21話 今夜も寝かせないぞ?なのじゃ
「おいまさか。アルフォンスだぜ?なぁ」
「わざわざ言わなくても、私達にだって見えてるわよ」
この部屋にいるのがアルだと分かった途端に、バドの声が変わる。半年前と変わらないあのミレイ村の時のような、人を見下した声音だ。バドに続いて通路から出てきたソフィアとクリスも、この巡り合わせに驚いてはいるようだが、バドほどあからさまに見下した態度は取っていない。どちらかと言うと伏し目がちである。三人とも表立ってはどこも変わっていない様に見える。装備ですらそんなに変わってなさそうだ。
バドが抜いていた剣を納めながらこちらに近付く。
「おいアルフォンス。お前スキルは出たのかよ?スキルも無しでこんな所にいちゃあ危ねぇぞ?」
「やあバド。久々にその嫌みを聞けて嬉しいよ」
その年下の子供を相手にする様な態度ですら少し懐かしかった。昔からの条件反射でつい後ろに下がりそうになる。バドの傲慢さがエスカレートしたのは、【剣術Lv1】のスキルを得た十歳の頃だ。主にそれは嫌がらせの対象だったアルに向けられた。村の大人に習う剣術練習で、ボコボコに殴られた事もそんなに昔の話ではない。
この数週間で、実はバド達とは数回出会っている。多くは冒険者ギルドでだ。しかしアルはあえて接触しない様にしてきた。
その一番の理由が、"ややこしい"事になりそうだから、だ。
「誰じゃこいつらは。アル。知り合いか?」
主にシオンとバドが。
バドはシオンに対しても、かなり高圧的に接するだろう。アルはそう思っていた。そしてシオンはそれに対して分かりやすく反発したり一発くらわせたりするだろうとも。
しかし実際にはそうでは無かったらしい。アルの予想は見事に外れたのだ。シオンがアルの影から姿を見せると、バドは固まった。そしてみるみるうちに顔が赤くなる。こんなバドは見たことがない。口をアワアワさせながら、何を言いたいのか、何を言おうとしているのか。やっと口に出た言葉はかなりしどももどろだった。
「お、お、お前らはパンテ、ちがっ、パーティなのか!?」
噛み方が尋常じゃないな………。どうしたんだろう?
「ふふ………妾達がパンティ以外の何に見えるのじゃ?」
クスクスと可憐に笑いながらシオンが言った。おいおい、煽るなって。
更に顔を真っ赤にしたバドは二の句が継げなくなる。顔中に大量の汗が出てきて、息さえも出来ているのかどうか怪しい。
バドの後ろでため息をついたソフィアが進み出てくる。後ろからバドの二の腕を掴み、出口へと引きずっていく。
「もう行くよ!バドったら…」
頼むからそうしてくれ。しかし心から祈ったアルの願いは通らない。
「お、お前がどうしてもって言うなら!パーティに入れてやっても良いぞ!」
ソフィアの腕を振りほどいたバド。彼から出てきたのは衝撃の言葉だった。あのバドが?アルをパンティに?いや間違えた。パーティに誘う?半年前では考えられなかった事だ。
「何それ?本気?」
アルが聞き返す。バドは少し目を背けたりしながらも、アルを対象に話しかける事でなんとか普通に喋れていた。
「お、お前らだけだと、どうせその日暮らしがいいとこだろ!こんな浅い層でうろうろしてるのが良い証拠だ!
それに!シオンちゃんに何かあったらどうするんだお前!責任取れんのか!?」
なんかまぁまぁ勘違いしてるな………。それにこいつまさか。と言うかやはり。もしかして。シオンに惚れてる………のか?シオンの名前も出してないのに知ってるし。顔真っ赤だし。と言うかパーティどうのこうのも、シオンが目当てだろ。
「とりあえず君がいろいろと勘違いしてるのは分かった。とりあえず十秒待ってて」
アルは三人のステータスを【鑑定】した。
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名前:バド
職業:剣士
Lv:14
生命力:1450
魔力:1350
筋力:1450
素早さ:1350
物理攻撃:1450
魔法攻撃:1350
物理防御:1350
魔法防御:1350
スキル:【剣術Lv2】【筋力上昇Lv1】【魔法攻撃耐性Lv1】【暗算】【ダンス】
武器:水の剣【水鉄砲】
防具:ロックリザードの革防具
その他:銀の指輪【筋力上昇Lv1】
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名前:ソフィア
職業:回復術士
Lv:14
生命力:1350
魔力:1500
筋力:1300
素早さ:1400
物理攻撃:1300
魔法攻撃:1350
物理防御:1300
魔法防御:1300
スキル:【魔力回復上昇Lv1】【魔力消費軽減Lv1】【威圧】
【回復魔法】…【初級回復】【解除】
武器:ユグドの杖【魔法威力上昇Lv1】
防具:ロックリザードの革防具
その他:銀の指輪【魔力回復Lv1】
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名前:クリス
職業:魔術師
Lv:14
生命力:1350
魔力:1500
筋力:1300
素早さ:1350
物理攻撃:1300
魔法攻撃:1350
物理防御:1250
魔法防御:1300
スキル:【魔法威力上昇Lv1】【洞察力】
【火魔法】…【火球】【火矢】
武器:ユグドの杖【魔法威力上昇Lv1】
防具:ナイトウルフのローブ
その他:銀の指輪【魔力回復Lv1】
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こいつらめちゃめちゃ良いスキル持ってんな!
