22話 受付嬢ミア
「シオン危ないだろ!僕に任せる……とは今度は言ってなかったっけ?」
倒したオーガの横で、シオンは悪びれた様子もなく、殴った拳を手でさすっていた。
「時間をかけすぎじゃ。それに妾も多少張り合いのあるやつを殴っとかんと、力を把握できんからの」
「にしても【物理攻撃耐性Lv2】の上から殴ってあの威力って……。夜に寝ぼけて俺を殴らないでよ。頼むから。あ、オーガの"ドロップが始まった"みたい」
オーガがダンジョンに取り込まれていく。その大きさから他の魔物と比べて少し時間がかかるが、それでも五秒程で跡形も無くなる。そしてダンジョンから吐き出された物は、十キログラム以上ありそうな肉と、目玉。そして角と皮膚だった。
「え、こんなにくれるの?やっぱり上位魔物は違うなぁ」
誰にという訳ではなく、驚きの声を上げる。普通の魔物だったら一つだけなのに、こいつからは五種類もの素材がドロップしたのだから、驚かない訳がない。とりあえずそれらを全て【保管】に放り込むと、二人は部屋の奥に鎮座する宝箱へと向かった。
蓋を少し開けて止まる。天井を見るが、何か生まれる様子はない。さすがにダンジョンもそこまで意地悪ではないみたいだ。中に入っていたのは指輪だった。多分だがミスリル製のそれを【保管】に納める。
「あ」
そして振り返って気付いた。……まだバド達がいたことに。三人とも大口を開いてこちらを見ている。まずい……途中からこいつ等がいる事すっかり忘れてた。
「シオンどうしよう。すっかり存在忘れてたよ」
「そうじゃろうと思うたわ。幸い、【斬撃】はオーガを挟んでおった故見えてないはずじゃ。止めに使おうとしたのも妾が止めたしの。【保管】は魔力袋とでも言い訳すれば良いじゃろう」
流石シオンさん。伊達に千二百年も生きてないね。僕は固まっている三人に近付く。何故か三人は、僕が近付くと後退りをして身を寄せ合った。
「はい、そこの三人。もうここに宝箱はないから帰るよ。ほら早く帰った帰った。ちなみに今見た"魔力袋"の事は黙っておいてね。あぁ。その通り、バド君。この魔力袋のお陰で専属受付を付けて貰えたんだ。ちなみにこれはシオンの持ち物だから。ついでに、これ知ってるのは君達だけだからね。もしバレて魔力袋目当てにシオンが狙われでもしたら、君達のせいだからね?分かったバド君?それでは失礼するよ。またどこかで」
早口にそう捲し立てると、三人を置いてその場を後にした。もうあの部屋に魔物が沸く事はないが、宝箱の無くなったあの部屋ってどのくらい残ってるんだろ?まさかバド達、閉じ込められたりしないよな?うーん。まぁいっか。
「誤魔化せたかどうか怪しいところだけど、なんとかなるでしょ」
「しかし噂が立ったとて仕方ない事であろう。もはや【空間魔法】についても、隠す事も難しくなって来ておると思うがな。妾達は既に注目を浴びすぎておる」
「でも極力は面倒事は避けたい所だけどね………」
シオンの言葉について考えながら、僕達二人はまたダンジョン探索へと戻った。
【保管】にはオーガの素材が入っているため、今日はそんなに多く狩っても持ち帰れまいと言う事で、二人はドロップ効率のよい七層ではなく、経験値効率の良いと思われる九層にやって来た。
さっそく魔物を探して徘徊する。基本的には、ここも七層と同様にオークばかりの層だ。しかし、九層と十層ではオークソルジャーやオークアーチャーと呼ばれる、武装したオークが出てくる。
七層までのオークでは、せいぜい斧を持っている程度だった。しかしオークソルジャーは剣を持ち、そして防具まで着けている。しかも【鑑定】をした所、【剣術】スキルや【弓】スキルまで持っているのだ。
ちなみに【吸収】スキルはこいつらには使えないらしい。普通のオークに、既に【吸収】スキルを使っているからだ。シオンの解説では、武器や防具を着けていても結局はオークだから、との事。
「でもさ。オークソルジャーが【剣術】スキルとかを持ってるのに、普通のオークで【吸収】使っちゃうのって勿体なくない?普通のオークは【食欲】とか【筋力上昇】とかしかないのに。同じオークだと一回しか出来ないんでしょ?」
「いや、違うぞ。【吸収】で得られるスキルは、その個体が持っているスキルではない。その"種族"が"持ち得る"スキルじゃ。よって普通のオークに【吸収】を使った場合でも【剣術】スキルを得られる可能性はあったのじゃ。まぁ確かに持っているそのスキルを持っている個体の方が得やすい様な気はするがな」
気がする、程度の事なら無理に気にする必要も無いのだろう。
【剣術】スキルは欲しいが、それを持つ個体を【吸収】したとしてもそれすら確率だ。それならいっそ気にしない方が良いのかもしれない。
