再会 (ディゲア視点)
「教えませんよ!私とディゲアさんだけの秘密です!」
彼女は『かさ』のことを訪ねたフィンエルタにそう言った。
別に秘密にすることでも無い。
それでも彼女が私との会話を少しでも特別に感じてくれているのかと思うと、やはり嬉しく思う。
この時、雨と『かさ』の話は私にとっても心の奥に大切に仕舞っておきたい秘密になった。
ふと視線を感じて目線を上げると、オルティガがこちらを見ていた。
他の人間から見ればどこが変わっているか分からないだろうが、私にはこの男が珍しくも驚いていることがわかる。
その時ようやく自分が彼女の言葉に頬を緩ませていたのだと気付かされた。
特に何も言ってはこなかったが、バツが悪い......。
感情が顔に出るなんて、まるでずっと子どもの頃に戻ったみたいだ。
彼女は着替えを持っていなかったので、林の家に居た間は可哀想ではあったが私の服を貸していた。
城に着いてまで私の服を着ることもないだろうと、常備してある女性用の服の中から適当なものを持って来させた。
「ああ、着替えがないと言っていたから用意させた。当座のものだがやはり私の服よりはいいだろうからな」
「ありがとうございます。助かります~」
「サイキ様、今までディゲア様の服着てたんですか?」
「だって着て来たこの服しか無いんだから仕方ないじゃないですか。毎日同じ服着る訳にも行かないし。さすがに下着までは借りませんでしたけど」
「......ッゲホゲホ!!」
......確かに下着のことは失念していた。
気がついたからと言って貸す訳にもいかなかったが。
しかし服ですら同じものを2日続けて着なかった彼女が、下着の替えもなしにこの2日どうやって過ごしていたのだろう。
......いや、このことは深く考えるまい。
「......私の家では不便をさせてしまったようですまなかったな。ここでは入り用のものがあれば、何でも言えば良い」
「とんでもないですよ!着替え貸して頂けただけで十分でしたから!」
「しかし、やはり自分の服が無いと困るだろう。欲しいものが無ければ買って来させるし、店の者をここに呼んでもいい」
「それなら明日にでも城下に買い物に行かれたらどうですか?女性は自分の好みがあるでしょうし、サイキ様も王都見学したくないですか?」
「あ、その方がいいですね。この国の街とかお店とか見てみたいかも」
「じゃあ後で案内に行かせる人間を選んでおきますね。どんなものを見たいのか希望とかあったら遠慮なく言って下さい」
「私、向こうの世界では百貨店で働いてたんですよ。そういうのってこっちにもありますか?」
「デパート以外にも、大型のモールなんかもありますよ。女の子に人気の店がいっぱい入ってるとこ、調べておきますね」
「お前はそういうことには本当にそつが無いな......」
「やっぱプレゼントするなら喜ばれたいですからねぇ。こういう情報はいくらあっても困りませんよ。ディゲア様も少しくらい女性の好みに興味持ってないと後々苦労するんじゃないですか?なんなら俺がオススメのお店とかレストランとか特別に教えて差し上げてもいいんですけど~」
「この先いつか必要になったとしても、お前の助けだけはいらんな」
フィンエルタは本当にこと女性に関してはその労力を惜しまない。
この国の歴史なんて大雑把にしか記憶していないくせに、女性の顔と名前、誕生日や好みといった情報はかなり詳細に覚えている。
私ですら知らない侍女の名前も、こいつに聞けばすぐに出て来るんだろう。
しかしあまりにもそれが多岐に及びすぎていて、『女性の好み』では一括りに出来ないことは知っている。
私が胡乱げにフィンエルタを見ていると、急に『サイキリッカ』が立ち上がった。
「わ、私はディゲアさんはこのままでも十分素敵だと思います!!」
「は?」
「え?」
「ん?」
どうやってその思考に至ったのかが激しく気になるが、彼女は今間違いなく私のことを『素敵』と言った。
私は小さい頃から愛想が無く、自分で言うのもなんだが頭が良かったので、周りの人間が持て余し気味なことに気付いていた。
学院に居た頃に私に媚び諂っていた連中も、言葉では私を讃えていても、内心は疎ましく思っていたに違いない。
詰まるところ、私はこういった純粋な褒め言葉に慣れていないのだ。
自分でも耳が熱くなっていることが分かる。
このあとすぐにオルティガが現れなかったら、きっと私の顔はみっともなく赤くなっていたことだろう。
__________
『サイキリッカ』が四大老に会う事になるのは当然で、これは彼らの義務でもある。
