7日目 3
ちょっと長め?です。
さて、ディゲアさんの答えを聞かず終いだったけど、私は彼に協力したいと思ってる。
これが解決してディゲアさんがこの先過去に捕われずに済めばいいなーと思うし。
確か王太子が事故に遭ったのは偶然ではなく人為的だったと言ってたよね。
その根拠があるってことなのかな?
でも王太子はディゲアさんの代わりに死んだみたいに言っていた。
ディゲアさんが死んで利益を得る人を考えたら、すごく限られてきそうなんだけど。
次期王太子とかは関係なく個人的にディゲアさんに恨みを持ってとか?
でもそれだったら2年も城を離れて無事なはずは無いよね。
あっちの方がよっぽど簡単に手を出せるはずだし。
自室のソファに座ってうんうん唸ってる私。
ここに来てたかが1週間の私にはちょっと荷が重すぎるのかな。
「サイキ様、難しいお顔をされてどうしたんですか?」
よほど私の顔がひどかったのか、アイヴンさんが心配そうにこちらを伺って来る。
お茶会から帰っていきなり考え事をしてるもんだから、また何かあったと思われちゃったかな。
「いえいえ、特に何かあった訳じゃないんですけど......ねぇアイヴンさん、王太子が亡くなった事故ってどういう感じだったんですか?」
「え?マリグェラ殿下がお亡くなりになった事故ですよね?あれは艇の事故でした。公務の外出先から帰城される際に、城に接触してしまったんですよ」
「事故以外の証拠は出なかったって言いましたよね?そういう事故は結構あるもんなんですか?」
「かなり珍しいですがあり得ないことでもないです。艇は市街地上空を飛行することもあるので、決して墜落しないように設計されています。ただ離陸、着陸の直前直後は安全装置が作動しないので、高度が同じであれば接触の可能性はあるんです。殿下が乗られていた艇も着陸の直前でした」
「城に接触っていうのは運転していた人のミスですか?」
「運転していたのはマリグェラ殿下の側近の方だったのですが、着陸の直前に心臓発作を起こしたようですね。事故直後、すでに意識は無かったようで、搬送先の病院で亡くなられたと聞きます」
「王太子の方はどうして亡くなられたんですか?」
「殿下の座っておられた側が接触し、頭を強く打たれたことが直接の原因でした」
ここまで聞いた限りじゃやっぱ運転してた側近の人が怪しい気がする。
推理の得意な私じゃなくてもこいつが犯人じゃ、と思うくらいには。
「その側近の人は元々心臓に持病でもあったんでしょうか?」
「いえ、もしそうなら側近としての仕事はともかく艇の運転までは任されなかったでしょう。わたしは2年前には既に城に仕えていたのでその方とも面識はありましたけど、持病があるとは聞いた事がないです。もちろん事故直後に毒、薬物の可能性も調べられましたけど、何も出て来ませんでした」
う〜ん、私には医学の知識なんてないから、その側近の人の心臓発作が普通なのかどうかわかんないなぁ。
若い人でも過労とかストレスでそう言う事って起きるとか言うよね。
でも側近の人を含めて、これを仕組んだかも知れない人にそんなに都合良く心臓発作を起こせるもんだろうか。
ますます推理小説のような世界になって来たっぽい。
「サイキ様は殿下のお亡くなりになった事故のことを調べておられるんですか?」
「良くしてくれたっていう王太子が死んだ事で、ディゲアさんは相当傷ついたと思うんですよね。林の家に引っ越しちゃうくらいに。それにディゲアさんも事故が偶然だったことには納得してないみたいだったんですよ」
「ディゲア様だけでなく、王族の方々は皆事故を信じていないようでしたね。陛下も徹底的に調べるように仰っていましたし。それでも事故以外の証拠が何一つ出て来なかったんです。もしサイキ様がお望みなら当時捜査に当たっていた者をここに呼びますか?」
「いえ、そこまでしてもらっても私にはわからないと思うんでいいです。その側近の人は特に怪しい点とか無かったんですか?」
アイヴンさんはその細い顎に手を当てると、昔を思い出そうとしてるのか宙をじっと見つめる。
「確か殿下に仕えるようになって10年以上は経っていたと思います。元はわたしと同じ王室師団の所属だったようですが、殿下の目に止まり抜擢されたと聞いた事があります」
「あ、王太子の方から選んだ人だったんですか......」
「近衛から側近になるのは別に珍しくは無いんですよ。護衛を兼ねている場合もありますから。しかしその方が運転することになったのも偶然なのです。殿下の側近は2名いて、直前までもう一人の側近の方も一緒だったと聞いていますし」
2人も!?
確かにそれくらいいないと毎日はカバーできないか。
社長や重役の秘書も秘書室とかって何人も勤務してたりするよね。
「もう一人の人は今何してるんですか?」
「確か四大老付きになられたと聞きます」
「え!?四大老に付いてるの?どの人?」
「ニージーク様です」
王太子の元側近が今はニージークさん付き!?
なんか怪しくないかぁ〜。
あの人ディゲアさんとも仲悪いみたいだったし。
叩けばホコリが出るかも......?