バドのは前に見たことあるけど、解放されて無かった残りの一つが【魔法攻撃耐性Lv3】だったのか。間違いなく前衛に立つ剣士だったら欲しいスキルだ。
それからソフィアとクリス。この二人もかなりの良スキル持ちだ。魔法に特化したスキルばかりだし、ソフィアの【威圧】もクリスの【洞察力】も魔法とは関係ないスキルであるものの、あっても邪魔にならない。
三人とも、アルテミスに来てから七ヶ月程でレベルは2上がっている。ミアさんが普通は五ヶ月で1レベルと言っていたから、こいつらも相当なペースでレベルを上げているのだ。
「ほぅ。なかなかじゃの」
「でもこいつら性格は良くないよ。特にバド。これから先ずっとこの三人と一緒なんて、まだオークを死ぬまで相手にしてた方がマシなくらい」
小声でシオンと相談する。隣でシオンも【鑑定】を使ったのだろう。シオンが誉めるとは本当に珍しい。しかしそれほどまでに、三人が三人とも将来性のあるステータスなのだ。
「何をこそこそしてるんだ!アルフォンス!シオンちゃんから離れろ!」
バドが急に怒り出す。内緒話に対してよりも、シオンとアルの距離感に腹が立ったらしい。
いや、離れろって言われても………。と言うか、急にシオンの保護者面されてもなぁ…。それにお前知らないだろうけど、こいつ本当は狐だよ?動物なんだよ?しかも超デカイよ?バドなんて爪楊枝にしかならないくらいのデカさだよ?
「今さら離れろと言われても無理な話じゃのぅ。
妾はアルと既に"契約させられて"しもうたゆえ。妾の身体はアルのモノなのじゃ」
シオンが悪い顔をしながらそんな事をのたまう。いやいやそれ全然間違ってはないんだけど、それをコイツに今言っちゃう事自体が間違いだから!誤解を生む意図しかないだろ!
アルがシオンの言動に驚愕していると、シオンはさらにアルの片腕に絡み付いてくる。さらにはアルの手を引いて、【筋力上昇Lv5】でもって無理矢理自身の太ももに挟み込む。
おいおい!ついでに慎ましやかな胸も当たってるって!
いやいや待て待てアルフォンス!こいつは狐だ!狐なんだー!狐だよー!
「こらシオン!やめっ…」
「何を今さら照れておるのじゃ?毎晩こうやって寝ておるではないか?それにこの前なんて指輪をくれたであろう?これで名実共に妾はお主のモノじゃの」
「おいちょっと待て!指輪も別に間違ってないけど。ってなに左手薬指につけてんだ!さっきまで違っただろ!」
「全く、ご主人様は素直じゃないからのう。分かっとるぞ。今夜も寝かせないぞ?なのじゃ」
身体をくねくねさせながらの照れた芝居。普段のシオンを知っているアルにとっては、見ているこちらが恥ずかしくなるような演技だ。シ、シオンお前。それで良いのか………。
「お、おい………」
バドの声がしてそちらを見ると、なんと震えている。顔を真っ赤にして、憤怒の形相で。怒りにうち震えているのだ。後ろの二人も、シオンの口走った内容に顔を赤くしている。顔が赤いのはアルも同じだろうが…。
「お前…ミアさんだけでなくシオンちゃんまでも………」
え?ミアさん?何でミアさんが?あぁ。そう言えばこいつミアさんの受付列に並んでたんだっけ?こいつまさか………。
「俺は知ってるんだぞ…。ミアさんがお前の専属になったのは、お前がスキル一つしかないのに、こんな純情な美少女をたぶらかしてダンジョンに挑もうとする。だから冒険者ギルドは仕方なく、シオンちゃんを守るためにNo.1受付嬢のミアさんを専属にしたって事だろッ!このクソ野郎がッ!恥を知れ!」
な、なんだそのシナリオは………。バドから出てきたストーリーにアルは愕然とする。思い込みにも程がある。しかもその中に、下手にバドの恋心なのか下心なのかが練り込まれているのが質が悪い。それに何より、こいつにクソ野郎とか恥を知れなんて罵られる日が来るとは。
「俺と決闘しろ!」
指をこちらに突き付け、ついにはこんな事を言い出す始末。もはや自分で何をしているのか分かっていないのではなかろうか?
