帰城 (ディゲア視点)
フィンエルタが怒るのはある意味当然だったと思う。
この2年、ヤツは何度も帰城するように訴えてきたのに、私は鼻も引っ掛けなかった。
ところがここに来て一転、理由も告げずに「迎えに来い」と言われたのだ。
しかし知らなかったとは言え、しきりにドアを叩いて彼女を怯えさせたヤツには腹が立った。
もちろんドアを強く開けたのは故意である。
あいつは少しくらい痛い目を見た方がいいのだ。
鼻を赤くして立っているフィンエルタを見て少し溜飲は下がったが、ヤツは『サイキリッカ』に気がついて無様なほどに驚いていた。
しかしそれも束の間で、いきなり私に詰め寄って来る。
「どういうことですか!!前回来た時には居ませんでしたよね!?まさか彼女をかこ」
ヤツが何と言おうとしていたのかくらい16の私にだって分かる。
女を囲うだなどとよくもこの男が言えたものだ。
いや、この男だからこそその考えに至ったと考えるべきか。
すかさずヤツの足を渾身の力を込めて踏みつけておいた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで愚かだったとはな。貴様それ以上の暴言を吐く気なら、今、ここで、私がお前の首を飛ばしてやってもいいんだぞ」
「も、申し訳ありません......」
小さく、だがはっきりとヤツの目を見て言ってやると、みるみる大人しくなった。
私が本気である事が分かったのだろう。
昔からこの男は女という生き物に並々ならぬ情熱を持っているようだ。
それはもう老いも若きも関係なく、性別が女に分類されるならどんな容姿であっても。
だから彼女を紹介するのは些か不安ではあった。
この二日で彼女が状況判断のできる頭のいい人間であることは分かったが、それでもフィンエルタの毒牙の餌食にならぬとは言い切れない。
しかし『サイキリッカ』を男だと勘違いしたフィンエルタの落胆ぶりには、この男の人となりを知っていてもやはり少し呆れたものだ。
どうやら彼女もヤツのその態度で大体のことを察したのだろう。
その目には明らかに幾ばくかの不信感が見て取れた。
ザマを見ろ。普段の行いが悪いからだ。
どうやら彼女の世界には艇は無いらしく、初めて目にするそれに驚いていた。
しかしいざ飛んでみると、子どもの様に外の風景に釘付けになっていて、なんだか微笑ましかった。
退屈な空の旅も、こうしてみると悪くないかもしれない。
海岸線を真下に見ながら飛ぶ。
彼女は尚も風景を楽しんでいるようだが、私は城に着いてからのことを考えていた。
こうして運ばれて来た者が私の前に現れたことは、特定の人間にとっては面白くないだろう。
この国で一番『理由』になり得ることと言えば王太子問題しか思い浮かばない。
そんなところへ現れた運ばれて来た人間。しかも王族の元に。
私がいくら王位に興味が無いと言っても、それを本音と取ってくれる人間が果たしてどのくらいいるのか。
王位を虎視眈々と狙っている連中にしてみれば、『私』が『サイキリッカ』を連れて城に現われることがどういう風に見えるか、考えなくともわかる。
彼女は城に着けば様々な思惑に翻弄され、そして利用されるだろう。
だが私はそれを分かっていながらも彼女と共に王都へと帰ることを決めた。
彼女によって私の罪が裁かれるのなら、それでいいのかもしれない。
『サイキリッカ』が言うには、この世界と彼女の世界は似ているのだという。
空から見る分には、ということらしいが。
王都に入ると途端に建造物、それも高層のものが増えて来る。
この国は世界でも最大の規模を誇り、その王都が世界で最も発展している都市であるのは言うまでもない。
「......高層ビル......?」
呟きがした方を見ると、『サイキリッカ』が窓にへばりついて外を呆然と眺めていた。
林の家があったあたりとはあまりにも様相が違うので驚いたのだろう。
たしかに同じ国とは思えないほど、この辺りは開発が進んでいる。
「もうこの辺りは王都の一部だな。城までもうすぐだ」
あとわずかな時間で彼女は陛下の保護下へ置かれ、頼るべき人間は私ではなくなる。
多くの人間が彼女を敬い、もてなし、そして期待するのだ。
彼女は私と過ごしたあの林の家での2日間を懐かしんでくれるだろうか。
それとも城での豪奢な暮らしの中で、記憶の底に沈んで行くのだろうか。
「城が見えて来ましたよ」
フィンエルタの声に現実に引き戻される。
確かに前方にはこの王都の中心とも言える王城が聳えたって居た。
私はあのなかで14年住んでいたのに、帰って来たという実感が一つも湧かない。
むしろ城のほうが私に向かって手を拱いているかのようだ。
この体に無数の糸が着いていて、それを手繰り寄せられているような......。
「王族ってそんなに大家族なんですか?お城、かなり大きいですよね」
「城は王族の居城であると同時に、政治の中枢でもあるからな。他に軍部もこの中にある」
「今ここに住む王族なんて10人居るか居ないかってとこですね。傍系の方々は他に邸を下賜されてそこで暮らしてますから」
王位を継がなかったその代の人間は、城を離れ城下に住まうことに決まっている。
このまま何事もなくオルバ殿下が王太子となり即位されれば、私も両親と共にこの城を去る事になるだろう。
そこには少しの未練も無く、むしろようやく解放されるのだという喜びすら感じる。
しかしその時にはおそらく『サイキリッカ』はこの国にはいない。
ーーーいや、この国だけではなく、この世界のどこにも。
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