完成
喜びの力を習得したアルトは、その後のグラウェルの訓練でさらに力を付けて行った。
以前は喜びの力を練り上げるのに時間がかかっていたが、今はすぐに気持ちを冷静に上げられる事で実践的な完成度になった。
「気持ちの在り方を変えるだけでここまで変わるとは思わなかった。すまないことをしたね」
「いいえ。俺も何も考えずにしていた事だったので反省しています。仲間達にも迷惑を掛けましたし」
アルトは以前よりもグラウェルの事を警戒して接するようになった。ラーグや皆は、アルトをあんな状態にしたのに放っておいた事に疑問を持った。冷静になったアルトも、グラウェルの思惑に疑問を持ち、仲間達の言葉を受け入れた。
「ところで最近、この宝玉から抵抗みたいなものを感じます。もうマーラを送るなって言われてるみたいな」
「・・・・・・本当か?」
「はい。最初は俺の調子が悪いのかと思いましたが、明らかに抵抗されているような。この宝玉って無限にマーラを送れる物なんですか?」
「いや。確かに限界はあるが、限界まで早い気がするな。わかった。代わりの物を用意しておこう。それと明日から二日間休みにしよう。これは元々、古代の遺物なんだ。正直な所、これが限界を迎えるまでマーラを送り続けれるなんて思っていなかった。新しい物を取って来るから時間がほしい」
「わかりました。その間は自主練でもしておきます」
「あぁ。頼むよ」
***
カン、カンカン、カカン
訓練場には木が打ち合う軽快な音が響いた。
アルトとラーグの打ち合いだ。アルトは訓練で使われる木剣だが、ラーグの持つ木剣は形が違っていた。以前、決闘をした時に使っていた柄が湾曲していた剣を木剣にした物だった。
「く、マーラを使っているのに動きが読みづらい」
「その為の剣だからな!」
瞬間、鋭い突きがアルトの腹部を打つ。
「ぐっ。はぁ・・・」
腹部を抑えて痛みから蹲るアルトの肩にラーグは剣を置く。
「アルトがどうしてもあの剣で打ち合いをして欲しいって言うから、特製で作らせた木剣なんだ。頑張ってもらわないと金の無駄遣いになる」
「・・・・・・パトロからお金を巻き上げているくせに」
「そうだ! もっと言ってやれ!」
打ち合いを側で見ていたエリーとリークトは、パトロの声に笑う。
「またやられたの?」
「あぁ。ボードゲームで賭けをしてたんだが、卑怯な罠ばかり使われて負けた」
グッと拳を握り悔しそうにするパトロにラーグは一瞥し、剣の先で蹲るアルトをつつきながら言う。
「戦略ゲームなんだ。罠を張るのは当たり前だろう。のこのこと罠に飛び込んでくるお前が悪い。それに金が欲しいって勝負に挑んできたのはお前だろう」
その言葉にエリー達はパトロを見る目が細まる。
「パトロ、無駄遣いをしてそんな勝負をするのはどうかと思うぞ」
リークトの言葉にショックを受けながら弁明する。
「待ってくれ! 違うんだ。俺が買って来た菓子を半分欲しいって、あいつが言ってきたんだ。だけどそれは、俺がずっと楽しみにしてたやつだから、三分の一なら良いって譲った。そしたら、味を気に入ってもっと寄越せって言うから断ったら、賭けで勝負しようって持ち掛けて来たんだ。俺が勝ったら菓子をまた買ってやるって言うから、勝負したら負けて全部食われた。その分の金を取り戻そうとしたんだ!」
「どっちにしてもお菓子を巡るくだらない理由じゃない」
エリーは溜息をつきながら、子供の争いね、と切って捨てた。パトロはいじけた様子で、ぶつぶつと呟く。
「まぁ、菓子なんて平民には滅多に食べれない物だからな。パトロが食い意地張るのもわかるけど、菓子の為にお金を無駄にするなよ」
