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愛しの聖女様とどうぞお幸せに。私、自立しますので!―声を失った薄幸娘は悪魔辺境伯に囚われる―  作者: 望月 或


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4.自立への一歩



「『ここから遠くて、住み込みで働ける』仕事ねぇ……」



 町にある仕事紹介所で、受付をしていた所長はうーんと唸った。

 目の前のフレイシルは、手帖とペンを手に持ち、所長の様子を窺っている。


「あぁいや、あるにはあるんだよ? まさにその条件にピッタリの仕事が。むしろそれしかないんだけど……」


 フレイシルは手帖にサラサラと文字を書き、所長に見せる。


「『ぜひそこを紹介してください』、か……。けどなぁお嬢ちゃん。先に言っておくけど、そこは僻地のオーガステッド辺境伯邸なんだ。聞いたことないかい? オーガステッド辺境伯の別名が、『悪魔辺境伯』だってことを」

「……?」


 フレイシルがきょとりと首を傾げると、所長は声を潜めて話し始めた。


「六年前の大規模な魔物達との戦いで、辺境伯は強悪な悪魔みたいな魔物を身体に吸収して閉じ込めて、今も体内にいるんだとよ。だから、その魔物がいつ辺境伯の身体から飛び出してくるか分からないんだ。最悪の場合、辺境伯自身がその魔物に取り込まれて魔物化してしまうかも……。要は、辺境伯の側にいたらその魔物に襲われるかもしれないってことだよ。求人は随分前から出てたけど、それが理由でなかなか人が来なかったんだ。それでも紹介してほしいかい?」


 所長の問いかけに、フレイシルは大きく何度も頷く。


「うーん……分かったよ。そこまで言うのなら――って言ってないか。そこまで頷くのなら、オーガステッド辺境伯邸までの馬車を出してあげるよ。ずっと残っていた求人がようやく消えるんだ。感謝の気持ちとして馬車代はタダでいいよ」

「……っ」


 フレイシルは何度も所長に頭を下げると、手帖にスラスラと文字を書いて彼に見せた。


「ん、なになに? 『私がここに来たことは、誰にも内緒にしておいてください』って? あぁ、いいよ。ここにはお嬢ちゃんみたいな、ワケ有りの奴らが結構来るんだ。個人情報はしっかり秘密にするから安心していいよ」


 所長の頼もしい言葉に、フレイシルはニッコリと笑顔を浮かべた。



「お? ははっ、お嬢ちゃん。笑顔はすごく可愛いから、痩せればもっと可愛くなれると思うぞ? 仕事もだけど、ダイエットも頑張りなよ」



 所長の遠慮ないド直球の言葉に、フレイシルは思わず苦笑してしまったのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 長い時間馬車に揺られ、お尻を痛くさせながら、フレイシルはようやくオーガステッド辺境伯邸に辿り着いた。

 御者に頭を下げて別れたフレイシルは、屋敷の玄関の鐘を鳴らして扉の前で待つ。


 しばらくすると扉が開かれ、赤に近い橙色の長髪をポニーテールにし、同じ色の瞳の勝気そうな美人の女性が顔を覗かせた。


「今日は来客の予定はなかったハズだけど? アンタ誰だい?」


 女性の訝しむ問いかけに、フレイシルは荷物から手帖とペンを取り出して、スラスラと書いて見せた。


「ん……なになに? 『仕事紹介所の求人を見て来ました。所長さんからの紹介状もあります』って? アンタ、声が出ないのかい? 元から?」


 フレイシルは首を横に振ると、女性はうーんと唸った。


「耳は聞こえるみたいだし……。となると、心因性の失声症か……。過去に余程辛いことでもあったのかい?」


 フレイシルは女性の質問に、曖昧に笑って誤魔化した。


「あぁゴメンゴメン、初対面で訊く質問じゃなかったね。人には言いたくないことのひとつや十つくらいあるからね。仕事に支障がなければ構わないさ。じゃあ早速だけどお試しでやってみようか。雇うかどうかは、辺境伯からアタシが決めていいって許可を貰ってるからね。随分と久し振りな応募者だけど、容赦なく厳しくいくよ?」


 言葉とは裏腹に、ニッと爽やかに笑う女性に、フレイシルは大きく頷いた。


「しかし、そんなぽっちゃり体型で機敏に動けるんかねぇ? あっと、自己紹介がまだだったね。アタシはアディ。ここのメイド長だね。ま、メイドは今のところアタシしかいないけど。アンタは?」


