた。

 終わった後は修理代を支払い、罰としてしばらくの間の使用を禁じられる始末と相成ったが、自業自得なので彼女もしぶしぶ受け入れた。

 ただし、彼女は宿に戻っても仲間達からの説教が待っていた。

 どうもアリーシャ曰く、他の者には絶対しないがエルなら何とかなるのではないかという直感的なものが働いたそうなのだが、それにしてもやり過ぎである。

 エルとしては恨む気持ちなど微塵もなく、素晴らしい技を見せて貰って感謝する思いしかなかったが、一歩間違えば死の危険性があったのは確かだ。

 反省を促すイーニャ達のやる様に任せた。何度も叱責され、不貞腐れたアリーシャがエルに抱き着いてきたのは焦ったが……。

 どうもアリーシャはエルを本格的に気に入ったようで、やたらとスキンシップをし出したので、エルは赤面しっぱなしである。まあ、エルとしてもアリーシャの戦士の一面や子供っぽい一面が知れたので気を許し、仲を深めるのはむしろ嬉しかったのだ。

 その日も説教が終わった後は、遅くまで白銀の嶺亭で宴を開き、アリーシャ達、赤虎族との友好を深めるのであった。


 ちなみに、無断外泊し翌日も深夜帰りのエルは金の雄羊亭に戻った際に、何かあったのではないか心配し、やきもきしていたリリに雷を落とされるのであった。


  

 


 

 

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