「おいバドやめとけって!」
「別にそこまでしなくてもいいでしょ!」
「あぁ面倒な事になってきた…」
「愉快愉快。あやつなかなか面白いではないか」
「うるせぇお前らは黙ってろ!おい!アルフォンスお前!俺と決闘するか、そこの宝箱を置いていけ!」
止める後ろ二人に聞く耳も持たず、かなりの暴走状態。何故かこちらが先に見つけた宝箱を譲れとまで言い出した。
「もーどうすんだよシオン。シオンが焚き付けるから、あいつあんな面倒くさい事言い出したぞ。決闘なんてギルドに知れたら何か言われるぞきっと」
「仕方ない、妾に良い考えがある。あやつの言う通りに、あの宝箱を譲ればよい。構わぬ。アレはあやつらには手に負えぬであろうよ」
シオンが訳知り顔で言いきる。この顔のシオンはだいたい何か良からぬ事を考えている。この顔に何度振り回された事か………。ただ、今回はその被害を被るのはアルではない様なので、言う通りにしてみよう。たまには他の人がシオンに振り回されるのも見たいものだ。
「……………分かったよ。宝箱をやるよ」
「よく言った!ボコボコにしてやるからな!決着はどちらかが…え?宝箱を………やる?
おいお前こら!ビビってんじゃねぇぞ!冒険者なら闘え!」
「いや、冒険者同士だから闘っちゃダメなんでしょ。ちゃんとギルドの規約聞いたの?と言うか自分で言い出したんだろ。どっちか選べって。本来こちらには何のメリットもない君の欲深い提案に乗ってあげたんだからさ、早く宝箱取りに行けば?僕達はここから動かないからさ」
もはや半ギレとなりつつあるアルの言葉にバドが気圧される。どうするか決めかねている様だ。しかし数秒固まった後、やっぱり後には引けなかったのだろう。アル達を警戒しながら宝箱へと進んでいった。
横でシオンが黒い笑みを浮かべてそれを見送っている。ソフィアとクリスも何かしら不穏な空気を感じ取っているのか、バドについていこうとはしない。
そしてバドが宝箱の蓋に触れた時。それは起こった。
ズズズ………ッ!
地響きの様な振動が部屋に響き渡る。加えて、何かをばきばきと砕くような音がする。
「…上だ!」
アルは咄嗟に叫んでいた。宝箱の前まで来ていたバドの真上に亀裂が走っている。そしてそこから巨大な黒い手が突き出す。その狭い隙間から這い出ようとせんばかりに亀裂を広げる。
何かが出てくる。
「意外と大物が出たのう」
シオンだけは落ち着いているが、アルを含めた四人はこの異常事態に動けないでいた。
「お主達も覚えておくと良い。宝箱には時折、罠が仕掛けてある。特に隠し部屋が広いほど、強い魔物も出やすい。今回はまだ親切な方じゃの。何せ逃げようと思えば逃げられる。まぁ低レベル帯のダンジョンであるからの。高レベルダンジョンの悪質なものになると、宝箱を開けた瞬間に出口を塞ぐ様に魔物が沸く」
シオンの言葉は、天井が激しく音を立てている間も不思議と染み込むように聞こえた。
そして―――――それは生まれ落ちる。
丸まって床に落ちたその生き物は、ゆっくりと身体を起こす。人型のその身の丈は三メートルもあろうかと言う程で、手を上げればかなり広いこの部屋の天井にも手が届きそうだ。
「オーガ…」
グオオォォァァァアアアアアアアッッッ!!!!!
