茶会 (ディゲア視点)
更新お待たせしました...。
そしてやっとこさディゲア登場です。
『サイキリッカ』は食堂に着いて早々に伯母や従姉に囲まれてしまった。
噂のことを詫びたかったが、挨拶する間も無い。
「お前なんでサイキ様と一緒に来たワケ?」
「迎えに行ったからだよ~。ガルーダとメリエヌはもう会ったって言うじゃないか。僕だってお話してみたかったんだけど、ここだとお母様や姉上がうるさそうだからさ」
私の聞きたかった事はガルーダがあっさりと問い質してくれた。この男も役に立つことがあるものだ。
それにしても彼女達はどんな話をしているのだろうか。『サイキリッカ』の表情はあまり楽しそうには見えない。と、そう思っていた瞬間、彼女が遠慮がちにこちらを見て来た。
どうせあの噂のことでも話しているのだろう。いくら彼女が気にしていないとは言え、この場で話題にすることじゃない。
十数歩の距離ももどかしく彼女の傍に寄ると、レッテシーム殿下は蔑んだ目で『サイキリッカ』を見ていた。
「レッテシーム殿下、何のお話をされているのですか?」
「あら?聞いていたんじゃないの?あなたの話よ。サイキ様は随分あなたをご贔屓にしていらっしゃるようね、って言っていたの。間違いではないでしょう」
やはりか。信じる方がどうかしているような噂話を敢えて本人の居るこの場で話すとは。
「あの噂のことを仰っているなら馬鹿馬鹿しいの一言に尽きます。もし殿下がそれを信じておられるんなら器が知れると言うものです」
「なんですって!!わたくしを侮辱するつもり!?言葉を選びなさい!!」
「それなら彼女を侮辱したことをまず謝って下さい」
「わたくしがいつ侮辱したと言うの!?勘違いも甚だしいわ!!」
「私も侮辱したつもりはありません。『もし信じておられるなら器が知れる』とは言いましたが。侮辱されたと思われるんなら、あの馬鹿馬鹿しい噂を信じたと仰るんですね?」
「よくもそんな口が聞けたものね!!マリグェラお兄様の教育が無くなった途端にこの有様とは、お兄様もさぞかし嘆かれているに違いないわ!!」
「伯父上は関係ありません」
一瞬怒りに感情を支配されそうになったが、ここで理性を失っては彼女の思うままだ。私がここで我を忘れれば、火に油を注ぐだけに違いない。
「えっーと、私からも言いますけどあの噂なら本当に嘘ですから。あり得ませんから。あと別に侮辱されたとは思ってないんで謝ってもらわなくてもいいです。でも今後この話はしないでくれると有り難いです」
彼女が言った事は噂を否定するためだと分かっている。
10も年下の私なんて子どもとしか見ていないことも。
それでも胸がじくりと痛む事を止めることは出来なかった。
結局その場はレシュカが乱入したことで場が和み、ギスギスした雰囲気は無くなった。
『サイキリッカ』が謂れの無い事で侮辱されることが我慢出来なかったとは言え、却ってレッテシーム殿下を煽ってしまった私とは大違いだ。
自分の無力さに呆れ、王族に囲まれて自分の世界のことを話す『サイキリッカ』に近寄ることが出来なかった。
それでもどうしても彼女に一言謝りたくて、食堂を出て行こうとしていた『サイキリッカ』を呼び止めた。
彼女がいくらあの噂を気にしていないとは言っても、不愉快な思いをしたことは間違いない。
足を止めこちらを向いた彼女を直視出来ず、自分の足元を見ながら一言を告げる。
「すまない」
しかし彼女は私がなぜ詫びるのか理解していないようで、その円な瞳でこちらを見つめ、小首を傾げる。
「あの噂のことだ。私の不用意な行動のせいで気分の悪い思いをしただろう。あと先ほどのレッテシーム殿下のことも......」
「え!噂のことなら私が謝りたいくらいですよ!!いきなり現れてお世話になったのは私の方なのに、ディゲアさんにまで迷惑かけちゃってごめんなさい。さっきのことも全然気にしてないです。疾しいことなんて無いんだし、堂々としてましょうよ!」
彼女はそう言って私の肩を慰めるように軽く叩いた。自分が貶されるよりも、私が噂で迷惑していると気にかけている様子なのは昨日フィンエルタから聞いてはいたが......。普段は煩わしく思える他人の配慮が嬉しく思う日が来るとは。
思わず顔が綻ぶのが自分でも分かった。
それから暫く私の両親の話になった。
二人とも本日の茶会には参加していなかったのだが、『サイキリッカ』は私の両親に会えなかったことを残念がって、後日紹介して欲しいと言う。母はともかく、父は会えば余計なことを喋りそうで余り気が乗らない。しかしここで父だけを除け者にすれば、後からうるさいのも目に見えている。
両親は共に仕事でいつも忙しくしているが、少しくらいなら時間も取れるだろう。
「でもご両親が忙しかったら小さい頃は寂しかったんじゃないですか?」
「物心ついた時からそんな感じだったから当たり前だと思っていたんだろうな。それに伯父夫婦が代わりのようによく構ってくれたから、あまり寂しいとは思わなかった」
「伯父さんって亡くなられたマリグェラ殿下のことですよね?お二人には子どもがいらっしゃらなかったって聞きましたから、きっとディゲアさんのことを自分の子どもみたいに可愛がってたんでしょうねぇ」
「そうかもしれない。彼らは本当によくしてくれたからな。私も伯父から学んだことは多かった」