 フレイシルは、手帖に自分の名前を書いて見せた。


「ふぅん、フレイシルってんだね。よろしく、フレイシル。ま、今だけよろしくかもしんないけどさ」


 フレイシルはペコリと頭を下げると、真剣な表情でアディを見つめた。


「おっ、やる気満々だね? じゃ、早速始めようか。やることはこの屋敷の清掃さ。清掃道具入れまで案内するから、後は自分の好きにやってみな」



 清掃道具の場所を確認し、フレイシルは早速動き始めた。

 彼女の動きを見て、アディは思わず口をあんぐりと開けてしまった。


 ものすごくテキパキとこなしているのだ。

 動きに無駄が一切ない。

 しかもきちんと隅々まで綺麗にしている。



「ちょ……ちょい待ち! アンタ、もしかして経験者かい?」


 アディの慌てたような質問に、フレイシルは頷くと、手帖にサラサラと書いて渡した。


「うん、なになに……? 『私がここに来る前に住んでいた屋敷でもしていました。そこでは、これ以上に早くしないと暴言が飛び苛められるので必死でした』って? はぁっ? 今もこんなに早いのに、これ以上を望んでたってのかい!? アンタの前の職場、鬼畜どもばっかりだったんだねぇ……。そういうヤツらは大抵人にさせてばっかりで、自分達はなーんにもしないし、できないんだよ。アンタに心底同情するわ……」


 アディが憐憫の目でフレイシルを見つめる。


「いいよ、アンタを認める。合格だ。文句もつけようがないくらいさ」


 その言葉に、フレイシルは嬉しそうにニッコリと笑った。


「おっ、その笑顔可愛いねぇ。でもアンタ、ホントにいいのかい? 仕事紹介所の所長が言ってただろ? ここの辺境伯は身体の中に魔物を閉じ込めてて、いつその魔物が出てきて襲われるか分からない、って。ここさ、給料は格段にいいんだけど、ここを望んだ求職者達に所長が必ずその話を聞かすもんだから、求人が全く来なかったんだよ。チッ、あの所長め――まぁ事実だから文句は言えないんだけどさ」


 アディは溜め息をつきながら言葉を続ける。


「この屋敷以外に住むって言っても、周りは何もない所だから無理な話なんだよね。だから住み込みで募集かけてたんだよ。そんなワケで、危険性を伴う仕事だけど大丈夫かい?」


 アディの心配そうな眼差しに、フレイシルは力強く頷いた。


「そっか、分かった。まぁもしも危険になったら、辺境伯の側近のカイがなんとかしてくれるから大丈夫さ。そんなに怯えることはない――ってアンタ、最初から怯えた様子が全然ないね。ははっ、頼もしいねぇ」


 アディはカラカラと笑いと、フレイシルの手から清掃道具を取った。


「今日はもういいよ。長時間馬車に揺られて疲れただろう? アンタの部屋に案内するから、そこで休みな。ちなみに辺境伯と側近のカイは、魔物退治に出掛けてるから数日は帰って来ないよ。今屋敷にいるのは、アタシとアンタと料理長だね。夕飯が出来たら呼びに行くから、それまでゆっくりしてな」


 優しい言葉をかけられながら案内された部屋は、綺麗に整頓されていて、デッセルバ邸の自分の部屋より数倍も広かった。

 ちゃんとしたテーブルもベッドもある。


「…………」

「ん? どうしたんだい? そんなに口と目をあんぐりと開けて……。ん、なになに? 『前の屋敷では、ネズミの出るクモの巣だらけの小さな物置部屋を整理して使っていたから、こんな広くて綺麗な部屋を使わせてもらっていいのか戸惑ってる』、って?」


 瞳を輝かせて部屋を見回しているフレイシルに、アディは更に強い憐憫の眼差しを向けた。


「アンタも相当苦労してきたんだね……。この部屋は好きに使っていいよ。アンタ好みに模様替えしてもいいしね。ここにはアンタを馬鹿にするヤツや苛めるヤツなんて一人もいないから、安心して過ごしな?」



 優しく紡がれる、アディの心に深く染み込む言葉に、思わずフレイシルの涙腺が緩む。

 下を向き、ポロポロと涙を零し始めたフレイシルの頭を、アディは優しく撫でたのだった。




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