「さて、【保管】を一杯にして帰るぞ。あと、今日は帰る前に神殿に寄らねばならぬからの。そろそろレベルアップじゃ」
「そうだね。前のレベルアップから二週間くらい経ったし。だめ押しでしっかり経験値稼いでおかないと!」
*
「今日は素材の買い取りと、レベルアップの申請をお願いします」
「え!?レベルアップ!?だってまだ前のレベルアップから……」
「二週間?」
「そう!二週間しか経ってないじゃない!」
そうは言われてもレベルアップしたものは仕方がない。
と言うかミアさん、近い近い。机から全身で身を乗り出して詰め寄ってくるミアさん。彼女からは前と同じ、フルーツのような爽やかな香りがする。白いシャツの隙間から覗く白い肌がとても美しい。
「おい女狐。アルを誘惑するでない」
「あ、ご、ごごめんなさい」
「こ、こらシオン!そんな訳無いだろ!失礼な事言わないの」
フン、と鼻を鳴らしてふんぞり返るシオン。と言うか女狐はお前だろ。さらには化け狐だろ。
僕達は、先程寄ってきた神殿でのお祈りにより、無事にレベルアップする事が出来た。ちなみに祈ったのは僕だけなのだが、それは置いておいて。ついにレベル20の大台だ。ステータスとしては、身体数値が上昇しており、シオンの方では【雷魔法】に【雷光】と言う魔法が追加された。一時的に強力な光を出すことで目眩ましができる魔法らしい。僕には使いどころがすぐ思いつかないが、シオンは何故か満足気だった。
「あと、ちょっと待ってよ。これもしかしてオーガの素材じゃないの?」
ミアさんが並べられた素材の中で、いつもと違う物を見つけた様だ。それはオークの肉と比べて一際大きな肉。それから角やら何やらである。ちなみに、オーガの素材から【吸収】した結果、僕達は【物理攻撃耐性Lv2】のスキルを得ることに成功していた。
「はい。ダンジョンの宝箱の罠で出てきました。なので、オーガでも上位種だと思います。買い取って頂けますよね…?」
「か、買い取って頂けますよねって、そりゃあ買い取りはできるけど……。これまた二人で倒したの?」
「えぇまぁ……」
ミアさんはそのまま黙りこくってしまう。と思ったら違う。なんだか一人でぶつぶつと喋っている。目が、目が怖いんですが……。声もだんだん大きくなっていってるし……。
「19レベでオーガ?しかも無傷?うん。意味がわからないわ。そもそもあのスキル何?魔法?物理?どっちも?いやいやいや、ダメよ。深く考えたらダメ。と言うか二人でダンジョン?回復役も盾役もいないのに?ストップ!ストップ!待って。常識に捕らわれないことが大切よミア。もういいわ。考えるな、感じるのよ。すぅーはぁーすぅーはぁー」
「み、ミアさん……?」
「それでは素材から見ていきます!」
ぱっと顔を上げたミアさんは何時もの笑顔で、テキパキと素材を分けて数えていく。数えては手元のボードに書き、数えては書く。いつも通りだ。その姿からは何も感じ取れない。しかし唯一。目だけが違った。目が先程のままだ。どこか暗い所にいるかの様に、瞳に光が無かった。
え、こわいこわい。なに今の。
「シオン。ミアさん大丈夫?ちょっと様子がおかしいんだけど」
「うむ。勘でしかないが、何か問題を抱えておるかもしれんの。もちろん妾達以外に、と言う事じゃが…。きっとそこら辺は後で教えてもらえるであろう故、待っておるとしよう」
教えてもらえる……かな?ミアさんあんまり自分の悩みを相談するタイプには見えないけど。それにしても問題を抱えてるか。もしも俺達の専属になってもらった事で、負担が増えてるとしたら申し訳ないな。
その後ミアさんは、素材の買い取りとレベルの更新を滞りなく済ませると、何も相談する様子もなく挨拶をして出ていった。
「やっぱり相談は無かったね……」
シオンは黙ったまま、ミアさんの後をついて出ていく。そんな無反応なシオンも珍しいなと思いつつ、僕達もそれに続いた。
冒険者ギルドのホールに出ると、いつもの喧騒だ。呑んで騒いでのどんちゃん騒ぎ。受付カウンターに戻っていたミアさんは、またダリウスからのちょっかいを受けている。華麗に受け流している様ではあるが。
その時に何気なしにダリウスを【鑑定】してみたら、なんとびっくり。【魅了Lv1】スキルなるものがあった。不穏なスキルにアルは動揺した。
「シオン。ダリウスの奴が【魅了】スキルなんて持ってたんだけど、これミアさん大丈夫なのかな?変に引っ掛かったりしないの?」
「【魅了】か。懐かしいの。昔【魅了Lv5】を持つハーピィがおっての。討伐依頼がCからSランクまで跳ね上がったんじゃ。しかしまぁ、Lv1なら大したことはない。全く興味が無ければ毛の先も引かれんじゃろう」
「おぉー!アル!アルじゃねぇか!ようやく会えたぜ!」
