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64.私からあなたへ

2022/2/23 4話目の投稿です

「久しぶり」

「まーた来ちゃったかー」


 たまたま同時に実家へ帰省した家族にかけるような気軽さで声をかけてきた沙雪。

 対照的に眉間にぶっといシワを寄せて片手で顔を掴みうつむくトーマ。

 二人はおよそ二年ぶりに再会した。


「ここは変わらない……こともないか。だいぶ直ってる気がする」


 場所はもちろん夢の中。トーマと沙雪が別れたエア城の一室である。ところどころひび割れているが部屋としての体裁は保っている。

 沙雪が目覚める直前にはエア城の大部分が崩落していた。沙雪が起きた後にも崩壊は進んでいただろう。エア城は消滅していてもおかしくなかった。謎の空間でトーマと対面するかと思っていた。


「ああ、なんやかんや修復してみた。修復されたって方が近いかな。……それより、どうしてまたここに来たんだ?」


 すでにトーマは現実の情報を獲得する権限を失っている。沙雪の身に何が起きたのか知るすべはない。

 夢の世界に来る理由として真っ先に思いつくのは現実が辛くなったことであるが、顔を見るとそんな様子はない。元気そうである。


「トーマに会いに来た。他に何かあると思う?」

「……いや」


 うぬぼれではないが、現実逃避以外で沙雪が夢の世界を再訪する理由はそれくらいだろう。


「久しぶりに会えたんだしさ、少し話そうよ」


 沙雪は部屋にあった椅子をふたつ横に並べた。片方に自分が座り、もう片方をぺしぺし叩く。座れということらしい。

 沙雪が言う「話そう」とは雑談しようというニュアンスだろう。会話だけならすでにしている。


「まあ、もう来ちゃったしな」


 トーマは沙雪の横に座った。雑談するくらいの時間はある。どうせここまで来てしまったのだから少しくらいいいだろう。

 実のところトーマも会話に飢えていた。約二年間、誰もいない場所にいたのだから当然と言える。相手が沙雪ならなおさら話したい。


「あー……なんていうか、元気?」

「なにそれ。トーマは現実世界のことを見れるんじゃないの?」

「もう見れない。あれは夢の世界と現実世界が近かったから出来たことで、切り離されてしまった今はもう何もわからん。そういう沙雪はどうやって来たんだ?」

「前川さんたちが今も夢の世界にいけないかって研究してたから協力したの。夢の世界との繋がりなら私が一番強いから」


 夢遊症集団罹患事件が解決した後、前川は主席研究員から降格された。

 懲戒免職という話もあったらしいが前川に真実を話すよう勧めた人が庇ったのだ。降格の懲戒処分も表向きのものだけで、実際には便宜をはかってもらっているとのこと。

 夢の世界の研究は今も進められている。集団罹患事件の原因を突き止め再発に備えなければならない。その過程で夢の世界を活用できるようになれば万々歳である。


「研究はあんまり進んでないみたいだけどね」

「再現性ない現象だからなー」


 集団罹患はトーマが引き起こしたものである。

 夢の世界と現実世界が離れた今、トーマでも同じ現象は起こせない。

 さらに言えば、トーマもどうして現実世界へ干渉できたのか、詳しい理屈は分かっていない。

 まともにデータも摂れていない一度きりの現象を解き明かすことは難しい。研究所も半ば諦めつつあり予算も人員も削られている。

 トーマは自分がやらかしたことのあおりを一身に受ける前川に内心で合掌した。


「私はずっとリハビリ漬けでこの間就職が決まったところ。ちなみにマギはもう社会復帰してバリバリに働いてて、サクラさんは結婚した」

「お、どんな仕事するんだ?」

「フツーの事務仕事。ブラックではないってお墨付きだからそこは安心かな」


 沙雪は他の患者と罹患の経緯が違うが前川たちは社会復帰のために力を貸してくれた。就職先も公的機関の監査がしっかり入っている。


「ムラマサとジークフリートは学校に通い始めたらしいよ。ジークの方は馴染めてないらしいけど」

「あの性格だからなあ……」


 ジークフリートのことを思い出す。むやみやたらと尊大で自意識が肥大化していた。今なら笑えるが、話している時には結構イラついていた自覚がある。もし自分の同級生にいたらなるべく関わらないようにするだろう。


「スカイさんはトラックの運転手やってるって。たまに行った先の写真をグループにのせてくれてる」


 スカイこと宇津美は運送会社に再就職することができた。


「安村さんと石山さん……エアも元気そうだよ」

「あ、その二人だけはちょっと知ってる」

「そうなの?」

「エア城がちょっと修復されてるのも二人の影響なんだよ」


 エアの現実での名前は石山大規という。石山は念願かなって安村と遊んでいる。

 石山と安村は沙雪に次いで夢の世界と繋がりが強い。二人が作ったもの、作ろうとしているものが断片的にこの世界へ流れ着くことがある。エア城は一年前から徐々に修復されつつあり、そのうちパワーアップして復活しそうなほどである。

