エルフが現れた。5
荒れ狂う地水火風。大地が割れ、人体を余す事無く損傷に至らしめるであろう熱湯が噴き出す。風は荒れ、業火は空を覆う。
地水火風に分類された様々な魔法がロードであるブルーブレスを加護しながらも、襲い来る。
そんな中、ゴブリンは隙を見るとそう叫んだ。
「今だ、ヒュートレッド!」
前線にて剣を振るっていた姫。
「え?」と、実にとぼけた様子で振り返る。
「魔法結晶を操り、停止させてください!」
黒髪の女が付け足し叫ぶ。
「は?」とヒュートレッド。意味が分かっていないらしい。
魔法結晶というのを血で操作する道具だと理解していないのか、覚えていないのか。相手のブルーブレス・ワーガイアもいったん乱れた魔法結晶を操作し損ねているので何とも言えないけれど、実の兄妹であるヒュートレッド・ワーガイアがこの調子ではやる気も起きない。
やる気が起きないからと言って、いったん始めた戦いを止める訳にもいかないのだけど、苛立ちを隠せない。その怒りの矛先が自然と魔法結晶に向くようになる。
それでも治まることのない魔法結晶の暴走。
「とにかく魔法を、魔法結晶を、お前が、止めるんだよ!」レッドは叫ぶ。
「え、と、止まれ……。」
いつもの強気はどうしたのかと言ったような疑問を他所に、魔法結晶はヒュートレッド、ワーガイアの血の命令に従った。止まったのだ。
剣一筋の姫が、魔法結晶を無力化したのはそれこそ革命的な出来事だ。
「止まるな! 動け!」ブルーブレス・ワーガイアは必死に抵抗するが気を良くした姫の次の一言でその足掻きは無に帰した。
「砕けろ。」
魔法結晶はその通りになった。最早修復不可能なほどに粉々に砕け散ったのだ。これで勝負は決まった。勝者はこちらの陣営で、敗北者はブルーブレス・ワーガイア。
辛酸を味わったブルーブレス。いつもの微笑は消えていた。
「覚悟。」とヒュートレッドは剣を高らかに掲げ、ブルーブレスは目を閉じる。
敗北者に相応しき死という代償を支払わせる行為。それは褒められたものではないが、筋が通っている事でもある。しかし、そこに待ったを掛ける者がいた。
レッドである。「やめろ、阿呆。」とヒュートレッドを後ろから蹴飛ばした。
呆気に取られるブルーブレス。
「なぜ生かそうとする。」目つきは鋭く殺伐とした気を抑えない。
「アンタはアドバイザーだ。簡単に死なれちゃ困る。」
「アドバイザー? 敗北者が何を語れるというのだ。」
「まずは偽物の魔法結晶を作ろうとした奴は誰か、という疑問。と、お前たち王族を増やそうと画策し奴が誰か。それと本物の魔法結晶さまは何処かって所か。」
「敗北者ならば簡単に口を割ると?」
「アンタは誇り高いよ、ブルーブレス・ワーガイア。発作の様に襲い掛かってきたこと以外はアンタは正しい。そしてその死に際に至るまで、実にワーガイアの名に恥じない物だ。だからこそ聞きたいって所だな。」
「口がうまい奴には気を付けなくて行けない、例え友の言葉だとしてもだ。」
「友だと言うからには証がある筈だ。俺が築き上げた信頼。そいつを見せてもらおう。」
ブルーブレスの心は揺らいだ。そして語る。
「ぶった切りましょう。」
「いい所だったのにオメエは……。」レッドは落胆した眼差しをヒュートレッドに向ける。
「いいのだ。ヒューは正しい。」ブルーブレスはそういうと微笑を取り戻す。
「ワーガイアのルールでは正しいかもな、だけどよ。」
普通、ガンガン行こうぜ! って言われても、命を大事にしちまうぜ。
「私の意見は変わらずエルフと共にある。それでもいいなら話そう。」と、ブルーブレスは立ち上がる。
本来王族の長兄で時代、もしくは所が違えば王太子だという、その気概が伝わるに十分な高潔さ
がそこにあった。
「それで構わないよ。」
「では、まず発案は先代女王に至る。」
「グリーンピースか。」
「グリーンピースの先代、つまり女帝の先達と言えばわかると思うが、フリーゾロア・ワーガイアだ。」
「知らねえって言ったら失礼なんだろうな。」