その声がしたのは、そんな時だった。受付カウンターから目を放してホールを見渡すが、人でごった返しており、どこから声がしたのか分からない。
「ここだよここ!こっちだって!」
そこでようやくその人物を見つけた。誰かと思ったら。前に馬車に乗った時、用心棒をしていたロバートさんじゃないか。ロバートさんは同席していた人に軽く挨拶をすると、杯を持ってこちらにやって来た。やってくるまでに二、三人踏んづけ、二人程殴り飛ばしたが、全く気にした様子はない。
「おめぇ等やっと見つけたぜおい!一杯奢るって言ったのによ。全然見つからねぇんだからなぁ!」
「あぁ、すみません。僕達、掲示板から依頼受けたのはあの時だけで、他はずっとダンジョンに潜ってるんで……。素材の買い取りなんかもミアさんに直接してもらってますし」
「ん?ミア?ミアってぇとあそこに座ってるミアか?」
ロバートさんはミアさんと、ついでにダリウスを指差しながら言った。意外と知らない人もいるのか。そう思うと幾分か心が軽くなった気がする。
「おほぉー!ミアちゃんが専属になったってぇ噂は聞いてたが、まさかおめえ達だったとはなぁ!いやいやたまげた!おい!なぁに苦い顔してんだよ!納得してんだよ!おめぇ等に目ェ付けるとは流石ミアちゃんだ!おめぇ等ほど将来性のある奴を俺は他に知らねぇからな!誉めてるんだぞ?自信持てよ兄弟!」
「あ、ありがとう。ロバートさん」
満面の笑みで彼に応える。本当に嬉しかった。ミアさんが専属になってから、まともに僕達と話してくれた冒険者は、ロバートさんと竜人のガルムさんくらいのものだ。それもきっと、ミアさんの事を知らないからこそだ。しかし、彼はそれを知ってなお励ましてくれる。
「にしても、ダリウスも懲りねぇなぁ!受付嬢とくりゃ片っ端から口説いてんだからよ!何より、ミアちゃんはもうこの……、アルのものだってのになぁ!」
「痛い痛い、叩かないでって……」
「ん?おめぇ。そっちの喋り方の方が良いぞ!俺なんかに無理に敬語なんて使うなってんだ!それじゃな!今日は違う奴と飲んでるからすまねぇが、また近い内に奢らせてくれよ!」
そう言ってドタバタと席に帰っていった。慌ただしい人だな……。
そこから僕達はもともと酒場には用事がないため、人を避けながら冒険者ギルドを後にした。時刻は夕方八時。だいぶ日が長くなったため、まだほんのり明るい。街行く人達もまばらになって来ており、残っている人達も足早に帰路についている。
"竜の翼亭"に着くと、いつも通りマイさんが出迎えてくれる。
そして部屋の方に上がろうとした所で、二人はまた呼び止められる事になる。
「アルフォンス君!おーい!アルフォンス君!」
なんだ……?デジャヴか……?それは一階の食堂の方からだった。あまり聞きなれない声だが、確かに聞いたことのある声。食堂の方を見ると、ロバートさんの時とは違って一目で誰が呼んでいるか分かった。その人はまるで貴族の様な洋服に、爽やかな笑顔。真っ白に輝く歯。冒険者達が多いこの場では盛大に浮いていた。
「ルイさん。何故あなたがここに?」
「ミアの様子についての説明をしに来たんじゃ」
その疑問に答えたのはシオンだった。シオンはさも当たり前かの様にルイさんの所まで行き、向かいの席に座った。僕もシオンの隣に腰かけると、シオンがさっき言っていた"後で教えてもらえるんじゃろう"と言う言葉がフラッシュバックする。
後でってのはこのことか?では教えてもらえると言うのもミアさんではなくルイさんに?
「もしかして、またあの部屋にいたんですか?」
「まぁね。いやはやシオン君は一体どうやって感知しているのか。これがバレるのはAランク以上の冒険者か、【看破】のスキル持ちか。はたまた高レベルの……魔物くらいだよ?」
鋭い視線がアル達に向けられる。またルイさんは得意の鏡像で、あの個人相談室に隠れていた訳だ。そして装備している指輪の【地獄耳】で、アル達二人の内緒話を聞いてここに先回りしていたのだろう。
「それに、あの時の内緒話だけど。私のこの指輪……」
左手の人差し指に嵌めた指輪をキラリと光らせながら、好奇心とも疑いともとれる目を向けられる。
「どんなスキルが付与されているか知っているのかな?」
僕の心臓はばくばくと音を立て、激しく内側から胸骨を打ちつけている。そんな僕の隣では、シオンが知らん顔でマイさんに注文をしていた。ルイさんの視線はアルが独り占めである。きっとシオンではなく僕の方がボロを出すのを待っているのだろう。シオンさん助けて……。
「御託と詮索は良い。それ以上探ろうとするならこの街を出ていくことになる。それよりミアの事であろう。早く話せ」
突っついてもボロを出さないどころか、豪胆に言い返すシオン。
ルイさんは苦笑いしながらため息をついた。




