6日目 2
今泣いたカラスがもう笑った......とは聞くけど、その反対を地で行く状況。
私の前でガルーダさんは青ざめながら冷や汗を流している。
隣に座るメリエヌさんも元から白い肌がもう透けてしまうんじゃないかってくらい蒼白。
そして私の後ろに立つのはにこやかな笑みを浮かべているオルティガさん。
もしかしてオルティガさん最強説......?
私が誰も王太子には選ばない、ときっぱり言い放った数分後。
ノックの音に続いて部屋に入って来たのはアイヴンさんとオルティガさんだった。
「あ、話は終わったのかな」くらいにしか思ってなかったけど、目の前に座る二人の王孫にとっては歓迎する事態ではなかったらしい。
二人ともさっと顔を青くして、メリエヌさんなんか完全に俯いてしまったんだもん。
ガルーダさんだってさっきまでの俺様な態度はどこへやら?って感じよ。
「思いがけないところであなた方をお見かけしますね、ガルーダ様並びにメリエヌ様。私には本日お二方がサイキ様に面会されるというご予定は報告が無かったんですが......おかしいですね。伝達に不手際でもあったんでしょうか」
オルティガさんの静かだけど「何勝手なことしてやがんだ」オーラは痛いほど伝わって来ます。
ようやく二人が青ざめてた理由が分かったよ!
「すいません、誰かと会う時はご報告しないといけなかったですか......?」
「いえ、サイキ様からのご報告は必要ありません」
ビクビクしながら聞いた質問は即答された。
でもまだ怒ってるじゃない!!
しかしその後に続く「ですが」というオルティガさんのセリフに、私の背筋は氷ついた。
「私は王族の家令として、このお二方のみならずすべての王族の方々のご予定について把握しておく義務がございます。その私がお二人がこちらにいらっしゃる事を知らなかったというのは、ガルーダ様の侍従もしくはメリエヌ様の侍女、あるいはその両方が私への報告を怠ったということです。これは見逃す訳には参りません」
もしかしなくてもこの二人、誰にも言わずにここに来たって言うの!?
なんか私も同罪っぽいじゃない!!朝から自室に闖入された被害者なのに!!
でもお父さんの事を思いってここにやってきたメリエヌさんが怒られるのは、私も心が傷む。
ガルーダさんはどっちでもいいけど、やっぱここは一番年上の私が一肌脱ごうじゃないか!
「ち、違うんです!!えっと......そう、私が偶然部屋の前を通りかかったお二人を部屋にお招きしたんです!!」
「偶然、ですか」
オルティガさんはちら、と二人に目をやるとそのすっきりとした目元をさらに眇めた。
や、やめてあげて!!メリエヌさんの息が止まりそう!!!
「いいでしょう。サイキ様がそう仰るのならこのことは不問に致します。どうやらお話の途中だったようですが、中座させてしまって申し訳ありません。どうぞお続けになってください」
「い、いや......もう十分話せた。メリエヌもいいだろう?」
「はいっ!サイキ様、本日は貴重な時間を頂きまして、感謝してもしきれませんわ。また異世界のお話をお聞かせ下さいね!」
そう言って二人はそそくさと退室して言った。
さすがにこのオルティガさんが同じ部屋にいて話の続きが出来ないのは分かる。
でもここに残された私はどうしたらいいのよ!!
オルティガさんだけじゃなくアイヴンさんも何やら問いつめたいような顔で見てるし!
「大丈夫ですか、サイキ様。また何か失礼な事を言われたりなどしませんでしたか?」
「いえ、本当に挨拶くらいしかしてないんで」
アイヴンさんは納得してないようだけど、あの二人との会話は私の中では決着が着いてる。
言ったらまたガルーダさんの印象が悪くなるだけだし、ここはシラを切り通させてもらおう。
心配してくれてるアイヴンさんには申し訳ないけどね。
オルティガさんとアイヴンさんは、私への面会希望者について話していたらしい。
王族はさすがに侍従長と近衛兵である二人がどうこうする事は出来ないので、私に判断は委ねられた。
一人ずつ会ってもいいけど、どうせみんなが気になる事は一つ......いや今は二つか。
同じ事を何度も違う人から聞かれるのって結構苦痛です。
芸能人の記者会見みたいに予め「王太子関連」と「噂」の話はナシでお願いしますとか言えたらいいのに。
簡単なティーパーティーのような席を開いて、そこにお招きするのはどうか?という案に二人はしばし考え込んだけどOKを出してくれた。
自分から言い出しておいてあれだけど、面倒くさ......。
その他の人達については、どういった理由で私に会いたいのかという要望書のようなものをまず提出してもらうことに落ち着いた。
理由によっては私の『理由』になり得る事柄もあるかもしれないのだそうな。ややこしい。
でも二人が言うには、中にはただ『異世界人』が物珍しくて見てみたいだけという人もいるという。
私は動物園のパンダか!!
