墓所 (ディゲア視点)
父と、そして母と向かい合わせに座る。
こうやって3人揃うことは、私が城を出る以前でも珍しいことだった。
それは多忙である両親が不在がちだったからだ。
「君の年齢での2年はやはり短くは無いな。随分と大きくなったじゃないか」
「そうですか?あまり自覚はないのですが」
「私の背などとっくに追い越してしまってたのね」
母は少し寂し気に私を見た。
そう言えば2年前はまだ母よりも小さかったかもしれない。
私にしてみれば流れるように過ぎた時間だが、母にとってはそうでもなかったのだろう。
「それで、城に戻って来たということは考え事は終わったのか?」
「別にそういう理由でここを出た訳ではありません。今回も運ばれて来た人間が現れなければ戻る事も無かったと思います」
「まぁ自分から出て行った手前、そう言った大義名分が無ければ帰って来辛いか。そういうことにしておいてあげよう」
「父上こそ、私に帰って来て欲しかったんならもっと手放しで喜んだらどうですか?抱擁などは固くお断りしますが」
「君は本当に可愛げが無いな!誰に似たんだ......」
私のこの気質は誰かに似たとかそういうものでは無く、この城で形成されたものだと思う。
きっと市井で育っていたならもう少し素直になっていただろう。
ここで生活するには、私は感情を押さえることでしか生き残れなかった。
「運ばれて来た方を保護したそうだけど、どんな方なの?私もお会いしたいわ」
「フィンエルタと同じか少し下の年の女性です。珍しい涅色の髪に夜色の瞳をしていました。とても素直な人間のようで、さすがに彼の方が選んだだけのことはあると」
「君が他人を褒めるなんて珍しいじゃないか。それは是非、僕も会ってみたいな」
「彼女もお二人に会ってみたいそうです。さぞかし美男美女の夫婦に違いないと期待していました」
「まぁ......それはご期待に添えるのかしら?」
「ウーシュ、君はもっと自分に自信を持った方がいい。僕は君ほど美しい人を見た事が無いよ」
「いやだわ、ディゲアの前でそんな.....恥ずかしいわ」
母はそう言いながらも、少女のように頬を染めてまんざらでもなさそうだ。
我が親ながら呆れる。
父はこれでも部下には鬼のように恐れられているのではなかったのか?
後ろを見やればフィンエルタも若干うんざりした顔をしている。
この男の下で仕事をするには肉体よりも精神の疲労が大きいのだろう。
「彼女にはそのうち会う事もあるでしょう。それより城では何か変化は無かったのですか?フィンエルタに聞いたところでは未だに王太子は空位のままとか。私はオルバ殿下が立太子されると思っていましたが」
「それが君の本音かい?君は兄上が君を次期王太子にと考えていたことを知っているはずだ。それとももう王位には興味が無いのか?」
「私はそのうちに王位継承権を放棄するつもりです。今のままでも継承順位は最も低いのですし、陛下も許可してくださるでしょう」
「2年も悩んでいた割には随分な答えを出したじゃないか。僕は陛下がそう簡単に君を手放すように思えないけど、自分で決めたことだし好きにするといい。僕は止めないよ」
言葉とは裏腹に父は目に見えて不機嫌になった。
それでもこれはこの2年間ずっと考えて来たことだ。
私が無様にも未だ王族の末席に名を連ねているから問題が解決しないのだ。
いくら伯父が私を王太子に望んでいたとしても、それはもう過去のこと。
彼はすでに亡く、オルバ殿下が立太子するに当たって最も邪魔な存在が私なはず。
憂いは取り除けばいいのだ。私自ら。
彼の方はその切欠にと私の元に彼女を運んで来たのかもしれない。
「ディゲア、私はマリグェラ殿下があなたを次期王太子にと仰った時、寂しくはありましたけど納得もしたのよ。あなたはまだ若いけれど十分にその資質を兼ね備えていると思うわ。継承権を放棄して、あなたは後悔しない?」
「......後悔なら既にしています。私は自分の身を弁えるべきでした」
「まだ同じことをうじうじと。時間のムダだよ。過ぎてしまったことは元には戻せないんだ。いい加減に過去のことで悩むのはよしたらどうだ」
