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アースドラゴン


 イナリの調査が長くなることを考え、ゴウク達は一旦タリバーディン湿地帯の近くにある開拓村にて休息を取ることになった。

 けれどイナリが帰ってくるのは、彼らが予想していたよりはるかに早かった。


 イナリは単身で難なく最奥まで向かい、一日もかからずに今回のタリバーディン湿地帯の異変の元凶を特定してみせたのだ。




「――なるほど、やはりアースドラゴンだったか」


 エイジャ地方の特産である緑茶を飲みながら、ゴウクがぽつりと呟く。

 何かを考えている様子の彼に、同じくお茶を出してもらったイナリは湯気の立つ湯飲みを手に持ち、軽く喉を潤してから報告を続けた。


「ええ、餌というよりは、何かを探しているような感じでしたね。自分で動き魔物達を殺しながら、血眼になって動き回っとりました」


「ふむ……なるほど、珍しいな」


 通常アースドラゴンは、自身のテリトリーからほとんど出てくることはない。

 基本的には怠惰な性格をしており、一度居座り始めるとよほどのことが起こらない限りはてこでも動かないという性質を持っているドラゴンだ。


 それ故にアースドラゴンはタリバーディン湿地帯の最奥にある森林地帯から長いこと動かずに居座り続けており、サイオンジ家にとっての頭痛の種であり続けてきた。


「言うても人里目指して一心不乱に進んでるっちゅう感じでもなかったんで、まだしばらくの猶予はあると思います」


 アースドラゴンは小さな前足二本を手のように使い、大きな後ろ足二本を使って移動を行うずんぐりむっくりな体型をしている。

 そのフォルムと大きさのため移動速度は極めて遅く、背に翼は生えているものの飛行能力はほとんどない。


 故にその移動スピード自体はさほど早いわけではないため、今すぐにどうこうという問題は起こらないはずだ。


 しばらくの間その生態を観察していたイナリの見立てでは、最短でこちらに向かってきたとしてもまだ一月以上の猶予はある。


「だがアースドラゴンの行動パターンに変化が出た以上、我らも動きを変える必要があるのは間違いない……助かったぞイナリ、値千金の情報だ」


「そう言うてもらえるんなら、頑張った甲斐もあるってもんです」


 イナリの情報を元に、ゴウクは改めて作戦を練ることにした。

 彼自身アースドラゴンが原因であることは想像がついてはいたものの、まさか自身の先々代の頃から己のテリトリーから一度も動かなかったアースドラゴンがそのような動きに出ているとは予想していなかったからだ。

 ジッと瞑目しながら考えをまとめていたゴウクが、スッと音もなく目を開く。


「この場合……やはり討伐するしかないだろうな」


 こうなった以上、やはりどう考えてもドラゴンを討伐するしかないというのが、今回彼が出した結論であった。

 今はまだ魔物と戦っているだけだからいいが、もしその範囲が徐々に広がっていった時、いつかは人間の生息域とかち合うことになるだろう。

 下手に村や街などを襲われてしまえば、為す術もなく蹂躙されて終わりだ。

 エイジャを守るためには、元凶を取り除くしか方法が残されていない。


「いけるでしょ、僕も参加しますし」


「……ダメだ、危険すぎる」


 ドラゴンは上位魔族などと並びこの世界の魔物における最強格のうちの一つである。

 その爪と牙はあらゆる防御を貫通するだけの高い攻撃力を持ち、その鱗と皮膚は高い魔法防御力があり魔法の威力を大幅に減衰させてしまう。


 最強の矛と盾を併せ持ちながら、奥の手であるブレス攻撃まである。

 攻防一体となっているドラゴンを討伐するのは王国においても極めて難事とされており、実際ドラゴンを討伐することができたものはドラゴンスレイヤーとして敬意を受ける対象とされることも多い。