私は朝からの突然の訪問者に加え、この面会希望者とやらの話にほとほと疲れてしまった。
仕事が接客業だから人と接することに苦痛は無い。
でもそれはあくまでお客様に対して。
ここで私に会いたいと言う人は私に何かを期待しているから気が重いのよ。
ため息も吐きたくなるわ。はぁ〜。
「お疲れのようですね、サイキ様。今日は気分転換に外の空気を吸われてみてはどうですか?」
「いいですね!閉じこもってばっかりいると気分も塞ぎますもんね」
城にはいくつか庭園のようなものがあるらしく、一般の城勤めや官僚の人でも入れる部分と、王族や貴賓でないと入れないものがあるという。
前者の方に行くときっと私との面会を希望してる人がここぞとばかりに湧いて出て来そう。
緑に囲まれてちょっと落ち着きたい気分の私は、なるべく人に会わないで済みそうなところを希望した。
「では屋上庭園の方へ行きましょう。塔部分ではないので高さはそれほど無いですが、景色はなかなかのものなんですよ」
屋上庭園は塔を囲むように建っている部分の屋上にあった。
広さはかなりあるようで、結構高い木々が植えられていたり、意図的なのかも知れないけど無作為に生えているような草花は、庭園というよりは公園という感じ。
どうやって作ったのか芝に覆われた地面は丘のように盛り上がってるとこまであって結構本格的。
中にはゆっくりと寛げる四阿があるというので、そこに行ってみることにした。
「随分立派な庭なんですね。もっとこじんまりしたものかと思ってました」
「以前はペットを飼っていらした王族も居たようで、ここで散歩をさせていたそうですよ。前庭部分は王族の居住区も遠いですし、人の出入りもありますからこちらの方が便利がいいようです」
「たしかに犬の散歩とか出来そうですよね〜これだけ広いと。もう入り口なんて見えなくなっちゃいましたよ」
「四阿はもう少し奥に作られているんです。周りを囲むように花が植えられていて、きっとサイキ様も気に入られると思います」
お城の庭と聞いたらバラ園とか想像してしまうお安い想像力の私を裏切って、ここに咲いている花々は種類もさまざま。
華やかで見た目にも美しいものもあれば、野の花のような慎ましいものもある。
しばらくして前方に白い屋根の小さな建物が見えて来た。
確かに周りにはどこから入ればいいの?というくらいに花が植えられている。
その建物はやっぱり四阿のようだけど、どうも先客がいるっぽい。
「もう誰かいますね。邪魔するのも悪いからどこか違うところへ行きますか?」
「......あそこにいらっしゃるのはディゲア様ですね。フィンエルタも居ます」
「え!!ほんとですか!!」
言われた方を見れば、あのサラサラの金髪は確かにディゲアさんだ。
エルタさんともう一人と一緒に四阿で何やら話している。
もう丸一日以上会っていないので、出来たら会って話をしたいなーと思うんだけど......あの噂があるからあまり近づかない方がいいんだろうか。
「もう一人誰かいますね。あれ?なんかディゲアさんと似てません?」
「あれは......」
ディゲアさんの向かいに居る人は身長もディゲアさんと同じくらいで、茶色に近い濃い金の髪を肩まで伸ばした少年。
遠目に見たらディゲアさんの双子と言われても信じちゃうくらい背格好が同じ。
ただ顔立ちはさすがに女の子と間違える程ではなく、線の細さはあるものの男の子だということは分かる。
3人をよく見ると、エルタさんが主にその少年と話してるみたいでディゲアさんは殆ど口を開いていない。
少年の方は何やら楽し気な雰囲気で時には笑顔も見える。
「なんか楽しそうですね。あの子も王族の人ですか?」
「そうです。やはり王孫殿下のお一人で、レシュカ様とおっしゃいます。ディゲア様とは同じ年ということもあり、王孫の中でも特に中が良いようですよ」
「ディゲアさんと似てるから双子みたいですね。やっぱり邪魔しちゃ悪いから行きましょうか」
私たちは来た道を途中まで引き返し、そこから他にもあるという四阿に行く事にした。
3人に声をかけることなくその場を離れたので、私たちに気がついたディゲアさんがレシュカさんの視界を塞ぐように、さりげなく立ち位置を変えたことなんてもちろん知るはずがない。
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