「失礼かどうかを気にするようになっているだけ君は畏まっていると言う事だ。」とブルーブレスは笑う。レッドもまた笑って「そうかい。」と返す。
傍目にそこに友情があるのか分からないが、確かな絆はあるのだろう。
「実行に移したのは母であるグリーンピース・ワーガイア。今に至るまでお産の繰り返しだったと聞く。」
「子供に愛情のかけらも見せない奴の考えは分かる。子供よりセックスが大事って頭だ。俺の親父もそんな感じだった。グリーンピースだけがそんな奴じゃないって所だな。」
愛情とは、制御装置なのだろう。喜怒哀楽の情動すべてに機能しながら、その効果は人により様々。ただし、それが欠落していると言う事は虐待に等しい。事実ゴブリンの生殖は苗床と呼ばれている。子を子と思わない様に管理されている様にさえあった。
王族間恋愛の禁止が無い事実を利用した王族の量産計画もまたゴブリンの苗床に似ている仕組みだ。まずは王族同士の既成事実とお産を繰り返す事。そして子が生まれる度に乳母が付き、母の手から離し一切の面倒を乳母が請け負うシステムは、ゴブリンの苗床のシステムに酷似している。
そんな様な環境で育っていては多数に正義在りと心底思うのだろう。グリーンピース・ワーガイアは被害者であり、どうしようもない位に、王位にあるのだ。
「フリーゾロア・ワーガイアは諸悪の根源みたいな言い方をするのは、それはそれで酷だが概ねそうなる。」
「企画、設計、そして、どうなる予定だ?」
「言うまでも無い。ワーガイア家のみで地に満ち、悠久の時、恒久的平和を達成させようというのだ。」
「絶え間ない圧政を民に強いるやり方は賛同できねえが、そうなったら革命って奴が楽しそうだ。」
「やはり種が違うと考えも違うというのは定説らしいな。」
「定説とか十八歳未満の偏見みたいな話だろ。根本は変わらねえ。」
「お聞きしたいのですが。」とミカドが加わる。「そのフリーゾロア・ワーガイアとは、今も生きていらっしゃいますか?」
「乳母です。」とヒュートレッド。
一同を混乱に陥れるヒュートレッドの発言はもっと慎重にして欲しい所だが、ブルーブレスも付け加える。つまり、ご存命と言う事らしい。
「乳母というより縁組を取り仕切っておられる。が、才のある子には熱心に育てられる傾向があり、ヒュートレッドはというと。」
「格別の天才なのです。」えへんと無い胸を張る。
「闘争本能の天才なのです。」とブルーブレスは言い変える。
幼少期に虫を殺して遊ぶのは、いけない事と知りながらも命を弄んでしまうのは男子としてはよくある事。しかしこの妹は一味違った。弱き助け強きを挫く姿勢は褒められましょう。しかしこの妹は強き者を倒す事ではなく、殺す事に才能があるのです。
「要は、だまし討ちか。」
「真っ当な勝負において、強さの上限が変動するのです。」
「化け物だな。」
「その才を見出し育てたのが、フリーゾロア・ワーガイアという訳ですね。」
「なる程、乳母か。先生とか御婆とかじゃなくて乳母なんだな。」
「どんな言葉尻でも負けないのが、この妹ヒュートレッド・ワーガイアです。」
「それはつまり今のような戦いがこの先幾度もあると言う事ですよね、止める事は出来るのでしょうか?」とミカド。至極真っ当な心配をぶつける。
「戦いの方は辛くなります。私以上の術師は恐らくいます。私以下でも魔法をどのように使ってくるのか見当もつかない。そして止める手段は今のところエルフに属するしかないという事です。」
「それで革命とか言ってたなら、俺はアンタを見返してやる所だな。」
「私の言っていた革命はハーフエルフとエルフの地位を入れ替える事ではなく、女と男の力関係を逆転する点にあります。」
未だに男女の地位の差は変わらないらしい。それはそれで嘆かわしい事ではあるが、今はそれよりもやることがある。
ゴブリン、ハーフエルフ、人間が徒党を組んで魔法文明そのものに打ち勝つことだ。
それは結果的にエルフとの対峙を意味する。さらに言えばエルフの残虐な行いは臆病だという定説とかいうのを吹き飛ばして凶器に満ちているという点。
「最後の確認です。」とミカド。「本物の魔法結晶は何処に。」