アルの呟きを掻き消す様な、激しい咆哮がその場を支配した。そのオーガと呼ばれる魔物の口から発せられる振動と口臭。そのどちらに対しても身体が拒否反応を示す。
オーガは人型の魔物だ。額にある角から、鬼を元にして創られたと言われている。本で読んだ限りでは、こいつでも小さい方らしい。もっと大きなものは五メートルにもなるとか。
かなり寸胴な体型だが、全身が固い筋肉に覆われ、その腕力で繰り出される攻撃は当たれば文句無しで致命傷となる。
オーガはアル達を睥睨すると、宝箱の前に陣取った。どうやら襲いかかっては来ないらしい。
「これはまた………。襲ってこんとは親切な事じゃの。流石初級のダンジョンじゃ。
オーガの適正レベルは23くらいじゃったか。宝箱の守護として現れる魔物は上位魔物じゃ。実際の強さはもう少し上かのう。ほれ、バドとやら。どうしたのじゃ。宝箱はくれてやると言うとるのに。少しは格好をつけてみせんか」
シオンは全くいつもの調子である。バド達三人は、いつの間にか部屋の出口付近まで下がっている。襲いかかって来たら真っ先に逃げるつもりだったのだろうか。
「ば、馬鹿言うな…!オーガなんかと闘えるわけないだろ!」
「ふうむ。まぁそうじゃの。それならば宝箱は諦めると言うことじゃの。ほれアル。宝箱の権利が戻って来たじゃろ?それに喜べ。こういうタイプの罠がある場合、宝箱の中身は良い物が入っている事が多い」
「ほんとにシオンは強引だなぁ…。こいつが護ってる宝箱なら、中身はかなり期待できそうだし。やってみるか…危なくなったら助けてね?」
アルが短剣を抜いてオーガに近付くと、オーガも臨戦体勢となる。
「おい!危ないぞ!」
そんなバドの声を無視してアルはオーガに迫る。不思議とオーガの姿を見た時から、怖いという感覚は無い。それどころかわくわくするような高揚感すらある。以前リザードマンとの戦った時と同じ様な、血が沸騰する感覚が戻ってくる。
強い相手と戦う事で、まだまだ上に行ける。まだまだ強くなれる。アルの意識は目の前の鬼だけに注がれていった。
オーガの初手は右手の横殴り。直前でバックステップする事で避けると、風圧だけで身体が仰け反る。
そこにすぐ左横殴り。またバックステップで避けつつ、今度は目の前を流れていく腕を短剣で斬りつける。刃は長い傷痕を残すが、浅すぎる。指の逆剥け程度の傷にしかならない。皮膚がめちゃくちゃ硬いのだ。オーガも顔をしかめる程度で致命傷には程遠い。
【斬撃】を使えば深い傷を残す事も出来そうではあるが、バド達の前であまり使いたくないという所もある。
再びオーガの横殴りが襲ってくる。こいつもしかしたらこれしか攻撃パターンないのか?確かに脚は短くて蹴りは難しそうだし…。魔法なんかの固有スキルを使ってきそうな感じもない。
あ、そう言えば、こいつに【鑑定】を使うの忘れてた。
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名前:オーガ・レア
Lv:23
スキル:【筋力上昇Lv2】【物理攻撃上昇Lv2】【魔力回復上昇Lv3】【物理攻撃耐性Lv2】【咆哮】【威圧】【罠Lv2】【短気】【洗濯Lv2】【清潔】
武器:なし
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どいつもこいつもスキルが多い!やっぱり上位魔物だから?オークとかは二、三個しか無かったのに。【洗濯】やら【清潔】やらのスキルを持ってるのがじわじわくる。
オーガの殴りを左右や後ろへと避け、時に回り込みながら躱す。その間も斬りつけたりして傷は増やしているがどれも浅く、まだまだオーガも元気そうだ。これだけ硬いのは【物理攻撃耐性Lv2】のせいなのか?
「ならこれでどうだ!」
横殴りのタイミングで、今度は【瞬間加速】を使って腕の内側に飛び込む。先日得た【素早さ上昇Lv3】の恩恵もあるため、一際早いアルの動きに、オーガは目で追う事も叶わない。そのまま股を潜って背後を取ることに成功する。素早く立ち上がると、短剣を構えて一回転。
「【斬撃】」
やはり物理耐性は高くても、魔法耐性はそこまでだ。アルの魔法斬攻撃は、オーガの両足のアキレス腱を見事に断ち切っていた。オーガが膝から崩れ落ちる。
四つ這いになった背中に飛び乗ると、オーガの大きな顔の横で右拳を引いて構えているシオンが見えた。
「ちょっ!待って!」
シオンが拳を振り抜く。両脚から上半身まで淀みなく繰り出された拳は、オーガの顎を撃ち抜いた。ボギャッ。と、嫌な音が響く。
オーガの身体は吹き飛び、壁に打ち付けられる。そのままピクリとも動かないオーガ。その顔面は明後日の方向を向いて、既に事切れていることを示していた。