父も母も私を過大評価しすぎだ。
過去に捕われずに済むなら、私は伯父の亡き後すぐにでも立太子していただろう。
それがどんなに難しく、心を切り離さなければ成し得られないことなのか、私はもう十分に理解した。
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翌朝、フィンエルタがアイヴンを『サイキリッカ』に付けると報告して来た。
護衛を付けるのは仕方が無いが、フィンエルタが付くよりはずっとマシだ。
彼女も四六時中あの馬鹿が付いているよりは同性で気の利くアイヴンの方がいいだろう。
身支度を整え、軽く朝食を済ますして部屋を出る。
フィンエルタが居ないので、他の近衛が二人着いて来たが特に声は掛けなかった。
向かう先は城の敷地内にある王室墓所だ。
建国以前のシューディの王も含め、歴代の王と直系王族が眠る墓。
王太子のまま亡くなった伯父も妃殿下と共にここに祀られている。
一般解放されている霊廟を避け、その先にある身廊へ入る。
ひんやりとした空気を頬に感じて一瞬立ち止まるが、近衛の二人を入り口に残して中へ進んだ。
伯父は身分が王太子であったので、棺は他の王や王妃、王太后のものと比べると質素な造りで大きさも小さい。
白い大理石のそれは静かにそこにあった。
伯父の葬儀の後すぐに城を出たため、ここへ来たのはこれで2度目だ。
「ーー伯父上、お久しぶりです。伯母上も。来るのが遅くなってしまって申し訳ありません」
伯父であるマリグェラ殿下と妃殿下は、王族としては珍しく夫婦揃って仕事を持っていた両親に代わり、一人で過ごしがちな私をよく構ってくれた。
彼らの間に子どもが居なかったこともあるだろうが、私にとって伯父夫婦は両親と同じような存在だった。
伯父は小さい私に大人でも理解するのが難しい本を読み聞かせては、伯母に呆れられていた。
それでも私がそれを理解すれば喜ぶ伯父が嬉しくて、私は彼が与えるあらゆる知識を吸収していった。
やがて伯父の教育の成果か、学院の教師陣が煙たがるほど頭角を現した私を、伯父は自分の政務に連れて行くようになった。
そして子どもが生まれないままに伯母が亡くなった年、伯父は両親に私を時期王太子にと打診してきた。
学院を卒業するまでまだ3年あったので答えを保留にしてはいたが、私は内心裏切られた気分だった。
こうなることを見越して伯父が私を育てて来たのかと思うと。
私は彼が喜ぶと嬉しかった。それでも彼の跡を継いで王太子になるなど考えたこともない。
彼と伯母の間に子どもが居なくとも、伯父には3人も兄妹がいたのだし、甥姪も私以外に4人いる。
彼の役に立ちたいと思ってはいたが、それはこういう形ではなかったのに。
しかし私が答えを出さないまま、伯父は亡くなった。
公表していなかった私を時期王太子にという話も、城内ではほぼ決定事項とされていたが、伯父が死んだ事であやふやなまま誰も口にしなくなった。
政府の中には未だ私を推す者も居るらしい。
しかしそれが議題に上ることがないのは、飽くまでも私を推すのは伯父の意志があってのことで、彼亡き後はそれを議会で論議するには決定打に欠けるからだ。
彼ら自身が私を評価してる訳ではない。
「私は王太子にはなりません。若すぎるという理由もありますが、私にその資格が無いと思ってるからです」
囁くような声ではあったが、静かな空間には思いのほか大きく響いた。
近衛の二人には聞こえたかもしれない。しかし彼らが私の独り言を吹聴して回ることはないだろう。
返ってくる声が無いと分かりながら、話を続ける。
「王家を途絶えさせてはならないことは分かっています。でも、それは私でなくても可能な話。今城にいる他の王族でも十分果たせるでしょう。......次に来る時は私は王族ではないかもしれません。不甲斐ないと怒って下さっても結構です。でも私はあなたに感謝しています。私を育ててくれたこと」
彼が居なかったら、私は世界を知ることは無かっただろう。
彼女に出逢う事も。
ディゲア母の名前は出せたけど、父の名前が出せなかった!
登場人物のとこはディゲア父でもいいかな...?