ここで無事に彼女が運ばれて来た人間と確認出来れば、彼女の身元は保証される。
2年ぶりに見る四大老は顔ぶれが変わっていなかった。
違う事と言えばニージークの髪が榛色から随分と明るい赤毛に変わったくらいか。
この女は相変わらず自分を飾る事には余念が無い。
一見すれば40そこそこのエイカーよりも若そうだが、これで孫までいるというのだから恐ろしいものだ。
レイジエが『サイキリッカ』の手を照合してみると、やはり彼女の登録は無いようだった。
これで彼女が運ばれて来た人間であることは証明された。
登録が無いということは、この世界に彼女の近親者はおろか、血統が存在しないということだ。
異世界の人間でなければ説明がつかない。
「登録がないなら確実でしょうね。それで、ディゲア様が保護することになった経緯というのは?」
「あ、私が気がついたら居た場所というのが、ディゲアさんのお家がある林のすぐ外だったんです。他にはお花畑しかなかったので、林の方に行ってみたらお家に辿り着いたんですよ」
「あの辺りは確かに他に民家は無いですわね。それにしてもディゲア様、彼女を保護したのは2日前だったとか。すぐに連絡を下さればよろしかったのに。何かそう出来ない理由でもありましたの?」
「今日フィンエルタが来ることは以前から決まっていたからな。わざわざ1日早めることもないだろうと思ってのことだ。特に他意は無い」
「それこそ、連絡を頂けましたらフィンエルタなどを遣るのではなく、もっと丁重にお迎えに上がりましたわ。運ばれて来た方は国賓も同然。それを小型の艇でお連れした挙げ句に、わたくし達へは城へいらっしゃるまで知らせて頂けないなんて、ディゲア様も意地が悪うございますわね」
ニージークは2年経った今でもやはり私のことが気に食わないらしい。
昔はそうでも無かったが、伯父に言われて政務を手伝うようになってから、何かにつけて突っかかってくる。
私が若輩なのは確かだとしても、大人気ないとは思わないのか。
まぁ彼女は私が王太子に就くのは反対だったようだから、仕方が無いのかもしれない。
エイカーとレイジエが『サイキリッカ』を登録している間も、ニージークは意味ありげな目で私を見ていた。
完全な悪意という訳でもないだろうが、私の出方を伺っているのだろう。
私が王位を狙って帰城したのかどうか。それがこの女の最も気にかかる事項に違いない。
ニージークはしきりと『サイキリッカ』に話しかけていたが、どうも彼女はこの東大老が苦手なようだ。
なんとかして誘いを断ろうとしているのが分かる。
私としても『サイキリッカ』に何を吹き込むか分からないニージークを、彼女に近づけることには不安があったので断ってくれた方が有り難い。
どうせ未だ私が王位に就くつもりがあるのか、林の家でどんな会話があったのか、彼女から聞き出すつもりなのだろう。
自室と向かう彼女と別れ、通い慣れた通路を行く。
城の象徴的な3本の塔の一つが王族の居住区になっている。
陛下と王妃殿下、伯父と伯母の家族と私の両親。
私も2年前まではここに住み、この空間に溶け込んでいたはずなのに、どうしてこうも異質に感じるのか。
要所要所に立つ近衛兵が、こちらに気付いては驚きをその顔に浮かべているのが滑稽で仕方ない。
まるで亡霊でも見たみたいじゃないか。
もしかしたら本当に亡霊を背負っているのかもしれないな。
「2年ぶりの親子再会ですね。恋しかったんじゃないですか?」
「うるさい。黙って歩け」
前を行くフィンエルタがおどけたようにこちらを振り返る。
恋しい?そんなこと思った事も無い。
城に居た時ですら毎日顔を合わせていた訳でもないのに。
むしろ申し訳ないと思う。
私が林の家に住むと言った時、明らかに両親は傷ついた顔をしていた。
彼らには何の落ち度も無い。
ただ、あの時の私は自分の周りの何もかもが疎ましかっただけなのだ。
目の前に迫るドアがいっそ鉄の塊であれば開けることも叶わないのに。
しかしやはり以前と同じく、それは軋みの一つも上げずに静かに開いた。
ーーそしてそこに居るのはまぎれもない私の両親。
「おかえり、ディゲア。よく帰って来た」
父は笑っていた。
彼は大抵いつも笑っているから珍しくもないが、懐かしくはある。
そして母も笑っていた。
幾分やせた頬を綻ばせて。
「ただ今帰りました。父上、母上」
私は帰って来た。
運ばれて来た人間を連れて、この城に。
2年前に伯父の命を奪った、この城に。
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