「リークト、俺はお前だけは菓子の価値を理解してくれるやつだと思っていたのに! 見損なったぞ!」
そんな事で見損なわれても、とリークトは笑う。エリーはパトロの言葉が気になりリークトに尋ねる。
「リーもお菓子好きなの?」
「うん。好きだよ。平民にはあれは高いからな。贈り物ぐらいでしか食べれないし。だからと言って、今の騎士団の給料でわざわざ食べたい物じゃないからな。それなら、エルにと一緒に遊びたいな」
サラッと爽やかな笑顔でリークトは話し、エリーは下を向いた。二人の世界を作りつつある雰囲気に周りは二人をジッと見て、空気を壊そうとする。
「ゴホン! そ、そういえば、ラーグの剣って何で柄が緩く湾曲してるの?」
周りの視線に耐えかねてエリーは雰囲気を変える為に、話題を変えた。
「・・・・・・これは、決闘者の型使いに最適化された剣なんだ。例えば、突きの動作だと普通の剣だと大きく腕を曲げないと出来ないだろう? だけど、柄が湾曲する事で最小の動きで突きができるんだ。それと、手首の動きを変えるだけで変則的な動きで刃が迫って来るから軌道が読まれにくい」
腕や手首を動かしながら説明する。この特殊な木剣を使い始めてから、アルトは一太刀も入れれなくなった。今や体内に宿すマーラは誰よりも多く、直感力と身体強化にたくさん使っていても一太刀も入れれない。せめてもの救いは防戦では強いことだった。
「それにしても、剣を変えるだけでこんなに強さが変わるってすごいな。他の上級剣術の型にも、最適な物があるの?」
「探せばあるかもしれないな。基本的には通常の剣が最適だと思う。ただ私の剣は、セレス家でずっと研究されて見つけた剣なんだ。対人戦で特化させた。先祖の中には賊になった、力が強い獣人や素早い攻撃が得意なエルフの集団と戦って、この剣用の型を見つけた人がいたよ」
「・・・・・・さすが、大貴族ね」
「貴族関係あるか?」
セレス家の研鑽の賜物は、伊達ではなかった。
***
休みとなった日を活かそうと上級回復薬の資料を探しに図書館へと行った。そこでは数人の下級騎士が資料の閲覧や作業をしていた。
(薬学はここだったはず)
目当ての書棚を見つけ、回復薬についての本を適当に取る。
「なぁ、教会騎士が二人も殺されたっておかしくないか?」
「うん。二人組でいたやつらだろ。賊を相手に二人共やられるって変だよな。魔物の痕跡はないみたいだし。だけど、不破のローブも裂かれてたって言ってたな」
「異教徒が魔物の武器でも召喚したのかもな」
「また厄介な物を。だけど、それなら戦い方に気を付けないとな。しかし、心臓を狙って突き刺すか。魔物だとしたら、楽な殺され方だな」
二人の下級騎士は戦術の見直しだ、と資料を読んだ。
(魔物の武器。そういえば、旅の途中でアーブさん達が言ってたな)
教会騎士が着るローブ。不破のローブは斬撃と突きにも強い、言わば教会騎士にとっての盾の様なローブだ。通常の武器では破れることも無く、燃えることも無い頑丈な物だ。しかし、魔物の攻撃や魔物の武器には耐性が無く破れてしまう。
最近では、リンド村を襲ったドヴォルの剣や魔法と言われるものとスピナーの鋭い爪に不破のローブが破られ燃やされたのが記憶に新しい。
そんなローブを着た二人組の教会騎士が殺害された。しかも、不破のローブが裂かれて。
(気になる事件だな。でも、武器だけ召喚する事なんて出来るのか?)
アルトは実際に見た訳ではないが、ドヴォルがドヴォルを召喚し、そのドヴォルがスピナーを召喚した。魔物なら、魔物の武器を召喚できるのかもしれないと思ったが、目の前で起きた出来事が頭に過った。
(もしかしたら、ナリダスみたいな存在が異教徒に武器を与えた?)
