第22話:継承される「守る力」と孤児たちの笑顔
立派になったフィン君に、カケルの「前借亭」。
守るべきものは、戦う力やなくて積み重ねる力なんやね。
リベリスの街に降り立ったヨシコ一家の熱気は、一夜明けても収まる気配がなかった。
懐かしい石畳の道を、派手なエプロン姿のヨシコを先頭に、個性の強すぎる弟妹たちが練り歩く。
その後ろを、誇らしげに赤ん坊を抱いたルシアナと、少し照れくさそうに笑うカケルがついていた。
そしてヨシコの腕の中には、まばゆいばかりに輝く金色の「もう一人の孫」、スライムのミュコが、ぷるぷると満足そうに収まっている。
「姉さん、この街の物流、やっぱり面白いわ。魔力による需要変動を、ギルドがまだアナログな台帳で管理しとる。これ、僕が組んだリアルタイム解析モデルを導入すれば、流通コストをさらに二割は削れますわ」
三男・サブロウ(経営コンサルタント)が、道ゆく商人たちの荷馬車を鋭い目で追いながら、タブレットに数値を叩き込む。
「サブロウ、あんたはリベリスに来てまで仕事のことばっかりやね。まずはこの街の空気を吸いなさい。ほら、あそこの広場、えらい賑やかやないの」
ヨシコが指差した先、リベリスの中央広場には、一団の若い冒険者たちが集まっていた。
その中心に立つのは、背中に大剣を背負い、凛とした佇まいの青年だ。
「……フィン、やないの?」
ヨシコの声に反応し、その青年がこちらを振り向いた。
かつて、悪い大人に利用されていた時も、自分より年下の孤児たちに気を遣える、少し優しすぎるほどだった子供。
人々を守りたいと真っ直ぐな瞳で語っていたあの少年は、今やグレンやボビンといったベテランと比較しても全く見劣りしない、立派で逞しい青年に育っていた。
「ヨシコさん!本当に、本当に戻ってきてくれたんですね!」
フィンが駆け寄り、ヨシコの手を力強く握る。
彼の後ろには、彼をリーダーとして慕う新米パーティのメンバーが続いていたが、その顔ぶれには見覚えがあった。
かつてリベリスでフィンが懸命に面倒を見ていた、あの幼かった孤児たちだ。
ヨシコがこの街にいたのは数日間だったが、フィンがその「優しさ」を「強さ」に変えて守り抜いた子供たちが、今、逞しい冒険者の卵として育っていたのである。
「ヨシコー!フィンだよ、フィン!また会えて嬉しいねっ!」
腕の中のミュコが、キラキラした金色の体を震わせて、再会の喜びに弾む。
フィンもまた、感慨深げに頷く。
「そうです。あの日、あなたが振る舞ってくれた、あの温かくて美味しい料理の味……僕は一瞬たりとも忘れたことはありません。お腹だけじゃなく、心まで満たされる感覚。それを知ってから、僕は更に誰かの居場所を守れる男になりたいと思えたんです」
ヨシコはフィンの厚くなった手のひらを包み、深く、何度も頷いた。
「フィン、あんたようやったな。その目は、本物のリーダーの目や。あんたが『守る』いうことを、理屈やなくて背中で教え続けた結果や。満点や、いや、一万点やわ!」
ヨシコの賞賛に、フィンは少し目元を潤ませながら、それでも誇らしげに胸を張った。
一行はそのまま、カケルが経営している「前借亭」へと向かった。
店の中に入ると、そこには活気溢れる光景が広がっていた。
かつては日々の食事にも事欠いていた子供たちが、今は清潔な服を纏い、元気よく客を案内し、料理を運んでいる。
店の奥では、文字を学び、計算の練習をする勉強会の声も聞こえてくる。
五男・ゴロウ(カリスマ保育士)は、店内で働く子供たちの動きや表情をじっと観察していた。
ゴロウから放たれる、包み込むような「保育のオーラ」を感じ取ったのか、金色のミュコが興味津々に声を上げる。
「ヨシコ、この人すごーい!なんだかポカポカする匂いがする!ミュコ、この人好き!」
「おお、ミュコちゃん。僕はゴロウだよ。……姉さん、この店の環境は素晴らしいね。カケル君は本当に子供たちの心の機微をよく理解している。労働ではなく、自分たちの『居場所』を作るための役割として、みんなが誇りを持って動いているよ。これなら僕の出番はなさそうだね」
