3日目 5
エレベーターを降りて、歩いて、また違うエレベーターに乗って、降りて、また歩いて......
私は自分の現在位置がとっくの昔にわからなくなっていた。
目隠しをされていなくても来た道を戻れないと自信を持って言える。
旅の疲れを取るために休む部屋へ行ってるのに、その道中のほうが遥かに運動量が多いです。
途中で何人かここで働いてると思わしき人にも出くわしたけど、みんな会釈するだけで話しかけては来なかった。
私の後ろを歩くエルタさんは女の人には全員もれなく挨拶をしてたけど。それはもう老いも若いも関係なく。さすがエロタ。
目的の部屋らしい場所に通された時には、私はかなりヘトヘトになっていた。
やばい、年かな......。
この2日間ほとんど運動らしき運動もしてなかったしね。
その割には日本に居た時よりもちゃんとした食事を三食しっかり食べてたし......。
「こちらの部屋でご自由になさっていて下さい。今お飲物をお持ちします。何かお食事も召し上がりになりますか?」
「夕食には少し早いな。軽いものを適当に持って来てくれ」
「ではこちらの部屋にお持ちしますので、少々お待ち下さい」
短いやり取りの後、私の働く百貨店の支配人も顔負けの完璧なお辞儀をして、オルティガさんは出て行った。
部屋はホテルのスウィートルームのように、リビングルームとベッドルームが別になっている。この辺はさすがお城ですな!
内装はそこまで華美ではなくて、色使いもブラウン系の落ち着いた配色。
あるだけでそこを迂回したくなるような高級そうな壺とかも無いし。
庶民の私でも普通に生活出来そうで安心安心。
私は荷物を壁際のチェストに置いて、部屋の中央に配置してあるソファへと腰を下ろした。
ディゲアさんも私の向かいに腰を下ろしたけど、エルタさんはソファの近くで立ったままだ。
「エルタさんも座ったらどうですか?」
「いや、俺はこのままで大丈夫です。一緒の席に座ったりなんかしたら今日にでも職を失いますんで」
そうか、ディゲアさんのお父さんの部下なんだっけ。
確かに私がディゲアさんのお父さんでも、エルタさんが自分のかわいい娘と同じソファに座るのはちょっと嫌かなぁ。
「じゃあ私の隣ならどうですか?」
「それもちょっと無理ですね......」
エルタさんは、何やら苦笑いをしている。
そりゃこんな平凡顔の私の隣なんて嫌かもしれないけど、「無理」って言うことないじゃん!
もうちょっとこうオブラートに包んだ言い方してよね。じゃあどう言えばいいかと言うと思い浮かばないけど。
「あの男のことは居ないものと考えてくれていい。どうしても気になるようなら廊下にでも立たせておくが」
「いえいえ!そこまでしなくてもいいですよ!!」
ディゲアさんのお心遣いは有り難いけど、廊下に立たせるとか今時学校でもそんなことしないわよ。
確かに同じ部屋で立ってられるのも気になるっちゃ気になるけど、廊下に立ってるのかと思うともっと気になるって。
私が断るとちょっと残念そうなディゲアさん。
エルタさんてばこんなに嫌われるなんて、何かよからぬことでもしたんだろうか。
確かにディゲアさんはそんじょそこらじゃ見ないような美少女だけど、やっぱ嫌がることはしちゃいけないと思うのよ。
顔が規格外に美しいのも考えものよね......ディゲアさんも苦労してるんだろうな。
何故か3人とも黙ってしまった部屋に、コンコンというノックの音が響いた。
すかさずエルタさんが扉を開くと、そこには数人の女性を従えたオルティガさんの姿が。
女性のうちの一人はワゴンのようなものを押している。
が、それにもタイヤが無い!!浮いてるよコレ!!!
まさかこの一見普通そうな女性がすごい握力で持ち上げてるとかじゃないよね!?
私がワゴンに気を取られている間に、女性達はテキパキとソファセットのテーブルにお茶の用意をしていく。テーブルの中央にはいくつかの皿が並べられ、それぞれに美味しそうなお菓子やら、果物をカットしたようなものが載っている。
好きなものを取り分けてくれると言うので、適当にお皿に盛ってもらった。
私がもぐもぐとおやつを食べ始めたところで、ディゲアさんもティーカップを口に運ぶ。
いや、ほんと絵になるわ〜。
ディゲアさん家の素朴なカップもよかったけど、このいかにも王室御用達です!って感じの高級そうなティーカップは、彼女の髪と同じ金の縁取りに、瞳と同じオレンジの花が描かれていて、まるで彼女の為に誂えたようにとてもよく合っている。
「この後はどうなっている」
「はい。四元老の皆様が面会を希望されておりますので、お嬢様のご都合がよろしければ本日中に席をご用意させて頂く予定です」
「面倒なことは早々に片付けて置くに越したことは無い。夕食の前に済ませておくか」
「ではその様に。お嬢様、しばしこちらにてお寛ぎ下さい」
ディゲアさんとの会話を端的に終わらせ、私に向かってまたあの完璧な礼をすると、メイドさんたちを残してオルティガさんは去って行った。
あの人の動きはまるで無駄が無い......
日本にいたらホテルマンとか似合いそう。あ、それよりも社長秘書とかかな。あくまでもイメージだけど。
「この後、四元老に会ってもらう。政府の最高官僚だな。お前が運ばれて来た人間であるかどうかの確認も行われるだろうが、私も同席するし堅苦しく考えることはない」
「いきなり最高官僚ですか......そうは言われても緊張しますよ。服とかこのままでも大丈夫ですか?失礼じゃないですかね」
「特に支障はないだろう。来た時の格好のままのほうがいいだろうから、その服でいいんじゃないか」
ワンピースの裾をピラっと持って確認。
一応昨日洗ったし、素材もそんな悪くはないと思うのよね。
しかし部屋着で寛いでる時に飛ばされなくて良かったな、私。
プリントの褪せたTシャツに膝の出たスウェットパンツを穿いて、ノーメイクでからあげをつまみにビール飲みつつDVDを見る私を想像して、しみじみ思う。
飛ばされたのがあと1時間遅かったら、私あの格好でおエラいさんに会わないといけなかったのか......。
名前で男に間違われるより前に、女であることを疑われそうだわ。
「俺もその服、サイキリッカ様にとてもよくお似合いだと思いますよ」
にこにこと笑うエルタさんの一言に、部屋に居たメイドさんたちが一瞬ギョっとした顔を見せた。
ああ、やっぱり名前か......。
「あの、様づけは別にして頂かなくてもいいんですけど......。私そんな大層な身分でも無いし。あとフルネームで呼ばれるのもちょっと違和感があるというか」
「国王陛下でもあなたを裁くことは出来ないのに、恐れ多いですよ」
「じゃあせめてフルネームはやめてもらえませんか?」
「どれが姓でどれが名なんだ?」
「妻木が名字で、立花が名前です」
「ッく......」
ディゲアさんの問いに答えた途端、いきなり呻くような声が聞こえたので、後ろを振り向くとエルタさんが口に手をあてて震えていた。
なんか笑うのを我慢してるっぽいような......
メイドさん達もみんな目線を反らして肩を震わせているし。
ちょっと〜私の名前どんだけヤバイのよー!!
「えーっとじゃあ、サイキ様、とお呼びしますね。そっちのがまだマシだ......」
「はい、それでお願いします」
後半部分がよく聞こえなかったけど、名字に様付けなら接客業では普通にあることだし抵抗は無いかな。
どうせここにいる「妻木」は私だけだろうし。
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