男の世界
向かい合うイナリとゴウク。
王都の闘技場のような華やかな舞台でもなければ、弁舌巧みに会場のボルテージを上げる司会進行もいない。
けれど今この場所は、静かな熱気に包まれていた。
イナリの力を目の当たりにした者達も、直接目にすることはなく人づてでしか聞いていない者も。
戦うゴウクの姿を一目見ようとやってきた野次馬の丁稚達や、ゴウクに長いこと仕え続け次期当主であるイナリを品定めしようとしている使用人達。
何十もの瞳が、ステージ中央で向かい合う二人に向けられている。
そしてその最前列には、用意されている周囲より一段高い特等席で不思議そうな顔をしている一人の少女の姿があった。
誰であろう、ゴウクの娘にしてイナリの妹であるミヤビである。
彼女は右隣にいるローズの方へと顔を向ける。その端正な顔の眉間には、むにゅっとシワが寄っていた。
「うーん……ねぇローズ」
「はい、なんでしょうかミヤビさん」
「どうしてお父さんと兄ぃが戦う必要があるの?」
「それは……どうしてでしょうか、マクリーアさん?」
「……えっ、そこで私に振るんですか!?」
ふふふと軽い笑みを浮かべるローズと、用意していた干し肉をかじりながら完全に観戦モードに入っていたマクリーアがミヤビの左右を固めている。
この三人、最初の頃はミヤビがローズを敵視するような場面も何度か見られたが、今では皆で並んできゃっきゃと姦しく話し合うくらいに仲が良くなっていた。
真面目なミヤビとおっとり腹黒なローズ、そしてあんまり何も考えていないマクリーア。
まったく違うタイプの三人の相性は、意外なことに悪くなかったのだ。
いやあるいはまったく違うタイプだからこそ、互いを認め合うことができているのかもしれない。
「えっと、私の予想でもいいですか?」
「もちろん。うちにはさっぱりわからへんねんもん。なんで二人が戦う必要があるわけ? こんなことしとる間にもっと魔境の奥に行って魔物を狩った方が後々楽になるんとちゃう?」
「めちゃくちゃマジレスですし実際その通りだと思うんですけど……多分そういう合理的なことじゃないんだと思いますよ」
「ああ、なるほど。なんとなくわかる気がします」
マクリーアの言葉に、ローズがポンッと手を打った。
彼女もまたなぜいきなりイナリとゴウクが戦うことになったのかはわからなかったのだが、彼女には以前イナリと濃密な時間を過ごした時の思い出がある。
あの時彼は間違っているようにしか見えない手段を平然と執り、そして最短距離で結果をたぐり寄せてみせていた。
イナリの一見すると非合理的にしか見えない行動には、なんらかの意味がある。
実際に共に動いてそれを理解できたからこそ、今回の行動にもなんらかの裏の意図があるのではということが飲み込めたのである。
「え、ローズさんもわかったの? それならうちにわからんはずないなぁ……もうちょっと考えよかなぁ」
「それ、どういう意味ですか?」
「んんー、なんでもないよー」
二人が少々毒舌気味な応酬を繰り返している間に、マクリーアが肉をかじりながらイナリの方を見ていた。
父を前に笑みを浮かべているイナリの表情を見て、彼女は小さく笑う。
それは小馬鹿にしているようでもあり、そしてどこか羨ましそうでもあった。
「男の世界……ってやつですかね、多分」
「男の、世界?」
「ええ、理解に苦しむんですけど、男って私達から見たら意味がわからないようなことに本気を出したりするんですよ。イナリ様も男ですからね」
「ふぅん、そういうもんなんかぁ……」
納得いったようないっていないような、そんな声音でミヤビは呟いた。
二人が一歩近づき合い、互いの得物を構えた。
「あ、始まるみたいですよ」
「いざという時はお願いね、ローズ」
「もちろんです、任せて下さい。もし死なれてもアンデッドになる前にきちんと浄化させますから」
「いや、そこは死ぬ前に止めてぇな……」
土魔法によって作られた特設ステージの中央。
周囲の耳目を引きながら、イナリはゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
(ちょっと思うてたんとは違う形にはなったけど……ま、ええか)
魔剣創造を使いその手に雷の魔剣を持ちながら、スッとわずかに目を開く。
そこにはこちらに向けて大剣の切っ先を向けているのは、油断のない構えでこちらを見つめているゴウクの姿が映る。
ここに来る時は、父と戦うことになるとは思っていなかった。
だがそもそもの話力を見せたいとは思っていたのだから、直接剣を交わすことができるこの機会を利用しない手はない。
(アースドラゴンと戦う前の前哨戦……っちゅうには、ちと相手が大きすぎやけど)
昨日見ていたからこそわかる、ゴウクは現在のイナリからすると紛れもない強敵だ。
だがそれでも、イナリに負けるつもりはない。
せっかく戦う場を得た以上、イナリはこの戦いで何かを得て、父に勝つつもりだった。
自分がどれだけの戦いを乗り越えて今この場に立つことができているのかを、教えてやるくらいのつもりで挑むつもりだ。
「思いっきり、胸をお借りしますね」
「ああ、遠慮なく……かかってこいッ!」
「試合……開始!」
審判をしている男の声が響く。
そしてイナリとゴウクの戦いが、始まった。