善は急げと言う事で、アイヴンさんを引き連れてニージークさんに会いに行く事にした。
目的はニージークさんと言うよりはその側近さんなんだけどね。
ニージークさん含め四大老は政府関連の部署の集まる城の前部に居る事が多いらしい。
彼女は初めて会った時からどうも私と親しくしたいようだったので、そっちに伺いたいと言ったらすぐにOKしてくれた。
「サイキ様、お久しぶりですわね。言って下さればわたくしの方から伺いましたのに」
こないだ赤い髪だったニージークさんは、いつのまにか黒髪になっていた。
黒っていうより紺?日本人みたいに日に透けると茶色っぽく見える黒じゃなくて、青っぽい黒。
わざわざ染めたのかな......?
「いえ、私も議会とか見てみたかったんです。それにニージークさんも城を案内してくれるって言ってくれてたのに、その後連絡しないままだったから申し訳ないな〜と思って......」
「そのように気を掛けて頂けて光栄ですわ。では早速ご案内致しましょう。どちらからご覧になります?議会?それとも各省庁が宜しいかしら」
「えーっと、じゃあニージークさんの仕事場からでどうでしょう?」
「わたくしの?サイキ様がご覧になって面白いものかどうかは分かりませんけれど、そう仰るならご案内しますわ。こちらです」
白いスーツに身を包んだ彼女はくるりと向きを変えると、高いヒールの付いた靴で颯爽と歩き出した。
すぐ近くに控えていた男性が彼女の後ろに続く。
この人が元王太子の側近かな?
「わたくしの管轄は教育、医療福祉、厚生と言った国民の生活に関することが多いんですの。ですから執務室の周りにもそう言った部署が配置されております」
そう言って通されたのはそこそこ広い洋室で、正面に窓があり、その前に大きな机が置かれている。
壁の一面は棚が端から端まであり、もう片方の壁の前は応接セット。
「大したものはございませんけれど、心行くまでご覧になって下さいな。何か説明の要りそうなものがあれば、わたくしでもこのラオアラにでも聞いて下さればお答えしますわ」
そう言ってニージークさんが私たちの前に促したのは、さっきからずっと彼女に付き従っている男性だった。
ニージークさんと同じ年くらいのその人は固い表情で小さく礼をすると、すぐにまたニージークさんの後ろに控えてしまう。
「ラオアラさんはニージークさんの部下ですか?」
「ああ、紹介しておりませんでしたわね。ラオアラはわたくしの秘書を務めておりますの」
「以前王太子の側近をされてたっていうのは彼ですか?」
その言葉に反応したのは当のラオアラさんだけでなく、上司であるニージークさんもだった。
丁寧に化粧の施されたきつい印象の目がすっとこちらに向けられる。
「どなたにお聞きになったのかは存じませんけれど、ラオアラがマリグェラ殿下の側近をしていたのは事実です。しかし殿下にお仕えする前は政府職員でしたのよ。ですからこちらへ来たのも古巣へ戻った、というところでしょうか」
「ニージークさんが自分の下に付くように言ったんすか?」
「そうですわね。能力のある人間のようでしたのでわたくしから陛下にお願い致しましたが、何か問題でもありましたの?」
彼女はわざと惚けているのか、小首をかしげるような仕草をした。
この人は私が何でラオアラさんのことを聞くのか分かっていて核心に触れないようにしてるんだろうか......。
「ラオアラ、サイキ様にお茶を淹れて差し上げて」
未だ表情の変わらないラオアラさんはその命令を受けて、部屋から下がってしまった。
しかし彼が部屋を出た途端、ニージークさんがこちらに歩み寄って来る。
私の後ろに控えていたアイヴンさんが前に出ようとするのを物ともせず、私の腕を強く掴み、鋭い目つきでこちらを睨んで来た。
なになに!?殴られる!?どつかれる!??
「サイキ様、何を嗅ぎ回っておられるのか存じませんけれど、無闇に首を突っ込まれて危険な目に遭うのはあなたの周りの人間だと言う事、よく覚えておいてくださいませ」
近くに居ないと聞き取れないような声でそれだけ言うと、パっと私を離し執務机の方へ下がった。
び、びびったぁ......。マジで刺されるかどうかするかと.....。
やっぱりラオアラさんが王太子の事故と関係あるから脅して来たの?
「大丈夫ですか?」
囁くような声でアイヴンさんがこちらを伺う。
でも目線はニージークさんの方を強く見据えたままだ。
「だ、だいじょうぶ......です......」
掴まれた腕のじんじんとした痛みが、彼女の本気を示している。
このままニージークさんとラオアラさんを調べても大丈夫なんだろうか。
きっとこの人は私が何を知ろうとしているのか感づいているに違いない。
そろりとニージークさんの方に目をやると、彼女は先ほどの鬼気迫る雰囲気など最初から無かったかのように落ち着いた様子でこちらを見ていた。
私の心臓はまだばくばく言ってるっていうのに......。
「......あなたは何か知ってるんですか?」
「一体何の話をされているのか分かりませんわね」
う、そ、つ、け〜!!!!
飄々とした態度で、にこりと笑う彼女。
でもその目、笑ってませんよね?
そこへ、ラオアラさんがお茶を載せたトレイを手に帰って来た。
腕を押さえて立つ私を一瞥したけれど、特に何も言わずに応接セットにお茶を並べる。
この人が淹れたお茶、飲んでも大丈夫......?
けど逡巡する私のことなんてお見通しのニージークさんだったらしい。
「ラオアラ、サイキ様はご気分が悪くなられたのでお部屋へ帰られるそうですわ。お茶を召し上がって頂けなくて残念ね」
いつか見たチェシャ猫みたいな笑顔で、言外に『おととい来やがれ』と私たちを追い出してくれた。
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