「でも父さん達だけだと厳しいんちゃいます?」


 イナリの言葉を聞いたゴウクは、スッと自身の腕を上げて手のひらを大きく広げた。


「概算だが、勝率は俺が単身で挑んで五割ほどだ。被害を覚悟の上で部隊を突っ込ませれば、八割程度までは上げられる」


「父さんと僕らが手を合わせれば十割まで持ってけますよ」


「……それでも俺は、反対だ。王都に魔法便を使い手紙を出す。陛下から戦力を貸してもらい、万全な状態で挑めば更に勝ちの目は広げられるはずだ」


 ゴウクが自分を今回の戦いに参戦させるつもりがないことが、イナリにははっきりと見て取れた。

 もちろんその気遣いを嬉しいと思っている自分もいる。

 けれど今はそれよりももっと大きな感情が、イナリの胸の中でとぐろを巻いてうねっていた。


「ふぅ……あのね、父さん。一ついいですか?」


 呆れにもため息にも見える息を吐き出しながら、イナリは音もなく立ち上がった。

 そして瞬間、彼の姿が消える。


 ――パアンッ!!


 炸裂音が部屋の中へと響き渡り、部屋の中の埃が宙を舞った。

 乾いた音は背後に回りイナリが繰り出した握りこぶしを、ゴウクが手のひらで受け止めた音であった。


「あんまり僕のこと、子供扱いせんでください」


「イナリ……」


「実は思うてたことがあるんです。ねえ父さん……一度、僕と手合わせをしませんか? 正真正銘の全力で」


 イナリはドラゴンを討伐するため、そして父に自身が強くなったことを見せるためにこの魔境へとやってきた。

 何もせずにただ指をくわえて見ているだけなど、できるはずもない。


 現状『コールオブマジックナイト』でイナリが使っていた彼の固有技、桜花乱舞が使えるようになる手応えは一切ない。

 やはり人は極限の状況下の中でしか輝きを宿さない。

 通常の魔物との戦いではもはや何も得るものがないイナリが何かを得ようとするのなら、彼は壁に挑むつもりがあった。


 そして命がけで行うアースドラゴンの討伐のその前に、イナリには超えたいと思う壁があった。


 ――そう、彼は自身の力を父に見せたかったのだ。

 あの時憧れていた父の背中に、自分の手は届いているのか。

 自身は今、どこに立っているのか。

 ゲーム知識という形でしか理解できていないものを、この世界と地続きの感覚として得たいという気持ちが強くあったのである。


 故にイナリは不敵に笑いかける。

 息子の変化を見て取ったたゴウクはわずかに逡巡した後……小さく、首を縦に振ったのであった。



 ゴウクはイナリの願いを快く受け入れた。

 彼は王都に向けて魔法便――移動に特化したアクティブスキルを複数持っている者達による高速輸送便のことだ――を使って王都へと手紙を送った。

 その返答が帰ってくるまでにはまだ数日ほどは時間的な余裕がある。


 アースドラゴンの移動速度を考えて対応できないような事態は起こらないし、この場には王国の中でも一二を争うほどに優れた回復魔法の使い手であるローズもいる。

 どれだけ怪我をしてもすぐに治すことができるとなれば、模擬戦の一つや二つをやってもなんら問題はない。


「せっかくだ……アースドラゴン戦が始まる前に、存分に見せてやるといい。お前の持っている力の全てをな」


 ゴウクはそう言って、配下の者達にも大々的に模擬戦を行うことを告げ、自身とイナリが戦う場所の準備を整え始めた。


「ええんですか、僕が勝ったらめっちゃ赤っ恥だと思いますけど」


「息子に超えられることを喜ばない親などいないさ」


 イナリの相変わらずの減らず口も、ゴウクはそう言って軽く受け流してみせた。

 こうして翌日、土魔法使い達によって村の外れに作られた特設ステージの上で、イナリとゴウクは改めて向かい合うことになるのだった――。

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