そんな事をずっと考えていると目的を忘れてしまい、魔物に関する本を読み閉館時間が迫っていた。
「陰謀を感じるな」
***
上級騎士訓練が休みとなって、二日経ち訓練の再開となった。グラウェルは新しい宝玉を持って来た。
「さて、今日からこの宝玉にマーラを送ってもらおうか」
机に置かれた宝玉は力強さを訴えている。その宝玉の様子にアルトは疑問を持ちグラウェルに聞いた。
「この宝玉って前の物じゃないですか? 訴えかけてくる力強さが前の物と似ていますが」
「あぁ、空の物が無かったんだ。どれも少しマーラを吸収しているような物ばかりでね。数は揃えたから、問題は無いと思う」
「・・・・・・わかりました。それじゃ、始めます」
「うむ」
アルトは宝玉を掌に納め集中する。すぐに喜びの力でマーラを高めることは出来るが、ゆっくりと広がる幸せな熱を感じるのが好きだった。今日もじっくりと広がっていく熱に幸福感を感じながらマーラを高めていく。
「いつ見ても美しいな」
グラウェルが小さく呟く。アルトの体の周りには光の粒が具現化する。以前は宝玉にマーラを送る時の手だけしか光の粒は出なかったが、今はマーラをゆっくりと高めると体の周辺にも出て来る。
アルトの周りに出て来た光の粒は上へとあがり消えていく。雪が降るのを逆さまにした様だった。
高まったマーラを宝玉に送っていく。掌に熱を感じる。レバレスの宝玉はマーラをグングン吸収していった。
(この感じだと、確かに別物みたいだな)
流れるままにマーラを送り続けると、時間はあっという間に過ぎていく。
宝玉はマーラを受け止め続け、満腹とでも言うような感じで抵抗を始めた。その感覚を掴んだアルトは集中しながらグラウェルに伝える。
「グラウェル卿、この宝玉から抵抗を感じます。そろそろ限界だと思います」
「もう、限界が近いのか。わかった。そのまま、完全に入りきらなくなるまでマーラを送ってくれ。そこで休憩にしよう」
「はい」
宝玉が満たされて行ってる感覚を感じながら、送り続けるとそれはすぐに限界が来た。宝玉がアルトとの繋がりを断つかのように途切れた。
「ふぅ。宝玉の中身がいっぱいになったと思います。繋がりを断つみたいに途切れました」
「ご苦労様。休憩にしようか。紅茶を淹れよう」
「ありがとうございます」
椅子に座り気持ちを休める。
「それにしても、持って来た一個目をこんなに早くマーラで満たしきるなんて、アルト君のマーラの量は騎士団の中でも一番じゃないかな」
グラウェルはレバレスの宝玉を持ち上げて、光に透かして見る。キラキラと輝く宝玉は誰が見ても美しく感じ魅了する。
「本当に綺麗ですね。でも、この輝きは俺が作ったも同然ですから貰いたいくらいですよ。あれ? 何言ってんだろ」
「ははは。そうか、君もそう感じるか。だが、これは私が預かるよ。部屋の装飾にでもするからいつでも見に来るといい」
「はい。ありがとうございます」
レバレスの宝玉を欲した自分に違和感を感じながら、椅子の背にもたれ掛かり休む。グラウェルは奥で紅茶を淹れている。
しばらくして、淹れられた紅茶を持って来たグラウェルはカップをアルトに差し出し、席に着いた。
「この香りはニクスの花ですか?」
「あぁ。ニクスの花を長期熟成させた一品物だよ。君の急成長の祝いと、この前の私の不適切な指導の謝罪だ。すまなかった」
「いえ、済んだことですから。とても良い香りですね。いつもと違う。それじゃあ、紅茶で乾杯です」
「あぁ、乾杯」
カップを軽く上にあげてグラウェルは一口飲む。
アルトも飲もうとした瞬間に違和感を感じて、手を止めた。
(なんだ、この感覚)
手を止めて、紅茶を見る。特に変わらない紅茶だが自然と手が止まってしまう。
「ははは。香りを楽しんでいるのかい。だが、ニクスの花は温度が下がると香りが変わってしまうから飲んでしまわないと勿体ないぞ」
グラウェルは飲む。その様子に気のせいかと口を付けようとした瞬間にまた違和感を感じ、頭に声が走った。
『飲むな!』
この直感にアルトはアーブ達の話を思い出した。
教会騎士の仕事に毒見がある事を。出されたグラスやカップを見て、直感力で問題が無いか判断する仕事だ。
(どうする・・・)
アルトの中で直感が飲むなと告げる。もし毒が入っていたとしたら、どうすればいいか迷った。
(グラウェル卿を吹き飛ばして、時間を稼いで階段で降りるか。どこが安全だ?)
表情を崩さずに必死に考え、今の時間だと人が大勢いる訓練所に逃げることにした。
「どうした? 紅茶が本当に冷めてしまうよ」
「グラウェル卿。どうしてですか?」
アルトの問いにグラウェルは答えずにフッと笑った。
(今だ!)
アルトは手を突き出し、グラウェルを吹き飛ばした。
「うわぁ!」
机ごと吹き飛ばされたグラウェルの隙をつき、出口へ走る。途中で、宝玉を持って行く。
「待て!」
グラウェルは体を起こして宝玉を持ったアルトに怒鳴る。
(わからないけど、これとグラウェルを一緒にさせてちゃいけない気がする)
部屋を出たアルトは急いで階段を駆け下りる。
「まったく、せっかく両方とも完成したのに上手くいかないものだ」
グラウェルは呟き帯剣しアルトの後を追う。
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