ゴロウが子供たちに優しく声をかけると、初対面のはずの子供たちが一瞬で彼に懐いてしまった。
その様子を見ていたミュコは
「ゴロウ、ミュコにもポカポカちょうだい!」
と、ヨシコの腕からゴロウの肩へと飛び移り、幸せそうに「ぷるん♪」と形を崩した。
昼食後、一行はリベリスの路地裏にある、一際モダンな佇まいの魔道具屋を訪れた。
看板には「ミレイユ魔導工房」の文字。
中から出てきたのは、王都の魔導省を辞め、このリベリスで自分の理想を形にする道を選んだ魔導具師・ミレイユだった。
ミレイユの視線が、四男・シロウ(工学博士)へと向けられた。
シロウは既に、店内に並ぶ魔導具の回路構成を舐めるように観察し、怪しい笑みを浮かべていた。
「……ミレイユさん、この魔力変換効率の設定、もっと最適化できるはずや。地球の最新の計算モデルを応用すれば、出力を安定させられる。……ところでこれ、見てくれるか」
シロウが鼻息荒く取り出したのは、彼が「甥であるカケルの子供」のために、親戚のおじさんとしての技術を総動員して開発した試作機——「全自動魔力駆動おむつ交換機・プロトタイプ」だった。
「……シロウ。あんた、またそんなもん作ってたんか」
ヨシコが呆れ顔で突っ込む。
シロウはどこ吹く風で、恍惚とした表情で解説を続ける。
「姉ちゃん、これは革命やで!赤ん坊の魔力波形をディープラーニングで解析して、不快指数が閾値を超えた瞬間に転送魔法でおむつを交換し、同時に美肌効果のある魔導ミストで洗浄……」
その説明を遮ったのは、ヨシコの腕(ゴロウの肩から戻ってきた)ミュコの辛辣な一言だった。
「ヨシコ、これダメだと思う!そんな機械に頼るより、カケルが一生懸命おむつ替える方が、赤ちゃんも喜ぶもん!」
ミュコが金色の体で、不満げにぷるんと震えて背を向けると、周囲は爆笑に包まれた。
ミレイユだけは、その機械の「おむつ交換」以外の魔力制御技術に驚愕し、シロウに詰め寄った。
「シロウさん、そのおむつの部分は……まあ置いておいて、この多重並列制御のアルゴリズム!これ、今の魔導学の定説を完全に覆しているわ!魔力の逆流を防ぎながら、どうやってミリ秒単位で同期させているの!?」
「お、おお……。これはね、地球のコンピュータ工学における並列分散処理と、耐障害性の高いエラー訂正アルゴリズムを魔法術式に置換したんや。情報を『ビット』ではなく『魔力のゆらぎ』として定義し直せば、論理ゲートの物理的限界を超えられるんやわ……」
二人の「技術バカ」が、一般人を置き去りにしたハイレベルな議論に没頭し始める。
互いの知性に触れ、火花が散るような対話の中で、ミレイユはこれまでにない関心をシロウに抱き始めていた。
その様子を、ヨシコは腕の中のミュコをあやしながら、温かく見守る。
「カケル……あんた、ええ街にしたな。あんたがここで生きていくって決めたこと、間違いやなかったわ」
「……母さん。全部、母さんが見せてくれたおかげだよ。守るべきものは、戦って奪い取るものじゃなくて、こうして積み重ねていくものなんだって」
カケルの標準語の穏やかな響きに、ヨシコは深く頷いた。
ミュコもまた、ヨシコの胸元で金色の光を穏やかに放ちながら、赤ん坊の顔を優しくつついている。
「ヨシコ、ミュコもこの街が大好き。赤ちゃんが大きくなるまで、ミュコがずっとお姉ちゃんとして守ってあげるんだから」
ヨシコの胸に、静かな幸福感が広がっていく。
だが、総務としての彼女の仕事は、まだ終わらない。
「よし、それじゃあ明日は、あのボビンが領主様に婿入りするいう話を、徹底的にリーガルチェックしに行こか!イチロウ、準備はええな?」
「……母さん、お祝いに行くのに『リーガルチェック』という言葉を使うのはやめてくれよ」
カケルの困ったような笑顔と、イチロウの「……ふっ、既に契約書の草案はできている」という不穏な返答。
一家の笑い声が、リベリスの夜の空に溶けていく。
命は継承され、愛は形を変えて街を守る力となっていく。
(第23話へ続く)
おむつ交換機まで作るシロウの暴走は置いといて……。
次は、あの無口な盾の男・ボビンのめでたい門出や!




