5日目 4
ちょっと長め?です
ちょ!えええええええ!?
お手付きってあのカルタ取りとかのお手付きなんてオチじゃないわよね?ガルーダだけに!なんつって......
まぁそんな(寒い)冗談はさて置き、なんでそんな噂が......
「そのような根も葉もない噂、サイキ様だけでなくディゲア様に対しても大変な侮辱です!」
「おいおい、お前は運ばれて来た方が城に着いてからの護衛だろう。ここにいらっしゃるまでのことなんか分からないじゃないか」
「ちょちょちょ!!あの、廊下で話すようなことでも無いんで、部屋に行きましょう!!」
後ろめたいことなんて全然無いけど、噂なんてどこでどうねじ曲げられて伝えられるか分かったもんじゃない。
女ばっかりの職場で何度もそれは恐ろしい噂を耳にしてきた身としては、こんなオープンな場所でそんなデリケートな話はもってのほかだから!!
まぁ現時点でも相当にねじ曲げられた噂ではあるようだけどね......
「お茶の用意さえしてくれたらあなたたちは下がっていていいわ」
アイヴンさんはメイドさんたちを全員部屋から下がらせると、部屋の主よりも横柄にソファに陣取るガルーダさんを強く睨みつけた。
王族に対してそんな態度で大丈夫なのか、ちょっと心配だけど気持ちはよく分かる。
さすがに睨みはしないけど、あまり好意的な態度で迎えたい人じゃ無いのは確か。
「それで?あんたがディゲアを男にしてやったんじゃないの?」
い、いきなり口調が馴れ馴れしく......!
っていうかディゲアさんを男にどころか、ディゲアさんが男っていうことを知ったのが昨日です。
でもそれを言ったら恐らくディゲアさんの沽券に大きく関わりそうだから絶対に言わないけど。
大体10歳くらい年下の、まだ少年と言ってもいいような子をどうこうするほど私も飢えちゃいないんで。
「何でそんな噂が流れるようになったのか全く分かりませんけど、そういう事実は一切ないです」
「ヤツはあんな辺鄙なところに14の時から2年も引っ込んでんだぜ?人との接触を避けてたって聞くけど、そこへ若い女が現れたんだ。やることなんて一つだと思うけどなぁ。大体あんたを保護してすぐに連絡しなかったって言うじゃないか。疑う余地がありすぎるだろう」
14の時から2年っていうと今16歳?
ほら!私よりも9歳も年下じゃないの!!
さすがに私とそういう噂になるのはディゲアさんに申し訳ないって。
「ガルーダ様、お言葉にお気をつけ下さい。サイキ様に対して無礼でございます」
「あんた元の世界じゃ平民なんだろ?畏まった口調の方が気を遣うかと思ったんだけど?」
ギュっと眉毛が寄ったままのアイヴンさんがそう忠告しても、彼は私から視線を外さない。
無視された上に一向に言葉遣いを正す気の無いガルーダさんに相当キレているのか、アイヴンさんから漂ってくる冷気で半端無く寒いんですが......。
「確かに私は平民というか庶民の出なんで、別に口調は気にならないですけど」
むしろ態度が気になるよ。
だって何その「こっちが気を遣わせないようにくだけた口調で喋ってるんですよ」的な言い方。
どう考えてもそれがこの人の地っぽいじゃんか。
「とにかく、私とディゲアさんの間にそんな男女の色っぽい事情はありません。大体10近くも年上の私とそんな噂になるなんて、ディゲアさんが可哀想ですよ」
「......あんた意外に若作りだったんだな」
「失礼な!!別に若く作ってるわけじゃないですよ!!日頃の努力の賜物です!!!」
高校時代から紫外線は極力避け、大学を出てからは毎晩のローションパックもかかさずに、肌が荒れるから大好きなナッツ類もつまみから除外すること5年......私が手塩にかけて育てた美肌なんだからね!!
「わたしもサイキ様はもっとお若いかと.......てっきり年下かと思ってました......」
「ええ!!私にしたらアイヴンさんはどう見ても年下でしたけど!?それにエルタさんと同級生なんでしょ?22、3くらいだと思ってたんですけど違いますか?」
「はい、わたしもフィンエルタも共に23になります」
「ふーん。異世界の人間ってのは童顔なんだな。まぁあんたが否定するならそういう事にしといてやるけどさ、もしディゲアを王太子になんて考えて取り入ろうとしてるんだったら止めたほうがいいぜ」
親世代飛び越えていきなりディゲアさんを王太子に?