 二人は現実逃避ではなく、正しく夢を見始めた。

 そう知った時には無性に嬉しかった。


「みんな前を向いてる。すごいなって思うよ」

「沙雪もそうだろ。就職してるし」

「私は流れでそうしてるだけだよ。大学受験の時と同じ」


 沙雪は断定していた。有無を言わせるつもりはないらしい。

 トーマは眉間にシワを寄せた。


「じゃあ、また現実が嫌になってこっちに来たのか?」


 沙雪は首を横に振る。


「まさか。そんなことしたらトーマも困るでしょ」

「……俺に会いに来たって言ってたもんな。正直あんな感動的な感じで別れたのに突然の再会に気まずさが隠せないんだが。なんか言い残したことでもあるのか」

「そう。就職する前にすっきりしておきたくて来たの」

「分かった。聞くよ。何を言いそびれたんだ」

「トーマにお別れ言ってない」


 思わずトーマは沙雪の方を見た。沙雪はじっとトーマを見ている。

 トーマは岸辺当真を模した人形である。だから沙雪に別れを告げた時、当真の意識が目覚めてトーマが当真になったかのように振る舞った。そのつもりだった。

 最初、沙雪はトーマに会いに来たと言った。その後、別れを告げたのは岸辺だと言った。

 沙雪はトーマと岸辺当真が別人だと気付いていたのだ。


「あの野郎」

「父さんは関係ないから」


 心当たりは高見徹也しかいない。黙っておけと言ったのに漏らしやがって、と顔をしかめるが即座に否定された。ちょっと気まずかった。

 沙雪はトーマの創造主であり、当真と最も深く付き合った人間である。

 ほんのわずかな付き合いしかない高見徹也にもトーマの意識が残っていることはバレていた。沙雪が気付いていても何ら不思議はない。


「ねえ、トーマはどうして私を起こそうとしたの? 私が起きたら自分が消えるって分かってたでしょ」


 トーマは沙雪の願いをかなえるためだけの存在だった。沙雪が目を覚ませば他の転生者のための人形になる。沙雪に与えられた自我は当然消滅する。


「沙雪に死んでほしくなかったからだよ」

「……自分が死んでも?」

「正直、自分が死ぬって意識は薄かったと思う。沙雪を助けるために何をすればいいのかってことだけ考えてた」

「……もしかして私、起きたかったのかな」


 沙雪は視線を落とす。

 トーマは自由意思を与えられていたが沙雪の支配下にある人形でもあった。

 もしかすると、自由意思を与えたつもりでいただけで、トーマは沙雪の思い通りに動く人形のままだったのかもしれない。沙雪が心のどこかで起きたいと思っていたから消滅を承知で動いたのかもしれない。


「かもな。でも俺は自分で考えて決めたつもりだよ。沙雪が起きたいと思っていたならそれにこしたことはないけど」


 自分の決断に沙雪の意思が全く絡んでいないと断言はできない。トーマは沙雪の願いに応えるための人形だからだ。

 だが、トーマ自身が沙雪に目覚め、生きていてもらいたいと思ったこともまた事実だ。

 ただ沙雪の言いなりになっただけと思われるのは心外だった。

 沙雪の目が潤む。


「あー」


 涙がこぼれる前に沙雪は両手を上にやって伸びをした。目をつぶりながら上を向く。


「私さ、映画でよくある『大切な人が死んでしまったけど強く生きていきます』みたいなの苦手なんだよね。それって忘れていくことを美化しているだけじゃないかって思っちゃってさ。本当に大切ならずっと覚えてるでしょって」


 失うことは傷つくことだ。映画やドラマでそんなシーンを見るたびに代わりの何かを傷口に流し込んでいるように見えて気持ち悪かった。

 結局、さほど大切じゃなかったんだろうと思ってしまう。死人を想うことに飽きてそれっぽい理由を付けて自分の薄情さを許そうとしているように見えた。

 当真が死んでからは殊更そう思えて、映画館で怒鳴りそうになってしまった。それ以来映画館には行っていない。

 なのに、と沙雪はため息をついた。


「岸辺にお別れ言って結構すっきりしちゃったんだよね。薄情かもしれないけど岸辺のことはもうあんまり引きずってないと思う」

「薄情なやつは十年も引きずらんだろ」


 家族でも喪に服すのは一年程度だ。十年も引きずられたら故人も草葉の陰で心配するだろう。


「気になるなら命日に一分くらい黙祷するとかどうだ? 命日過ぎてから思い出したらその時に黙祷すればよし、くらいの気軽さでさ。そんでたまに墓のそばに寄った時に覚えてたら手ぇ合わせるくらいなら岸辺当真も嬉しいんじゃないかな」


 死んで即忘れられたらさすがに寂しいが、自分が死んだことに大切な人がいつまでも囚われていたらやりきれないだろう。

 たまに、でいいのだ。親族でもないのに毎年墓参りしろなんて思わない。そもそも当真に当真と名が刻まれた墓標があるかすら怪しい。

 行動に起こすことで感情を言語化する。いずれは長期記憶の中に埋もれて思い出さなくなる。

 それでいい。岸辺当真はもう死んだ。岸辺当真よりも今ある現実に向きあってほしい。

 しっかり生きて、時たま思い出した時に弔ってくれたら言うことなしだ。


「……うん、そうする」


 予感があった。

 きっと今年は当真の命日を覚えている。しっかり黙祷するだろう。来年や再来年くらいはしっかり覚えている自信がある。

では五年後は? 十年後は?