私の幼い頃の記憶は殆どが伯父夫婦との思い出に占められている。彼らが居たから私は城に居ても孤独を感じることはなかった。
両親も敢えて私を伯父夫婦に託している節があった。きっと子どもの出来ない二人を慮ってのこともあったのだろう。
「......それでも、王太子が亡くなった後に立太子しようとは思わなかったんですよね?そういう話も出てたのに」
少し過去に飛ばしていた意識が『サイキリッカ』の声に引き戻される。彼女は恐る恐ると言った様子で私に問いかけて来た。
伯父が私を次期王太子に考えていたことは彼女には話していない。きっとガルーダかメリエヌにでも聞いたのだろう。
「......伯父が亡くなったのは私のせいだ。だから私に王太子になる資格は無いと思っている」
「え、王太子が亡くなったのは事故のせいだって聞きましたよ」
「確かに伯父は事故で亡くなった。だがあれは人的要因の事故だ。誰かの差し金であることは間違いない」
「仮に王太子が殺されたとしても、それがディゲアさんのせいだって思うのは考えが飛躍しすぎなんじゃ......」
「伯父が立太子してから30年、もし王太子である伯父が邪魔だと思うならもっと早くに行動に移せたはずだ。それがなぜ2年前だったのか、不思議には思わないか?」
伯父は私から見ても王に相応しい人物であった。優しく、厳しく、公平で人の痛みの分かる人。それでも彼を疎ましく思っていた人間が居ないとは言い切れない。
だが、彼の弑逆を企むのなら30年も待つ必要は無い。むしろ彼が王太子としての地位を固める前の方が都合が良かった筈だ。
「う~ん、機を狙ってるうちに時間が経ってたとか」
「私は伯父が私を次期王太子にと考えたからだと思っている。伯父がそれを打診してきたのは妃殿下が亡くなられた5年前。その時はまだ学院に在学中だったから答えを保留にしていた。だが結局私が答えを出す前、卒業する年に伯父は事故に遭った。あまりにも出来すぎだ」
「でも普通なら王太子じゃなくてディゲアさんを標的にすると思うんですけど......」
「だから、伯父が私のせいで死んだと言っているんだ」
「向こうの手違いで王太子が殺されてしまったって言うんですか?それでも亡くなったのはディゲアさんじゃなくて殺した人のせいでしょ?」
「例え他の人間がそう言っても、私は自分を許せない」
最後に見た伯父の顔が今でもふと脳裏に蘇る。別れ際にいつもの笑顔で私を褒め、優しく頭を撫でてくれた。
またすぐに会えると信じていたが、次に見た時には青白く血の通わない顔で横たわっていた......。
本当ならあそこで死んでいたのは私だった筈だ。
「もし、ディゲアさんが自分を許せないって思うんなら、そこは手を下した人を見つけ出して、罪を償わせるべきです!王太子だってディゲアさんが事故のことを悔やんでくよくよと生きるのは望んでないんじゃないですか?私も協力しますから、もっとちゃんと調べてみましょう!!」
『サイキリッカ』は力強い声で私に訴えかけた。
伯父の事故で自分を責める私を気の毒に思ったのかもしれない。彼女は優しい人間のようだから。
「お前はこの問題には関わりたくないんだと思っていたが......違ったのか?」
「私はディゲアさんのために真相を明るみにしたいんであって、誰かを王太子に選ぶつもりなんて毛頭ありません。ディゲアさんにはお世話になったし、もしかしたら私の特権が役に立つかもしれないんで、喜んでお手伝いしますよ」
私は彼女の『理由』を半ば確信していながらも、その話題を彼女が避けていることを知っていた。
林の家で以前運ばれて来た人間の話を聞いた彼女は、出来るなら王家に関わる『理由』でないことを願っていた筈だ。
しかし私のために自らこんな面倒な問題に協力すると言った『サイキリッカ』に、私は喜びを感じながらも不安で仕方なかった。
もし本当に何者かが伯父を手にかけたなら、それを明るみにしようとする彼女は邪魔になるだろう。ましてや彼女は陛下をも超える特権の持ち主だ。
安易に彼女の申し出を受けては、彼女の身を危険に晒すことになる。
「サイキ様!!」
私の思考の糸は第三者の声によってプツリと切れた。
食堂に現れたのは既に去った筈のレシュカだ。少しは遠慮しろと声高に叫んでやりたいが、変に勘ぐられるのが落ちだろう。
「まだこちらに居たんですか~。あー!またディゲアと話してる!!ずるいずるい!!僕だってもっとサイキ様とお話したかったのに~!!」
レシュカは『サイキリッカ』と話しているのが私だと気付くと、ズカズカと音のしそうな勢いでこちらへやって来た。
「もうお部屋に帰られるでしょ?僕送って行きますから、今度は僕とお話してください!!」
そう言って少し私を睨むようにしてから『サイキリッカ』の腕を取り、自分の方へ引き寄せる。
レシュカはよほど彼女を気に入ったようだ。元から人懐っこい性格ではあったが、ここまであからさまに好意を露にする姿は見た事がない。
その行動に何故か胃の中が熱くなるような錯覚を覚える。先ほど飲んだ茶が良く無かったのだろうか.....。
レシュカの強引さに『サイキリッカ』はこのまま話をするのは無理と判断したようで、腕を引かれたまま食堂を去って行った。
本音を言えばもう少し話をしたかったが、彼女は自分一人に構っていられる存在では無い。
一人取り残された自分の周りの空虚さに反比例するように、肺の中に重苦しい空気が溜まって行くのを感じた。