考えてもいなかったていうか、私は王太子問題に口を出すつもりは無いってば。
「別にそんなことは考えてないし、私は王太子とか王位関係の問題にはノータッチでいたいんですけど」
「あんたはそうでも周りのやつが何を言い出すかわかんねぇだろ。いいか、異世界のお嬢さん。あいつが2年前から田舎に引っ込んじまったのはな、俺たちの伯父でもあった王太子が死んでビビっちまったからだよ。あいつは王位になんて全然興味無いんだ、寝た子を起こすような真似さえしなきゃ俺からは文句はねぇよ」
さっきまでのちょっと軽薄な雰囲気は消え失せ、真剣な眼差しで私を見据えるもんだから、思わずゴクリと喉が鳴ってしまった。
ディゲアさんが王位に興味が無さそうなのは昨日で分かったし、そもそも彼が王族って知ったのも昨日。
そこで私に彼を王太子にしろって言う方がどうかしてる。
私に言いたい事を言って満足したのか、ガルーダさんは冷めてしまったお茶を一口飲むと「邪魔したな」と言って部屋を辞した。
っていうか『お嬢さん』って私の方が絶対年上なんですけど......
未だ怒りの治まらない様子のアイヴンさんをリビングに残し、私は着替えることにした。
こんな高そうな服じゃ、全然落ち着かないもんね。
庶民は身の丈に合った服が一番。
あーTシャツとスウェットパンツがこんなに恋しいと思う時が来るなんて。
コットン(らしき素材)のチュニックワンピースに着替え、リビングに戻るとエルタさんが来ていた。
どうやらアイヴンさんが呼びつけたらしい。
「どうもサイキ様、災難だったようですね」
「うーん、確かにびっくりはしましたけどそんなに腹は立たなかったですよ」
「サイキ様はお優しいですね。わたしなんて叶う事なら蹴り出したいくらいでしたのに......」
別に優しいってわけじゃないけど、あの人の話で怒る部分って言ったら噂話のとこくらいでしょ?
やましいことなんて全く無いんだから否定さえさせてくれればそれでいいし。
「なんか怒るというよりはディゲアさんに申し訳ないというか。私のせいで年上好きのレッテル貼られたりしてないといいんですけど」
「あはは。ディゲア様は確かにどちらかと言えば年上の女性にモテますからねぇ」
「あ、やっぱりディゲアさんってモテるんですか?」
あの美少女顔の隣に並ぶのは、女として相当の勇気がいりそうなんだけど。
「そりゃあ王族ですし、あのお顔でしょ。同じ年頃の女の子はちょっと気後れするみたいですけど、年上の女性にしたら可愛いんじゃないですか?」
「可愛いと言えば可愛いんでしょうけど、私の居た国では成人した人が18歳以下の子どもに手を出すのは犯罪なので、私にしたらディゲアさんとどうこうって言うのはちょっと無理がありますねぇ」
「フィンエルタ、あなた生まれたのがこの世界で良かったわね」
へ~エルタさんってば18歳以下にも手を出しちゃってるのか。やっぱエロタだね!
アイヴンさんのセリフに若干引きつった笑顔になってしまったエルタさんだけど、また急にニヤニヤし出した。
こういう顔の時はよからぬ事を考えてるに違いない。要注意。
「じゃあガルーダ様はどうです?あの方は今年で20になられると言うし、サイキ様と『どうこう』なっても犯罪にはならないでしょう?」
「えっ?ガルーダさん?う~ん、犯罪では無いですけど好みじゃないですねぇ。性格悪そうだし」
「悪そうなのではなくて、実際に悪いんです。でなければ女性の部屋に押し掛けた挙げ句にあのような暴言を吐けるはずがありません」
「ガルーダ様が未婚の王子の中では最年長なんですけどね。サイキ様のお眼鏡には適いませんか」
「いや、別にそこまで王子様に拘ってくれなくてもいいんで!」
ガルーダ王子とどうこうなってまで玉の輿に乗りたくないというか、この世界に永住したくないというか。
飽くまでも私の目標は『帰宅』なんでね!そこんとこよろしく。
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あのとんでもない噂のせいか、今日はディゲアさんとは会えないままに終わってしまった。
こちらに来てから毎日会っていたので、なんだか胸にぽっかりと穴があいたように感じる。
私は思いのほか彼を心の頼りにしていたのかも。
ディゲアさんが突然現れた私を不審がることもなく、親切にも受け入れてくれたから、私もこの世界の人のことを信じることが出来たんだと思うのよね。
もし私を最初に発見した人が『運ばれて来た人間』ということに気がついたとして、例えば私を神様の遣いのように崇め期待をこめた目で見て来たとしたら、私も距離を感じて素直に歩み寄ることが出来なかったかも知れない。
ディゲアさんは私を保護したことで悪意ある噂の標的になってしまって、後悔してるかな?
5日目はここで終了です。
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