 生きることは忙しい。悲しみは日常に紛れて薄れ、何年か経つうちに命日を過ぎてから思い出すようになり、いずれは当真の命日を思い出さなくなるのだろう。

 ふとした拍子に当真と過ごした時間を思い出してそんなことあったなと笑えるようになる。


 当真を失った傷に代わりの何かを流し込むようなことは決してしない。

 当真に別れを告げたことで痛みは和らいだ。もうなみだはこぼれない。

 いつか傷は傷跡おもいでに変わる。


「あ、でもトーマはどうしよう」


 当真と同じくらいトーマも大切な存在である。

 当真は亡くなっているので黙祷することに抵抗はないが、トーマに黙祷するのは違う気がする。


「俺のことは思い出さなくてもいいよ」

「それは無理」

「おおう、即答か。嬉しいような、なんというか。でもアレなんだ、思い出してもらう必要が無いんだよ」

「必要ないって何よ。忘れられたら悲しくない?」

「完全に忘れられたらちょっと泣くかも」


 トーマは腕を組んで目を閉じる。どう説明したものかと悩んでいた。

 その様子に悲壮感はまるでない。


「俺さ、多分死なないんだよね。それも当分」

「死なないって……そういえばなんでまだ消えてないの?」


 沙雪が目覚めた時、夢の世界は急速に崩壊しつつあった。沙雪が目覚めた後、三十分もかけずに完全崩壊する勢いだった。

 夢の世界の崩壊は現実世界に生きる無数の人々からの拒絶と否定によるものだ。夢遊症罹患者が全員目覚めたことがすぐに報道されたとしても一瞬で夢の世界への恐怖がぬぐわれるとは思えない。完全崩壊は免れなかったはずだ。夢の世界が崩壊すればそこに生きるトーマだって消滅する。

 そういえば前川も夢の世界には何があるか分からないと言っていた。なのに沙雪はトーマがいると確信していた。

 よく考えると、こうしてトーマと話していることがおかしい。


「多分だけど、夢の世界を怖がって遠ざけようとする人ばっかりじゃなかったんだ。自分も夢の世界で救われたいって思う人もいた。

 だからこの世界は小さくなって現実世界から遠ざかったけど消滅まではしなかった。

 そんで、安村さんたちが新しいエア城を夢見ているからエア城は新生しつつある。このへんを踏まえると、だ」


 トーマも沙雪を見送った時には消えるつもりでいた。それでもいいと思っていた。

 けれどトーマは消えなかった。エア城が崩壊して夢の世界がただの真っ暗闇になってもそこにあり続けた。

 しばらく経つとエア城が再生し始めて、トーマは考えた。

 他の人形は全て消え去ったのにどうして自分は生きているのだろう。


「沙雪が俺に生きていてほしいと思ってくれたからここにいるんだと思う」


 夢の世界は人の願いをかなえる。

 ならばここにトーマが生きているのも誰かの願いによるものだ。

 きっと高見徹也もトーマが生きることを望んでくれた。もしかしたら安村もそうかもしれない。

 なにより沙雪がトーマが幸せに生きることを願ってくれた。

 現実世界からの無数の拒絶よりもずっと強く。

 だからトーマはここにいる。


「沙雪は二回命をくれるくらい俺のことを思ってくれた」


 岸辺当真の代わりとして作ってくれたのが一回目。今回で二回目になる。


「だから俺は大丈夫。沙雪には自分のことを考えて幸せになってほしい」


 沙雪はトーマの言葉に答えない。

 両手を握って下を向いている。

 トーマは前を向いて笑っている。

 この身が誰かの愛の結晶だと思うと救われる。


 当真は沙雪に生きてほしいと言った。沙雪が当真に生きてほしかったのと同じくらい、当真は沙雪に生きてほしいと。

 トーマは沙雪に幸せになってほしいと言う。沙雪がトーマに幸せに生きてほしいのと同じくらい、トーマは沙雪に幸せになってほしい。

 誰かが誰かを想う時、想われた人もまた何かを想っている。


「……そろそろ時間だ」


 沙雪が立ち上がる。顔の周りに舞った雫にトーマは気付かないふりをした。

 つかつかとトーマから離れる沙雪。

 何歩か歩いたところでぴたりと足を止めて振り返る。

 その目は赤いが濡れてはいない。


「それじゃあさよなら、トーマ」

「ああ、さよなら、沙雪」

「いつかまた来る時には話しきれないくらいの思い出話を抱えてきてやるから覚悟するように」

「楽しみにしてる」


「トーマ、行ってきます」

「おう、いってらっしゃい」


 その瞬間、沙雪の姿は嘘のように消えていた。痕跡ひとつなくさっきまで幻と話していたのではないかと思うくらいだ。

 トーマは背もたれに全体重を預け空を見やる。


「ゆっくりおやすみ、よいじんせいを」


23時くらいに最後の+α部分を投稿します

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